とある本丸の山姥切国広の物語 玖


「やった……?」
 刀装による攻撃が直撃し、大きな音を立てて倒れた巨体。
 動かなくなったそれを見て、全員が仕留めたのか、と固唾を飲んで様子を見守る中、三日月は真剣な眼差しのまま抜刀した。
「……皆、構えよ」「やった……?」
 刀装による攻撃が直撃し、大きな音を立てて倒れた巨体。
 動かなくなったそれを見て、全員が仕留めたのか、と固唾を飲んで様子を見守る中、三日月は真剣な眼差しのまま抜刀した。
「……みな、構えよ」
「え」
「目的のためにあんな姿になるような男だぞ? この程度でやられて終わるとは思えんな」
 三日月に続いて鶴丸も抜刀し、攻撃に備える。その視線はチラリと背後にいる東雲に向けられた。
「それにしても君、あれを倒すためとはいえ、随分と思い切った策に出たなぁ。いくら俺達の状態が万全になったとはいえ、今度はさっきより分が悪くなっちまうぜ?」
「うん、ごめんね。あいつが溜め込んだ霊力を削りながらみんなの怪我を最短で直すにはこれしか思いつかなかったの。……大丈夫。あなた達はこんなところで折れる刀ではないし、必ず国広は戻って来る。援軍だって来るはず。私も主として最期まで皆と一緒に戦うわ」
 東雲の覚悟の言葉に、全員が息を呑んだ。
 それは彼女なりの審神者としての『意地』なのかもしれない。石見国で優秀な審神者と呼ばれた『誇り』がそうさせるのかもしれない。
 まるで歴代の将のような、勇ましい言葉だ。
「はっはっはっ!」
 三日月が楽しそうに笑い声を上げる。
「まこと、主の成長は素晴らしいものだ。……あい、わかった。三日月宗近、今一度気を引き締めて参ろう」
「主にそこまで言われちゃ、俺達は全力で勝ちに行くしかないよね」
 加州もまた鞘から刀を抜いて構えると、次々と彼らに倣って全員が臨戦態勢になった。
 だんだんと空が黒く染まり、雷鳴が轟く。雷が落ちたと同時に姿を現すそれらに合わせて、地面に倒れた異形がゆっくりと起き上がって姿を変える。
「……ひどいなあ、お雪……僕はただ、君を迎えに来ただけなのに……」
 俯いていた男が顔を上げ、狂気に染まった赤い瞳を真っ直ぐに東雲に向ける。一心に自分を見つめるその男に、東雲は「おゆき……?」とどこか聞き覚えのある呼び名に眉を顰めた。
「死に際の君が言ったんだ……来世では一緒になりたいと……だから僕は彼らを利用してお雪の生まれ変わりを探したんだ……あの子の器に相応しい、この時代の君を……そしてようやく見つけた……なのに……なのに……」
「器……? ……ごめんなさい。何を言っているのか私には分からないわ」
「分かるさ……僕達は特別な縁で結ばれているんだ……だからもう一度結び直そう。そうすれば僕らは永遠に一緒になれる」
 縁、という言葉に東雲は聞き覚えがあった。それは山姥切を筆頭に神格の高い刀剣男士達が何度か口にしていたものだ。
「赤い糸のこと……?」
「主、聞く耳を持ってはいけませんよ。それはあのような『人ならざる者』と繋がってるものではありません」
「その通りです。山姥切国広があの空間の先に飛ばされる前に一度切られたようですが、それは彼がしっかりと握りしめていました。今もまだあなたの体からその縁が色濃く見えているということは、おそらく今も彼によって守られているのでしょう」
 一期一振と江雪左文字がすかさず口を挟む。
 すると、山姥切の名前を聞いた男の顔が嫌悪に歪んだ。
「山姥切……あの忌々しい付喪神か……」
「! こいつぁ驚いたな……うちの隊長を知ってるのかい?」
「山姥切……山姥切……ああ、知ってるとも……山姥切国広……あの世界の僕と一緒に、僕の計画の邪魔をした……あの時もお雪を連れて逃げた……──」
「あの世界……? あの世界とはなんのことだ?」
 虚ろな瞳でブツブツと呟き始めた男は、鶴丸の問いかけにも反応しなくなった。
「……駄目だな。もう自我が完全にイカれてるみたいだ」
 次から次へと疑問が湧き上がるが、いつまでもお喋りを続けていられるはずがない。
 長くブツブツと何やら呟いていた男は、再び顔を上げると冷酷な眼差しで刀剣男士達を睨みつけた。
「そうダ……殺サナきゃいけナイ……山姥切モ、君達モ、オユキのためニ」
 その言葉が、戦闘再開の合図だった。
 まず宙を浮遊していた短刀が動き出し、東雲を守るように立っている刀剣男子に飛びかかる。続けて打刀と太刀がそれらの後を追うように駆け出し、迫ってきた。
「行きますよ、次郎」
「はいは〜い! こんだけ派手に壊れてりゃ、何も怖くないさ! 短刀ちゃん達、主のことは任せたよ!」
 最初に迎え撃ったのは太郎太刀と次郎太刀だ。大振りで自らの刀を振りかぶり、力強く薙ぎ払う。大きな刃が何体かの時間遡行軍を切り伏せ、強い突風が残党を押し返した。
 その後ろから、三日月を筆頭に太刀と打刀が走り抜けて迎撃する。さらにその後ろから脇差と短刀が投石や弓、銃を使って援護をした。
 数も把握できない多勢に対し、僅か七十ほどの数で応戦する姿は流石『優秀』と呼ばれた審神者の刀と言うべきだろう。劣勢の状況下で全く敵に後れを取らない姿勢に、時間遡行軍も少し怯んだように後退りしていた。
 しかし、その数に気を取られていたせいで誰も気づかなかった。
 審神者の背後に、いつの間にかその男が姿を現したことに。
「! 大将!!」
 気配に気づいた薬研が声を上げる。
 東雲も彼の視線の先が自分の背後であると気づき、急いで振り返った。
「アア……こうして間近デ見ると本当ニそっくりダ……嬉シイよ、お雪……これデ、君ニもうスグ会えル……」
 言いながら、ゆっくりと高く掲げられる。
 獲物を捉えた刃が鈍い輝きを放ち、自分を見下ろす赤い瞳が不気味なほど静寂に包まれる。不穏な空気を纏ったそれは間違いなく殺気だ。
 ──殺される。
 避ける間もなく刀が振り下ろされた時、審神者は死を覚悟した。
 自分に迫る刃がゆっくりと見え、悲鳴にも似た「避けろ」と叫ぶ刀剣男士達の声が遠くなる。
 その瞬間、男の刃と審神者の間に、一振の刀が割り込んだ。
 ガキィン、と激しくぶつかり合う刃の音が鳴り響き、赤橙色の鉢巻が、血塗れの襤褸布が、金色の髪が風に靡く。
「国広!?」
 見慣れたその後ろ姿を視界に捉え、東雲は目を見開いた。

