私の推し、すぐ死ぬA


「文明の利器ってすごいよねぇ〜」
 コントローラーを両手に持って画面の中のフィールドを探索する。育成に必要なアイテムを拾い、近くを通る度に襲ってくる敵を薙ぎ払い、軽やかな足取りで進む。
 ロールプレイングゲームというのは、これほどまで楽しいものなのか。葉子ちゃんに誘われて初めてみたオンラインゲームだが、乙女ゲームとはまた違うこの楽しさにハマってしまった。
 今度バイト代が入ったら家庭用ゲーム機のソフトでも買ってみようかな。なんて、うきうきとしながら言ってみたら、葉子ちゃんの呆れる声が聞こえた。
「急に何? 発言が年寄りくさい」
「だってさ、ちょっと前は同じ空間でコントローラー二つないと一緒に遊べない環境だったじゃん? 今じゃほら。お互い家にパソコンがあればこうしてオンラインで遊べるんだよ? すごくない?」
「まあ、確かにこっちの方がいろいろ便利だけど……あ、やばっ。ミスった」
「ぎゃあっ! 死んだ! ひどい葉子ちゃん!」
「ごめ〜ん
 フラフラと操作していたキャラが体力を失って膝をついてしまう。ポロポロと光に包まれて崩れていくモーションのあとに次の操作キャラに切り替わっていくのを見て、私はイヤホン越しに葉子ちゃんを責めた。犯人はめちゃめちゃ軽いノリで謝ってた。許さん。さっき使ってた子、武器のモーションが私好みだったし使いやすくて推してたのに。操作キャラまで死ぬとか絶許じゃん。
「操作してた推しも死ぬとか、本当に死神じゃん」
「死なせたの葉子ちゃんですけどぉ!? 私はめっちゃめちゃ大事に育ててますけどぉ!! なんなら今のが初ロストですけどぉおおっ!?」
「やばい。ガチ返答マジウケる」
 笑いを含んだ声がまたイヤホン越しに聞こえた。これが酒が入った状態だとまた先日の居酒屋の時みたいに大爆笑してたに違いない。前々から気になってたけど、葉子ちゃん私の推しの死亡率をネタにしてないか? こっちは本気で悩んでるんだからな。いっそカノバレ案件で炎上する方が百倍マシなレベルなんだからな。最終話で推しがパートナーと結ばれて夢見れなくなるとか可愛いモンだから! 夢女子体質なめんなよ!
 そんなことを考えながらアイテムの料理でせっせと推しを回復させていると、「そう言えばさぁ」と思い出したように葉子ちゃんが口を開いた。アイテム画面から戻ると、ちょうど葉子ちゃんの操作キャラが矢を放ち、傍にあった爆弾に命中して敵が吹っ飛んで行った。
「『新しい推し』はどうなの?」
 ギクリと肩を震わせる。それはできれば今は触れて欲しくない話題だった。でも相手は葉子ちゃんだ。こんな美味しい話をそう簡単にスルーしてくれるとは思えない……というか、すでに葉子ちゃんが書いてる小説のネタにされてる。まあ、許可したの私だけど。
 観念して、私は無言でキーボードをタイプした。
『急募。新しい推し(仮)が警察官だった時の対処法』
『(仮)ワロタ。諦めていつも通り推しとけ』
「なんでだよ!? 今は地雷だよっ!!」
 ぽこんと送ったメッセージ欄に秒で返ってきた返事を見て、私は全力で叫んだ。
 耳元で葉子ちゃんは大爆笑してた。解せぬ。
「それ、いつ知ったの?」
「三日前」
「おっそ! 嘘でしょ……あれからもう一ヶ月経ってるんですけど。私その日のうちに研二君に聞いたよ?」
「だって! だって松田さん! 見た目が危ない人なんだもん! 聞けなかったんだもん! 怖くて!!」
「やばい。ホントあんたらウケる。今度研二君に会ったら報告しとくわ。……あーっ! 何すんの!?」
「手元狂っちゃった。てへっ」
 最後の「てへっ」でわざとだと気づかれてしまうけど、私は問答無用で葉子ちゃんの操作キャラの近くにあった爆弾の山に遠距離の攻撃技を繰り出した。葉子ちゃんの操作キャラは見事にロストした。正直、すまんかったと思っている。キャラに罪はない。申し訳なさを感じたのでしっかり手を合わせておいた。南無。
「というか葉子ちゃん、萩原さんと会ってるの?」
「うん。彼氏だから」
「へえ、そうなん…………はい?」
「あれ、言ってなかったっけ? 最近付き合い始めたの」
「聞いてないよ!? あれれ〜、おっかしいなぁ!? 私達親友だったはずだよねぇ!?」
「まあ、親友だからって何もかも話す必要ないよね」
 その通りだけど、冷たすぎる言葉に泣きそう。
