とある日の山姥切国広と公安警察官の話


「ふと気になったんだが、どうしてこの本丸は山姥切国広だけが近侍になっているんだ?」
 久しぶりの休みだというのに婚約者の本丸の厨房を借りてデザートを作っていた降谷の問いかけに、彼の手伝いで生地を捏ねていた山姥切は手を止めて隣に立っている降谷の顔を見た。
 それは妬みも不満も含まない、純粋な疑問だったのだろう。本歌である山姥切長義と同じ色をしたその目には負の感情が一切見られなかった。
 むしろ、彼は無言で自分を見つめてくる山姥切から視線を逸らさぬまま、不思議そうに首を傾げている。
「いきなり、なんだ」
「つい先日、他の本丸の審神者と話す機会があってね。その時、その人が連れていたのは初期刀と呼ばれる刀達ではなかったから気になったんだ。聞けば、基本的に近侍というのは第一部隊の隊長が就くらしいけど……最近では特にそういった決まりもなくなって、近侍を日替わりにする本丸も増えていると言っていた」
「そうだな」
 降谷が聞いた話に相槌を打ち、山姥切は再び手を動かした。作業をしながら話をするのは審神者譲りの行動だ。
 が、その作業は再び降谷の言葉で止まることになった。
「そして近侍を固定にしている審神者は大体、その刀剣男士に対して強い思い入れがあるとか」
「……あんた、意外と子供っぽいと言われないか?」
 山姥切は少しばかり目を丸くした。
 降谷は大人だ。年齢という意味ではなく、心が広く、物分かりが良い。国や民を守るという職業柄もあるだろうが、己の立場を弁えているからこそ審神者の仕事について口出しすることはないし、それが仕事であるからこそ例え刀でも男に囲まれて過ごしていることに言及することはなかった。
「愛している人が他の男と親しくしていると、少なからず気になってしまうものなんだよ」
 ひょいと肩を竦めてみせた降谷は、そう言って山姥切に背を向けてしまう。長い時を過ごした刀の付喪神に『子供っぽい』と言われたことが少々気恥ずかしかったようだ。
 人間にしてはその逞しい背をしばらく見つめ、山姥切はまた「そうか」と相槌をしてから作業を再開した。
 次に山姥切が口を開いたのは、長い沈黙が数分続いてからだ。
「……『初期刀は審神者の『志』であり、『誇り』であり、『覚悟』である』」
 言葉足らずでありながらも自分なりに熟考して切り出した山姥切だったが、唐突過ぎて理解できなかった降谷は振り返って目を瞬いた。
 山姥切は変わらず手元に視線を向けたままだったが、降谷の視線を感じているのか構わず話を続けた。
「主が石見国で最も優秀な審神者と認められた頃、一度だけ俺も聞いたことがある。『名立たる刀剣が集まったのに、どうしていつまでも近侍は俺なんだ?』と。……その時の答えが、それだった」
「……」
 語り続ける彼の視線は作業を続ける手元に向けられているはずなのに、どこか遠くを見ているようだった。過去の出来事を懐かしむように語る横顔は憂いを帯びて儚さを感じる。
 ――なんて、美しい姿だろう。
 思わず降谷は心の中で呟いた。
 またもやぼんやりと自分を見つめている彼に、山姥切は顔色一つ変えず目を向ける。この本丸初めての極の刀となった彼は、以前よりもずっと研ぎ澄まされた涼やかな瞳で降谷を見据えた。
「あんた、主からこの本丸の成り立ちを聞いているか?」
「まあ……大まかには」
「数年前の主はまだ戦のことに不慣れだった。最初から望んで審神者になったわけでもなかったから、記憶を失ってもなお意欲的に励むことが出来なかったのかもしれない。そんな主でも、俺達にとっては『良き主』だった。俺達を大切に扱い、できる限り戦場に立たせてくれたからな」
 でも、と山姥切は続ける。
「でも、大切に扱うだけでは物は強くはならないし、『なんとなく』でやっていけるほど戦も甘くはない。俺達は分かっていて、それでも未だ迷い続ける主を追い詰めたくはない、と現状に甘んじていたんだ。その結果が、部隊の壊滅に繋がった」
「……」
「あれは今思い出してもひどい有様だった。もう少しで主の命も失うところだった。そうなってから多分、主は初めて『審神者』という存在について考えるようになったんだと思う。そして、導き出した答えがそれだったんだろう」
 綿棒を持ち上げてぼんやりと眺めていた山姥切は、言葉を続けながら手に持ったそれで丁寧に生地を伸ばす。
「主にとって、『初期刀を選ぶ』ということは『自ら戦場に立つことを選ぶ』のと同義なんだ。そんな主の武器として選ばれた俺が戦場で果てるということは、主が戦場で朽ち果てるのと同じ。だから俺は常に主の傍で、最前線に立つ。この本丸最古の、審神者の意志を受け継いだ最初の一振りとして」
 審神者の仕事とは、日々同じことの繰り返しだ。毎日のように各時代へと押しかけてくる時間遡行軍を討つため、戦場に刀剣を送り、歴史の改変を阻む義務がある。
 それはかつて名誉や権力、己の理想を求めて自ら刀を握った武将達とは違う、長い長い時間をかけた防衛戦でしかない。どれだけ数多の敵を打ち払っても、その戦は終わりが見えない。先日の襲撃戦のように、いつだって突然のように刺客はやって来る。
 だからこそ、審神者はその心が挫けてしまわないよう、山姥切を戒めのように近侍に置くのだ。
 話を聞いていた降谷はふむ、と顎に手を添えて、自分の中で分かりやすく話を噛み砕いた。
「つまり初期刀という存在は、彼女にとってこの本丸の『強さ』の証明であり、彼女の『戦う意志』そのものなんだな」
 山姥切は口角を上げた。
「誇っていいぞ、ゼロ。あんたは女を見る目がある。あんなにも気丈で強かな女は戦国の世でもそういない。時代が時代なら、主はさぞかし『もてもて』だっただろうな」
 それは細やかであるが、山姥切なりの八つ当たりの意味が込められた台詞だった。
 その言葉の裏側に潜んでいる感情を汲み取り、降谷はうんざりとした様子で肩を竦めた。
「意地の悪い神様だ。隙あらば僕から奪うつもりのくせに」
 何を言われようと痛くもかゆくもない。
 山姥切はふん、と鼻を鳴らした。


「言いがかりはよせ。俺は主が幸せならそれでいい」
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