「ああ、あんたの刀だ。よく耐えたな、主。もう大丈夫だ」

 たった、数時間。
 されど、数時間。
 その短くも長い時間不在だった初期刀の声は、ひどく懐かしく、そして頼もしく聞こえた。
 浮かんできた涙を零さないように努め、それでも潤んだ瞳は隠せないまま、東雲は肩越しに自分を振り返った翡翠の瞳を見て安心したように微笑んだ。
 なんの前触れもなく現れた山姥切から距離を取った男の顔がまた不愉快そうに歪んだ。
「貴様……何故……」
「悪いな。神格は下だが、これでも一応は神の端くれなんだ。そして物故に人を愛し、守りたいと思うのもまた必然というもの……何より、ここにいるのは俺の主だ。俺が望み、俺が認めた主だ。そう簡単にくれてやるつもりはない」
 それに、と言葉を続けながら山姥切は刀を構え直す。
「お前と……透と『敵は必ず俺が斬る』と約束したからな」
「ぬかせ」
 言って、山姥切は敵に──透と呼んだ歴史修正主義者に向かって走り出した。同時に透の背中からは時間遡行軍の短刀のような尻尾がいくつも出現し、山姥切を襲う。しかし、攻撃を刀で受け流して山姥切は間合いを詰めた。
「そら、ここだ」
「くそっ」
 両者共に引けを取らず激しく刀を打ち合う。彼らの闘いから目が離せず息を呑んで見守っていた東雲だが、そこで彼女は駆け寄って来た誰かに抱き上げられた。
 目を丸くした彼女の視界の端で、びゅんと刃が縦に振り下ろされる。また刀剣男士達の間を潜り抜けてきた時間遡行軍がいたようだ。
 その時間遡行軍を、ボロボロの姿になった秋田藤四郎が短い刃で切り裂く。
「主君のもとに帰るんだ……!」
 その力強い意志の込められた言葉と共に、時間遡行軍の胸を一突き、心臓の部分を貫いた。
「秋田君……!」
「大丈夫、まだ戦えます! 主君はその方と一緒に隠れてください!」
 秋田の言葉に、東雲は自分を抱き上げて走っている人物を見上げた。
「大丈夫か?」
 ひどく懐かしい声だと思った。
 親しみや、安心感のある大好きな声。慈愛を滲ませて愛しささえ感じるその声音に、足を止めて共に壊れた建物の陰に身を潜めた人物を東雲は凝視した。
「あ、あなたは……」
 自分を抱えて時間遡行軍の攻撃を避けた人物を見上げ、東雲はぱちくりと瞬きをした。
 その顔は山姥切が今戦っている男と似た顔だ。違うのは服装だけで、一見すると双子ではないかと疑ってしまう。
 交互に視線を向けて、東雲は戸惑いながらお礼を口にした。
「あ、ありがとうございます……」
「礼を言うのは僕の方だ。生きていてくれてありがとう、ユキ」
 彼が口にした瞬間、東雲は目を見開いて彼を凝視した。
 ──『ユキ』。それは紛れもなく自分の名前である。かつて自分と親しかった者だけが呼んでいた愛称だ。