 ……っていうか、え? いつの間にそんな関係に発展したんですか。私みたいにガチで推しが燃える系喪女オタクと比べたら、そりゃ葉子ちゃんはリアルも充実してるタイプだけどさあ……あ、やばい。思考が停止する。
『くぁwせdrftgyふじこp』
「落ち着け。別に好きで付き合ったわけじゃないから」
「あのイケメンを相手にそんな事を言える葉子ちゃん怖い。小悪魔なの……? それとも悪女……?」
「あんたはちょっと夢小説読み過ぎなんじゃない? 世のカップル全員がお互いを好きになって付き合ってるとは限らないよ。とりあえず話し合いの結果、私達なら意外と上手くやっていけるんじゃね? みたいな感じになって、成り行きでそうなったの」
「モテる女の台詞……! モウヤダ、私人間怖イ」
「なんで? お巡りさんなら安心じゃん」
 少なくとも私は気持ちのない相手とお付き合いはしたくない。まあ、残念ながら私はリアルの人間に恋愛感情は抱けないタイプなんだけど。――というか。
「私に! 警察官は! アカンやろ!?」
「まあ、あんたの初恋も最推しも警察官だもんねえ……」
「松田さん、黙ってたらまんま陣平君だもん……名前も陣平君だもん……思い出してまた泣いちゃうかも……」
「だからあんた達まだ一度も会ってないのね……というか、むしろ松田さんと陣平君が違うトコってどこよ?」
「えっと……たまに良く分かんないギャグ言うとこ?」
「ちょっと待って。あのイケメンの口からギャグ飛び出すとかどういう状況? 気になるんですけど?」
 そう、松田さんってば初対面だとあんなにクールなのに、仲良くなってくるとめちゃめちゃノリが萩原さんに似てるんだよね。メッセージのやり取りなんて特にノリが軽い方だと思う。あと、電話の時に一度だけ陣平君の台詞を真似してくれたことある。思わず本物を想ってガチ泣きして「二度としねぇ」って言われたけど。
「とりあえず、私は推しが出ないテレビは基本見ないからお笑いは全く分からないですよ、って言っといた」
「パンピだったら飽きられる台詞じゃん」
「松田さんも一応パンピでは……? あ、でも、こんなつまらん女に『一途なやつ』って笑った松田さんは本物のイケメン……? こんなん推してまうやん……」
「そこで『推してまう』に行き着くあんたも大概ね。もういっそ私みたいに男作ってみたら? 恋も悪くないよ」
「え……ガチの婚活した方がいい感じ……?」
「なんでそこで『婚活』なのよ……」
「新しい推し探し=婚活なので」
「どういう方程式? あんたのその謎理論なんなの?」
 葉子ちゃんの呆れた声が聞こえたその時、玄関からインターホンの音が響いて私は首を傾げた。
「なんだろ……荷物かな?」
「行っといでよ。私アイテム集めとくから」
「ん。ちょっと待ってて」
 何度もピンポーンと鳴り響く音に流石にうるさいな、と心の中で悪態を吐きながら扉を開く。
 そうしたら、あらびっくり。目の前に立っていたのは萩原さんだった。一ヶ月ぶりに顔を合わせるし、服も全然違うから一瞬誰かと思った。それは萩原さんも同じだったようで、目が合うときょとんとしていた。
 でも、その整った顔はだんだんと青褪めていき、目を見開きながら私を見下ろす。
「なっ……なんで、君がここに……!?」
「いや、なんでも何もここ私の家ですから……萩原さんこそ、どうしてここに?」
「避難勧告! このマンションに爆弾仕掛けられたから、住人に避難を促してるんだよ!」
「わあ、お巡りさんみたい。……え。嘘ですよね?」
「みたいじゃなくて本物なんだよ! 呑気なこと言ってる場合じゃないから、早く君も避難して!」
「ら、ラジャ!」
 鬼気迫る勢いの萩原さんに気圧されて、私は思わず敬礼した。それからダッシュでサイフとスマホを手に取り、イヤホンで葉子ちゃんに話しかける。
「ごめん! なんかうちのマンションに爆弾仕掛けられたって萩原さん来てる! 電源落とすね!」
 葉子ちゃんの返事を聞かずにパソコンの電源を落とす。
 外に出ると、萩原さんは他の住人に説明をしてるところだった。「本当に警察官なんだなあ」なんて緊張感のない感想を心の中で呟いていると、私に気づいた警察の人にマンションの外へ誘導された。
 チラリと萩原さんの方を振り返ると、彼は安心したように笑いながらこちらに手を振っていた。
Storyへ


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -