私の推し、すぐ死ぬ@


 突然だが、皆さんには『推し』がいるだろうか?
 舞台俳優でも、アイドルでも、はたまたこの世には存在しない二次元のキャラでも良い。自分の生活を彩ってくれる、夢中になれる存在はいるだろうか? もちろん、リアルの恋人もオーケーだ。何かや誰かに思い入れを強く持てるのは人として素晴らしいことだと思う。
 かく言う私も、これまで何人もの『推し』がいた。時にはアイドル。時には舞台俳優。時には二次元のキャラクター。そう、確かに私にも世界を彩る素晴らしい存在が『いた』のだ。過去形だけども。
 え? なんで過去形になるかって? 死んだからです。ええ、これまでの推しもみんな死にました。明るく人気者だったアイドルはヤンデレストーカーに殺され、真面目でストイックだった舞台俳優は自分の実力に伸び悩んでしまい鬱になって自殺。そして次は二次元の『最推し』が犠牲になった。初恋の人と同じ警察官で、天パが印象的なクールで格好良い主人公のライバル的な存在だった。つい先日、親友を殺した犯人を追い詰めるために観覧車で爆弾と一緒に儚く散ってしまったけれど。
「あんた、死神の生まれ変わりか何かじゃね?」
 そう言って向かい側に座ってビールを煽るイケメンのお兄さん。最推しと同じ天パで可愛い顔をしているのに、ジトリとこちらを見るその目は明らかに呆れを含んでいた。今まで誰もが言わずに黙っていたその容赦ない一言に胸を切り裂かれた私はがっくりと項垂れた。
 無神経な発言をした彼を、その隣に座っていたこれまたイケメンの長髪のお兄さんが肘で小突いた。
 死神発言にゲラゲラと笑ったのは私の隣にいる親友の葉子ちゃんだけだ。酒が入っているせいか、ツボに入ったようで腹を抱えて肩を震わせている。
「やばい! 死神とか超ウケるんですけど!」
「笑い事じゃないし! こっちは真面目だし!」
「でもあんたの『推し』は死んだんだろ? 全員」
「やめて! 死んでないから! みんないつまでも私の心の中で生き続けてるから! 永久不滅だから!!」
「必死に否定してるとこ悪いけど、その心の中に『最推し』とやらも刻まれちまったんだろ。諦めて現実見ろよ」
「ひどい! これだからリアル天パ野郎は……!! 観覧車で大勢の命の代わりに儚く散った『陣平君』はそんなこと言わないのに……!!」
「夢は寝てる時に見るもんだぜ、お嬢ちゃん」
「この天パ童顔のくせに優しくない! 鬼! 悪魔!!」
「んだとこの酔っ払いオタク女……」
「うわ〜ん! 怖いよぉお、葉子ちゃぁあん!!」
「アハハハハハ! マジウケる〜っ!!」
「いや、君のお友達ガチ泣きしてんだけど。なんかもうココだけカオスなんですけど」
「ぐすっ……ってかお兄さん達、誰よ……?」
 そうだ。忘れていたけれど、このお兄さん達のことを私は何も知らない。めっちゃナチュラルに天パとか童顔とか鬼とか罵ってしまったけど、ホントに誰だ。
 未だに爆笑してる葉子ちゃんに抱きつきながら首を傾げる。そんな私の言葉に天パのお兄さんが馬鹿にしたように大きなため息を吐き出し、長髪のお兄さんが「今さら?」と苦笑した。
 本当に今さらだ。そもそもどうして彼らと一緒のテーブルについてるのか……ああ、そうだった。週刊誌で追いかけていた最推しの『陣平君』が原作で死んでしまい、そのショックで一週間放心状態になっていた私に見かねて葉子ちゃんが慰めるために飲みに誘ってくれたのだ。
 オタク、推しにガチで夢見るヤツほど推しが死ぬと自分まで墓場に入る勢いで意気消沈するからね。推しにパートナーなんて現れることがあったら失恋で荒れ狂う時もあるから。ちなみに私もその一人でした。でも命を落とされるぐらいなら愛しいパートナーを見つけて幸せな一生を過ごして欲しかった。今ならフラグが立ってたあの同僚の美女と結ばれることも許せる。生きる推しの笑顔が見たい人生でした。南無。
 ――という訳で、葉子ちゃんに誘われるがまま私はこの居酒屋で死んでしまった最推しの『陣平君』の愛を語らいながら推しを弔っていたのだ。
 それでどうしてイケメンのお兄さんと飲むことになるのか不思議じゃない? それもこれも、偶然隣のテーブルにいたせいで私達の話し声が聞こえたらしく、推しへの愛を語ってる途中で大笑いされたからだよ。主にコミュニケーション能力の高い長髪のお兄さんに。
 なんならこの長髪のお兄さんが「ねえねえ、その『陣平君』の話もっと聞かせてよ」とか言ってくるから全力で愛を語ってやったんですよ。ええ、何もかも酒の勢いです。ちょっと酒抜けてから反省した。
 そんなことをしていたら店が混雑してきたらしく、盛り上がっていると思って店員さんが私達に相席してくれないかと願い出てきたのだ。それで長髪のお兄さんと私達が快く承諾したからこうなった。
 そうして相席になったついでに『私の推しが早死にする』案件について語ってみたのだ。そして、あまりに死亡率の高い私の推しにお兄さん達がドン引きしたとこ。
 はい、イマココ!
「君さ、恋人と生き別れたこととかありそうだよね」
「お兄さん惜しいですね。昔事件に巻き込まれて、その時助けてくれたお巡りさんに初恋を捧げました。そのあと、そのお兄さんは殉職しました。トラウマです」
「こわっ! なんで君が好きになった人、リアルでも早死にする運命なの……?」
「た、たまたまですよ……? でもお兄さん、ちょっとナンパみたいに軽いから言動に注意してください。迂闊に私が惚れたら間違いなくお兄さん死にますよ」
「洒落にならない恐ろしさがオレを襲う……!!」
「嫌ならお前も防護服しっかり着とくんだな。『陣平君』の親友みてーにならねえよーによぉ」
 天パのお兄さんがそう言ってニヤリと笑った。可愛い顔して悪い顔が良くお似合いです。ちょっとキュンとした。ちなみに隣に座った時はグラサンかけたままだったからガチでヤバイ人だと思ってるのは内緒だ。いやマジで。ヤバイ人だったら私あとで殺されるかもしれない。
 長髪のお兄さんは「しばらくはそうしようかな」とちょっと神妙な顔で頷いてた。防護服が必要なんてかなり危険な職業なんじゃないかと思う。なんだかんだ言いながらもちょくちょくこちらを気遣ってくれる優しい人なので、せめてそこはちゃんとして欲しいと思った。
「はあ……なんにせよ、またフリーに戻っちゃったよ」
「最推し君、長生きしてたもんね」
「葉子ちゃん、長生きとか言うのやめてくんない? 陣平君も他の推し達も不老不死だから。あんなイイ男がすぐ死ぬとか……わ、私……信じないから……うっ」
「あはっ。だから泣き過ぎだって」
「だってぇ〜……はっ!? もしかして死神の私が死ねば私が愛した全推しが生き返って幸せになるのでは……」
「それは流石にないから。冷静になって」
「うぅ……ふえ……」
「泣き上戸かよ……ほら、もう飲むな。水飲め、水」
「ヤッ!」
「ヤッじゃねーんだよ! はい、没収!」
「あ〜! 私のカシスオレンジ〜!」
 ひょいと私の手からカクテルの入ったグラスが抜き取られる。奪い返そうと手を伸ばしたら、お兄さんが代わりにそれを飲み干してしまった。絶望した。そんな度数の低いカクテル、ジュースも同然だったのに。
「ひどい! そんな意地悪するなら今日からお兄さんのこと推しちゃうぞ!?」
「へえ〜、そいつぁ面白れぇな。上等だ。好きなだけ推せよ。ぜってー生き残ってやっから」
 しん、と私達のテーブルだけ妙に静まり返った。
 私はきょとんとして天パのお兄さんを見つめる。
「……へ?」
「たかだか漫画のキャラが死んだくれぇで自殺されるぐらいなら、あんたの趣味に付き合ってやる方がマシだって言ってんだよ。オレで良いなら気が済むまで推しとけ」
「え……お兄さん……もしかして自殺願望者……?」
「……なあ、萩。一発殴れば酔いも醒めるよな?」
「ストップストップ。気持ちはわかるけど落ち着いて」
 表情の抜け落ちた顔でグッと拳を握った天パのお兄さんの目はマジだった。思わず隣の葉子ちゃんにしがみついたら、長髪のお兄さんが慌てて天パのお兄さんの手を掴んで引き止めた。
「とりあえず、これも何かの縁だと思って連絡先交換しない? まだ俺達名乗ってもいなかったでしょ?」
「会話の流れがもうナンパ。推して良いなら交換します」
「うん。オレ推されるなら隣の葉子ちゃんが良いな」
「ナチュラルに避けられた!」
「そして私が流れ弾食らったのウケる」
 さっきから笑いの絶えない葉子ちゃんが長髪のお兄さんと連絡先を交換する。しぶしぶと私は自分のスマホを持って天パのお兄さんと連絡先を交換した。
 そこで私は自分の連絡先に入った名前を二度見した。
「まつだ……じんぺい……?」
「おう。オレの名前。よろしくな」
「私の最推しと同じ名前とか! 死亡確定じゃん!」
 新しい推し候補も死ぬとか聞いてない。勝手に殺すなと怒る松田さんを放っといて、私は再び号泣した。
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