「もう大丈夫だ。僕が一緒にいるから、泣くな」

 その言葉も、昔どこかで聞いた気がする。
 そう思った時、『ユキ』と呼ぶ声が、今まで思い出せなかった家族や幼馴染み達の顔が、それまで思い出せなかった記憶が鮮明に浮かび上がり、東雲はその目から一筋の涙を流した。
「──ゼ、ロ……?」
 東雲の唇からポツリと零れ落ちる名前にゼロ──降谷もまた、泣きそうになるのを堪えるように微笑み返すと、彼女の頬を伝う涙をそっと指で拭った。
 そんな二人を見てホッとしたように息を吐いたのは若竹だ。そして気を引き締め直すと時間遡行軍から二人を守るべく駆け寄っていく。
「東雲様」
「若竹さん……!」
「遅くなってしまい申し訳ありません。微力ながら、私がお二人の警護にあたります。決して離れませんよう」
 続けて、銀色の髪の青年が三人の傍をすり抜けて真っ直ぐに山姥切を加勢すべく駆け抜けていく。
「こちら山姥切長義。石見国座標四○○八、東雲本丸にて審神者の生存を確認。結界が消えていることから霊力が著しく消耗していると思われる。また、今回の襲撃の主犯と思わしき歴史修正主義者を発見。結界の喪失により時間遡行軍が多数出現している。直ちに政府及び他本丸からの応援を要請する」
『了解。こちらから各本丸に派遣要請を送っている。到着を待て』
 その返答を聞いて、長義は敵の背後をとって刀を振るった。透の姿をしたそれは尻尾のように短刀の体の一部を出現させて長義の攻撃を防ぐ。
 長義に気を取られている隙を狙ってすかさず山姥切が斬りかかるが、それにもすぐに対応する。
「マダ僕の邪魔ヲするカ……!」
「当たり前だ。ここにいるのはお前の望む『お雪』じゃない。俺達の主だからな」
 鍔迫り合いは互角だ。睨み合う双方の眼差しはどちらも鋭く、一瞬の隙を逃がさない。
 先に距離を取ったのは透だ。刀を弾き返し、後ろへと飛び退く。
 そこへ再び長義が斬りかかり、山姥切も追撃を仕掛ける。
 続けて三日月と鶴丸が駆けつけて攻撃を仕掛けるが、それでも敵はなかなか隙を見せない。
「やあ、これは隊長殿。遅い帰りだったな」
「君はいつも良いとこ取りだな、全く! それになんだ、その衣装は。この短時間で極めたのか? 驚きだな!」
「すまない。……だが、お前達も主に隠し事をしていただろう。それで相子だ」
「おっと。なんだ、バレていたのか」
 軽口を言い合いながらも透の攻撃を避ける山姥切と鶴丸。
「三日月、鶴丸。あんたたちは主の方を頼む。こいつの相手は俺と本歌がやる」
「正気か? いくら二振でも無理が……」
「良い良い。では、こやつは任せるとしよう。主のことは任せよ」
 山姥切の言葉に鶴丸は目を丸くしたが、三日月は言われるがままに頷いた。納得できずに反対しようと口を開きかけた鶴丸だったが、主を狙おうとする時間遡行軍が目に入り、仕方ないと足を動かした。
 そんな彼らの闘いの一方で、次々と現れる時間遡行軍を斬り伏せていく刀剣男士達が苦い表情を見せ始めた。
「にしても、どんだけ湧いてくるんだコイツら!」
「キリがないでござるな」

 その時だった。
 彼らの頭上から声が聞こえたのは。


「それだけお前らの主を本気で狙ってるってことだろ」


 声に反応して、時間遡行軍や刀剣男士達は空を見上げる。白装束を身に纏った一人の男がニヤリとこちらを見下ろしている。
 あれは、と目を丸くする彼らに、男は勇ましくも声を上げながら印を組む。
「そぉら! 出番だお前ら! 存分に暴れてこい!!」
 男の言葉と共に、また新たな空間がいくつも開く。
 そこから眩い輝きが地面に落ち、たくさんの桜の花弁が舞った。
 その輝きの中から現れたのは刀剣男士だ。

「あらら。これはまた、たくさんいるねえ」
「だが、我ら兄弟には取るに足らない相手だ」
「うん、君一人でも十分やれそうだね、肘丸」
「……膝丸だ、兄者」

「あちゃ〜。こりゃ、あかん。流石にやる気ないとか言ってられまへんなあ」
「当たり前でしょ。ほら、しゃんとしてよ国行。俺達任務で来てるんだから」
「来る前に『全力で潰してこい』って主も言ってたじゃん」

「この父まで引っ張り出すとは。これも運命なのか」
「怨念が渦巻いています……ここが地上の地獄か」
「今回の厄払いは少し骨が折れそうだね」

 総勢、百の援軍の最後に現れた一振が、刃を抜いてその切っ先を敵に向けた。

「戦闘開始! 突撃だ!」

 東雲本丸とは反対側から現れた援軍に不意を突かれ、時間遡行軍が次々と倒されていく。
 味方が現れたと分かった東雲の刀剣男士達も好機を逃さず敵を蹴散らしていく。
 みるみるうちに数が減っていく時間遡行軍を呆然と見つめていた東雲と降谷の頭上から、一人の男がすたっと降り立った。
「よお、一番弟子! なんか野郎共から取り合いされてんだって? モテモテじゃねえか」
「し、師匠……」
「おいおい、仲間呼ぶために盛大に結界ぶっ壊した本人がしみったれた顔すんな。お前に助けられたっつ−刀剣男士や縁のある審神者が総出で助けに来てんだぞ。見ろよこの数。俺より人望厚いんじゃねーか? もっと喜べ、喜べ!」
「いや、それをまとめたのは師匠なんじゃ……」
「あ? 俺は別にまとめてねぇよ。アイツらが率先して動いた結果だ」
 そう言った男の背後に、年若い数人の審神者が集まる。
「お久し振りでございます、東雲様。ご無事で何より」
「微力ながら私共の本丸の部隊も助太刀に参りました」
「今すぐ我々で結界を張り直しますので、しばしお待ちください」
「皆さんまで……」
 審神者自ら死地に赴くなど普段は有り得ない。が、それでも彼ら自身が身を挺して出陣してきたということは、かつて彼らを守り通した東雲の成果なのだろう。
 再建された東雲の本丸ではこれまで、出陣以外にも歴史修正主義者やそれに通ずる者、または政府の意向に背いた審神者の摘発にも尽力してきた。そこで知り合った刀剣や審神者も数知れず多くいる。
 今、ここに集まっている者は皆、そうした事件を通して東雲に救われた者達なのだ。
 東雲は全員の顔を見渡して、ほっと笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます。どうか、私の刀達の助けになってください」


「クソッ」
 荒々しい言葉と共に刀が振るわれる。
 それを軽々と避けながら、山姥切は相手を静かに観察していた。
「もう疲れたのか? さっきから少しも当たってないぞ」
「黙レ!」
 また刀が振り下ろされる。しかし、その単調な攻撃を山姥切はいとも簡単に避けていく。
「どうした、俺はここだぞ」
 次に短刀の尾が遅いかかるが、それも避けた。
 全く攻撃が当たらない。掠りもしないことにもどかしさを感じるのか、透の顔はますます歪んでいく。それでも怒りや憎悪を秘めた赤い瞳だけはギラギラと輝いていて、山姥切はその眼差しを真っ向から受け止めていた。
 すると、そこでようやく隙を衝いた長義の攻撃が複数あった短刀の尾を全て切り落とした。
「おい。いつまでこいつと遊ぶつもりだ」
「別に遊んでいるつもりはない。ただ……」
 長義に反論しながら、山姥切は静かに刀を構えた。
「ただ、こいつは……人に戻してから終わらせてやりたいと思っていた」
「何ヲ……」
「お前、これ以上体が変異しないだろう。主の策のおかげで溜め込んだ霊力が根こそぎ削がれたみたいだな。もう本来のお前の力しか出ないんじゃないか?」
「……」
「刀は武士の魂とも言うだろう。今のお前が本当に自分の運命を捻じ曲げられると思うなら、その刀で俺を斬ってみろ」
「……山姥切……国広ォ……」
 地を這うような、呻くような声だった。
 その時、空が揺らいだ。
「……どうやら、応援に来た審神者が結界を張り直したようだな」
 空を見上げた長義がそう言うと、ゆっくりと半透明の結界が東雲本丸の領域を覆い隠す。
 同じく空を一瞥した山姥切は、一度目を閉ざすと刀を構え直した。
「そら、来いよ。これが本当に最後だ」
 それから地面を蹴ったのは、どちらが先だったか。
 刀を握りしめ、互いに向けてその刃を振るう。
 しかし、その勝負は一瞬で決まった。
 ぱきんと刀が折れ、激しい血飛沫を上げて倒れたのは透の方だ。
 床に倒れたままぴくりとも動かない彼に、刀を鞘に納めた山姥切は静かに歩み寄る。
「……どう、シテ……」
「透。何故あの世界のお前が自ら死を選んだのか、分かるか?」
「……」
「あいつはお前と違って、彼女と共に生きる道を選ばなかった。ただ彼女の幸せだけを望んでいた。お前が彼女を狙うと知って、残り少ない彼女の人生を守って死んでいったんだ」
 言いながら、山姥切はゆっくりと崩壊を始めた透の体を起こして自分の主と、その傍にいる降谷へと目を向けさせた。
 二人は山姥切達の戦いを見守っていた。今もまだ、東雲は不安そうな面持ちで自分達を見つめている。
「見ろ。あれは、お前が愛した女の未来だ。お前達の強い想いが、来世で主達を引き合わせた。お前が繋いだ縁だ」
「……」
「お前の現実は受け入れ難いものだったかもしれない。でも、それも運命だ。人は、それを受け止めながら生きなければならない」
「……ヒド、いナ……」
 山姥切の言葉に耳を傾けていた透が、静かに呟いた。
「神……ようナ……ォ……言ウ……」
 神様のようなことを言う。
 そう言った透に、山姥切は静かに微笑んだ。
「……俺は、付喪神だからな。人に近づいたとはいえ、本質は変わらない」
 山姥切の言葉をどう受け止めたのか、透もまた山姥切と同じく口元に笑みを浮かべた。
 それは少し、諦めたようなものにも感じられる。
 けれど、どこか安心したような穏やかなものだった。

 ボロリと黒ずんだ体が崩れ落ちていく。
 灰となって散り散りに霧散したその体のあとには、禍々しい輝きを放つ赤い宝玉が残った。

 出現していた時間遡行軍も、応援に駆けつけた刀剣男士達のおかげで全て討伐することができた。
 勝敗が決まったのだと察した東雲が静かに山姥切に歩み寄った。
「国広……それは……」
「分からない……奴が持っていた物みたいだ」
 不思議に思った東雲が恐る恐るそれに手を伸ばそうとしたその時、長義が口を挟んだ。
「触らない方がいい。それは歴史修正主義者が作った霊力を増幅させる呪具だ」
「!」
 東雲はすぐに伸ばした手を引っ込めた。
 代わりに、長義が迷わずそれに刀の切っ先を突きつけた。
 ヒビが入っていたためひどく脆くなっていたようで、宝玉はいとも簡単にぱきんと音を立てて割れた。同時に禍々しい輝きもなくなり、黒く染まる。
 それを呆然と見つめている東雲とその初期刀に、長義は穏やかな声音で告げた。

「戦いは終わった。君の勝利だよ。安心するといい、東雲の審神者」
「え」
「目的のためにあんな姿になるような男だぞ? この程度でやられて終わるとは思えんな」
 三日月に続いて鶴丸も抜刀し、攻撃に備える。その視線はチラリと背後にいる東雲に向けられた。
「それにしても君、あれを倒すためとはいえ、随分と思い切った策に出たなぁ。いくら俺達の状態が万全になったとはいえ、今度はさっきより分が悪くなっちまうぜ?」
「うん、ごめんね。あいつが溜め込んだ霊力を削りながらみんなの怪我を最短で直すにはこれしか思いつかなかったの。……大丈夫。あなた達はこんなところで折れる刀ではないし、必ず国広は戻って来る。援軍だって来るはず。私も主として最期まで皆と一緒に戦うわ」
 東雲の覚悟の言葉に、全員が息をんだ。
 それは彼女なりの審神者としての『意地』なのかもしれない。石見国で優秀な審神者と呼ばれた『誇り』がそうさせるのかもしれない。
 まるで歴代の将のような、勇ましい言葉だ。
「はっはっはっ!」
 三日月が楽しそうに笑い声を上げる。
「まこと、主の成長は素晴らしいものだ。……あい、わかった。三日月宗近、今一度気を引き締めて参ろう」
「主にそこまで言われちゃ、俺達は全力で勝ちに行くしかないよね」
 加州もまた鞘から刀を抜いて構えると、次々と彼らに倣って全員が臨戦態勢になった。
 だんだんと空が黒く染まり、雷鳴が轟く。雷が落ちたと同時に姿を現すそれらに合わせて、地面に倒れた異形がゆっくりと起き上がって姿を変える。
「……ひどいなあ、お雪……僕はただ、君を迎えに来ただけなのに……」
 俯いていた男が顔を上げ、狂気に染まった赤い瞳を真っ直ぐに東雲に向ける。一心に自分を見つめるその男に、東雲は「おゆき……?」とどこか聞き覚えのある呼び名に眉を顰めた。
「死に際の君が言ったんだ……来世では一緒になりたいと……だから僕は彼らを利用してお雪の生まれ変わりを探したんだ……あの子の器に相応しい、この時代の君を……そしてようやく見つけた……なのに……なのに……」
「器……? ……ごめんなさい。何を言っているのか私には分からないわ」
「僕達は特別な縁で結ばれているんだ……だからもう一度結び直そう。そうすれば僕らは永遠に一緒になれる」
 縁、という言葉に東雲は聞き覚えがあった。それは山姥切を筆頭に神格の高い刀剣男士達が何度か口にしていたものだ。
「赤い糸のこと……?」
「主、聞く耳を持ってはいけませんよ。それはあのような『人ならざる者』と繋がってるものではありません」
「その通りです。山姥切国広があの空間の先に飛ばされる前に一度切られたようですが、それは彼がしっかりと握りしめていました。今もまだあなたの体からその縁が色濃く見えているということは、おそらく今も彼によって守られているのでしょう」
 一期一振と江雪左文字がすかさず口を挟む。
 すると、山姥切の名前を聞いた男の顔が嫌悪に歪んだ。
「山姥切……あの忌々しい付喪神か……」
「! こいつぁ驚いたな……うちの隊長を知ってるのかい?」
「山姥切……山姥切……ああ、知ってるとも……山姥切国広……あの世界の僕と一緒に、僕の計画の邪魔をした……あの時もお雪を連れて逃げた……──」
「あの世界……? あの世界とはなんのことだ?」
 虚ろな瞳でブツブツと呟き始めた男は、鶴丸の問いかけにも反応しなくなった。
「……駄目だな。もう自我が完全にイカれてるみたいだ」
 次から次へと疑問が湧き上がるが、いつまでもお喋りを続けていられるはずがない。
 長くブツブツと何やら呟いていた男は、再び顔を上げると冷酷な眼差しで刀剣男士達を睨みつけた。
「そうダ……殺サナきゃいけナイ……山姥切モ、君達モ、オユキのためニ」
 その言葉が、戦闘再開の合図だった。
 まず宙を浮遊していた短刀が動き出し、東雲を守るように立っている刀剣男子に飛びかかる。続けて打刀と太刀がそれらの後を追うように駆け出し、迫ってきた。
「行きますよ、次郎」
「はいは〜い! こんだけ派手に壊れてりゃ、何も怖くないさ! 短刀ちゃん達、主のことは任せたよ!」
 最初に迎え撃ったのは太郎太刀と次郎太刀だ。大振りで自らの刀を振りかぶり、力強く薙ぎ払う。大きな刃が何体かの時間遡行軍を切り伏せ、強い突風が残党を押し返した。
 その後ろから、三日月を筆頭に太刀と打刀が走り抜けて迎撃する。さらにその後ろから脇差と短刀が投石や弓、銃を使って援護をした。
 数も把握できない多勢に対し、僅か七十ほどの数で応戦する姿は流石『優秀』と呼ばれた審神者の刀と言うべきだろう。劣勢の状況下で全く敵に後れを取らない姿勢に、時間遡行軍も少し怯んだように後退りしていた。
 しかし、その数に気を取られていたせいで誰も気づかなかった。
 審神者の背後に、いつの間にかその男が姿を現したことに。
「! 大将!!」
 気配に気づいた薬研が声を上げる。
 東雲も彼の視線の先が自分の背後であると気づき、急いで振り返った。
「アア……こうして間近デ見ると本当ニそっくりダ……嬉シイよ、お雪……これデ、君ニもうスグ会えル……」
 言いながら、ゆっくりと高く掲げられる。
 獲物を捉えた刃が鈍い輝きを放ち、自分を見下ろす赤い瞳が不気味なほど静寂に包まれる。不穏な空気を纏ったそれは間違いなく殺気だ。
 ──殺される。
 避ける間もなく刀が振り下ろされた時、審神者は死を覚悟した。
 自分に迫る刃がゆっくりと見え、悲鳴にも似た「避けろ」と叫ぶ刀剣男士達の声が遠くなる。
 その瞬間、男の刃と審神者の間に、一振の刀が割り込んだ。
 ガキィン、と激しくぶつかり合う刃の音が鳴り響き、赤橙色の鉢巻が、血塗れの襤褸布が、金色の髪が風に靡く。
「国広!?」
 見慣れたその後ろ姿を視界に捉え、東雲は目を見開いた。

「ああ、あんたの刀だ。よく耐えたな、主。もう大丈夫だ」

 たった、数時間。
 されど、数時間。
 その短くも長い時間不在だった初期刀の声は、ひどく懐かしく、そして頼もしく聞こえた。
 浮かんできた涙を零さないように努め、それでも潤んだ瞳は隠せないまま、東雲は肩越しに自分を振り返った翡翠の瞳を見て安心したように微笑んだ。
 なんの前触れもなく現れた山姥切から距離を取った男の顔がまた不愉快そうに歪んだ。
「貴様……何故……」
「悪いな。神格は下だが、これでも一応は神の端くれなんだ。そして物故に人を愛し、守りたいと思うのもまた必然というもの……何より、ここにいるのは俺の主だ。俺が望み、俺が認めた主だ。そう簡単にくれてやるつもりはない」
 それに、と言葉を続けながら山姥切は刀を構え直す。
「お前と……透と『敵は必ず俺が斬る』と約束したからな」
「ぬかせ」
 言って、山姥切は敵に──透と呼んだ歴史修正主義者に向かって走り出した。同時に透の背中からは時間遡行軍の短刀のような尻尾がいくつも出現し、山姥切を襲う。しかし、攻撃を刀で受け流して山姥切は間合いを詰めた。
「そら、ここだ」
「くそっ」
 両者共に引けを取らず激しく刀を打ち合う。彼らの闘いから目が離せず息を呑んで見守っていた東雲だが、そこで彼女は駆け寄って来た誰かに抱き上げられた。
 目を丸くした彼女の視界の端で、びゅんと刃が縦に振り下ろされる。また刀剣男士達の間を潜り抜けてきた時間遡行軍がいたようだ。
 その時間遡行軍を、ボロボロの姿になった秋田藤四郎が短い刃で切り裂く。
「主君のもとに帰るんだ……!」
 その力強い意志の込められた言葉と共に、時間遡行軍の胸を一突き、心臓の部分を貫いた。
「秋田君……!」
「大丈夫、まだ戦えます! 主君はその方と一緒に隠れてください!」
 秋田の言葉に、東雲は自分を抱き上げて走っている人物を見上げた。
「大丈夫か?」
 ひどく懐かしい声だと思った。
 親しみや、安心感のある大好きな声。慈愛を滲ませて愛しささえ感じるその声音に、足を止めて共に壊れた建物の陰に身を潜めた人物を東雲は凝視した。
「あ、あなたは……」
 自分を抱えて時間遡行軍の攻撃を避けた人物を見上げ、東雲はぱちくりと瞬きをした。
 その顔は山姥切が今戦っている男と似た顔だ。違うのは服装だけで、一見すると双子ではないかと疑ってしまう。
 交互に視線を向けて、東雲は戸惑いながらお礼を口にした。
「あ、ありがとうございます……」
「礼を言うのは僕の方だ。生きていてくれてありがとう、ユキ」
 彼が口にした瞬間、東雲は目を見開いて彼を凝視した。
 ──『ユキ』。それは紛れもなく自分の名前である。かつて自分と親しかった者だけが呼んでいた愛称だ。

「もう大丈夫だ。僕が一緒にいるから、泣くな」

 その言葉も、昔どこかで聞いた気がする。
 そう思った時、『ユキ』と呼ぶ声が、今まで思い出せなかった家族や幼馴染み達の顔が、それまで思い出せなかった記憶が鮮明に浮かび上がり、東雲はその目から一筋の涙を流した。
「──ゼ、ロ……?」
 東雲の唇からポツリと零れ落ちる名前にゼロ──降谷もまた、泣きそうになるのを堪えるように微笑み返すと、彼女の頬を伝う涙をそっと指で拭った。
 そんな二人を見てホッとしたように息を吐いたのは若竹だ。そして気を引き締め直すと時間遡行軍から二人を守るべく駆け寄っていく。
「東雲様」
「若竹さん……!」
「遅くなってしまい申し訳ありません。微力ながら、私がお二人の警護にあたります。決して離れませんよう」
 続けて、銀色の髪の青年が三人の傍をすり抜けて真っ直ぐに山姥切を加勢すべく駆け抜けていく。
「こちら山姥切長義。石見国座標四○○八、東雲本丸にて審神者の生存を確認。結界が消えていることから霊力が著しく消耗していると思われる。また、今回の襲撃の主犯と思わしき歴史修正主義者を発見。結界の喪失により時間遡行軍が多数出現している。直ちに政府及び他本丸からの応援を要請する」
『了解。こちらから各本丸に派遣要請を送っている。到着を待て』
 その返答を聞いて、長義は敵の背後をとって刀を振るった。透の姿をしたそれは尻尾のように短刀の体の一部を出現させて長義の攻撃を防ぐ。
 長義に気を取られている隙を狙ってすかさず山姥切が斬りかかるが、それにもすぐに対応する。
「マダ僕の邪魔ヲするカ……!」
「当たり前だ。ここにいるのはお前の望む『お雪』じゃない。俺達の主だからな」
 鍔迫り合いは互角だ。睨み合う双方の眼差しはどちらも鋭く、一瞬の隙を逃がさない。
 先に距離を取ったのは透だ。刀を弾き返し、後ろへと飛び退く。
 そこへ再び長義が斬りかかり、山姥切も追撃を仕掛ける。
 続けて三日月と鶴丸が駆けつけて攻撃を仕掛けるが、それでも敵はなかなか隙を見せない。
「やあ、これは隊長殿。遅い帰りだったな」
「君はいつも良いとこ取りだな、全く!」
「すまない。……だが、お前達も主に隠し事をしていただろう。それで相子だ」
「おっと。なんだ、バレていたのか」
「そら、来るぞ」
 軽口を言い合いながらも透の攻撃を避ける山姥切と鶴丸。
 彼らの闘いの一方で、次々と現れる時間遡行軍を斬り伏せていく刀剣男士達が苦い表情を見せ始めた。
「にしても、どんだけ湧いてくるんだコイツら!」
「キリがないでござるな」

 その時だった。
 彼らの頭上から声が聞こえたのは。


「それだけお前らの主を本気で狙ってるってことだろ」


 声に反応して、時間遡行軍や刀剣男士達は空を見上げる。白装束を身に纏った一人の男がニヤリとこちらを見下ろしている。
 あれは、と目を丸くする彼らに、男は勇ましくも声を上げながら印を組む。
「そら! 出番だお前ら、存分に暴れてこい!」
 男の言葉と共に、また新たな空間がいくつも開く。
 そこから眩い輝きが地面に落ち、たくさんの桜の花弁が舞った。
 その輝きの中から現れたのは刀剣男士だ。

「あらら。これはまた、たくさんいるねえ」
「だが、我ら兄弟には取るに足らない相手だ」
「うん、君一人でも十分やれそうだね、肘丸」
「……膝丸だ、兄者」

「あちゃ〜。こりゃ、あかん。流石にやる気ないとか言ってられまへんなあ」
「当たり前でしょ。ほら、しゃんとしてよ国行。俺達任務で来てるんだから」
「来る前に『全力で潰してこい』って主も言ってたじゃん」

「この父まで引っ張り出すとは。これも運命なのか」
「怨念が渦巻いています……ここが地上の地獄か」
「今回の厄払いは少し骨が折れそうだね」

 総勢、百の援軍の最後に現れた一振が、刃を抜いてその切っ先を敵に向けた。

「戦闘開始! 突撃だ!」

 東雲本丸とは反対側から現れた援軍に不意を突かれ、時間遡行軍が次々と倒されていく。
 味方が現れたと分かった東雲の刀剣男士達も好機を逃さず敵を蹴散らしていく。
 みるみるうちに数が減っていく時間遡行軍を呆然と見つめていた東雲と降谷の頭上から、一人の男がすたっと降り立った。
「よお、一番弟子! なんか野郎共から取り合いされてんだって? モテモテじゃねえか」
「し、師匠……」
「おいおい、仲間呼ぶために盛大に結界ぶっ壊した本人がしみったれた顔すんな。お前に助けられたっつ−刀剣男士や縁のある審神者が総出で助けに来てんだぞ。見ろよこの数。俺より人望厚いんじゃねーか? もっと喜べ、喜べ!」
「いや、それをまとめたのは師匠なんじゃ……」
「あ? 俺は別にまとめてねぇよ。アイツらが率先して動いた結果だ」
 そう言った男の背後に、年若い数人の審神者が集まる。
「お久し振りでございます、東雲様。ご無事で何より」
「微力ながら私共の本丸の部隊も助太刀に参りました」
「今すぐ我々で結界を張り直しますので、しばしお待ちください」
「皆さんまで……」
 審神者自ら死地に赴くなど普段は有り得ない。が、それでも彼ら自身が身を挺して出陣してきたということは、かつて彼らを守り通した東雲の成果なのだろう。
 再建された東雲の本丸ではこれまで、出陣以外にも歴史修正主義者やそれに通ずる者、または政府の意向に背いた審神者の摘発にも尽力してきた。そこで知り合った刀剣や審神者も数知れず多くいる。
 今、ここに集まっている者は皆、そうした事件を通して東雲に救われた者達なのだ。
 東雲は全員の顔を見渡して、ほっと笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます。どうか、私の刀達の助けになってください」


「クソッ」
 荒々しい言葉と共に刀が振るわれる。それを避けながら、山姥切は相手を静かに観察していた。
「もう疲れたのか? さっきから少しも当たってないぞ」
「黙レ!」
 また刀が振り下ろされる。しかし、その単調な攻撃を山姥切はいとも簡単に避けていく。
「どうした、俺はここだぞ」
 次に短刀の尾が遅いかかるが、それも避けた。
 全く攻撃が当たらない。掠りもしないことにもどかしさを感じるのか、透の顔はますます歪んでいく。それでも怒りや憎悪を秘めた赤い瞳だけはギラギラと輝いていて、山姥切はその眼差しを真っ向から受け止めていた。
 すると、そこでようやく隙を衝いた長義の攻撃が複数あった短刀の尾を全て切り落とした。
「おい。いつまでこいつと遊ぶつもりだ」
「別に遊んでいるつもりはない。ただ……」
 長義に反論しながら、山姥切は静かに刀を構えた。
「ただ、こいつは……人に戻してから終わらせてやりたいと思っていた」
「何ヲ……」
「お前、もう体が変異しないだろう。主の策のおかげで霊力が根こそぎ削がれたみたいだな。もう本来のお前の力しか出ないんじゃないか?」
「……」
「刀は武士の魂とも言うだろう。今のお前が本当に自分の運命を捻じ曲げられると思うなら、その刀で俺を斬ってみろ」
「……山姥切……国広ォ……」
 地を這うような、呻くような声だった。
 その時、空が揺らいだ。
「……どうやら、応援に来た審神者が結界を張り直したようだな」
 空を見上げた長義がそう言うと、ゆっくりと半透明の結界が東雲本丸の領域を覆い隠す。
 同じく空を一瞥した山姥切は、一度目を閉ざすと刀を構え直した。
「そら、来いよ。これが本当に最後だ」
 それから地面を蹴ったのは、どちらが先だったか。
 刀を握りしめ、互いに向けてその刃を振るう。
 しかし、その勝負は一瞬で決まった。
 ぱきんと刀が折れ、激しい血飛沫を上げて倒れたのは透の方だ。
 床に倒れたままぴくりとも動かない彼に、刀を鞘に納めた山姥切は静かに歩み寄る。
「……どう、シテ……」
「透。何故あの世界のお前が自ら死を選んだのか、分かるか?」
「……」
「あいつはお前と違って、彼女と共に生きる道を選ばなかった。ただ彼女の幸せだけを望んでいた。お前が彼女を狙うと知って、残り少ない彼女の人生を守って死んでいったんだ」
 言いながら、山姥切はゆっくりと崩壊を始めた透の体を起こして自分の主と、その傍にいる降谷へと目を向けさせた。
 二人は山姥切達の戦いを見守っていた。今もまだ、東雲は不安そうな面持ちで自分達を見つめている。
「見ろ。あれは、お前が愛した女の未来だ。お前達の強い想いが、来世で主達を引き合わせた。お前が繋いだ縁だ」
「……」
「お前の現実は受け入れ難いものだったかもしれない。でも、それも運命だ。人は、それを受け止めながら生きなければならない」
「……ヒド、いナ……」
 山姥切の言葉に耳を傾けていた透が、静かに呟いた。
「神……ようナ……ォ……言ウ……」
 神様のようなことを言う。
 そう言った透に、山姥切は静かに微笑んだ。
「……俺は、付喪神だからな。人に近づいたとはいえ、本質は変わらない」
 山姥切の言葉をどう受け止めたのか、透もまた山姥切と同じく口元に笑みを浮かべた。
 それは少し、諦めたようなものにも感じられる。
 けれど、どこか安心したような穏やかなものだった。

 ボロリと黒ずんだ体が崩れ落ちていく。
 灰となって散り散りに霧散したその体のあとには、禍々しい輝きを放つ赤い宝玉が残った。

 出現していた時間遡行軍も、応援に駆けつけた刀剣男士達のおかげで全て討伐することができた。
 勝敗が決まったのだと察した東雲が静かに山姥切に歩み寄った。
「国広……それは……」
「分からない……奴が持っていた物みたいだ」
 不思議に思った東雲が恐る恐るそれに手を伸ばそうとしたその時、長義が口を挟んだ。
「触らない方がいい。それは歴史修正主義者が作った霊力を増幅させる呪具だ」
「!」
 東雲はすぐに伸ばした手を引っ込めた。
 代わりに、長義が迷わずそれに刀の切っ先を突きつけた。
 ヒビが入っていたためひどく脆くなっていたようで、宝玉はいとも簡単にぱきんと音を立てて割れた。同時に禍々しい輝きもなくなり、黒く染まる。
 それを呆然と見つめている東雲とその初期刀に、長義は穏やかな声音で告げた。

「喜ぶといい、東雲の審神者。この戦は君の勝利だ」
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