とある本丸の山姥切国広の物語 捌


 唸り声なく倒れた異形の化け物。その大きな体から黒い靄のようなものが溢れ出し、拡散して溶けるように消えていくのを視界に入れながら、降谷は己に背を向けて佇んでいる青年を呆然と見つめた。
「あ、あれは……」
「山姥切……国広……!?」
「な、なんだあの姿は……いったいどこの本丸の刀だ?」
 ざわざわとどよめきが起こる中、山姥切国広と呼ばれた刀は己の刀身に付着した血を振り払い、静かにそれを鞘に収める。
 そんな彼に少々苛立った様子で歩み寄るのは、彼とは正反対の銀色の髪の青年だった。
「勝手に飛び出すなって言ったのが分からないのかな、偽物君」
「俺は偽物なんかじゃない。写しと偽物は全くの別物だと言っただろう」
「今はそんな御託を聞いてるんじゃないよ、全く……なんなんだ、お前は? 極めた途端にますますふてぶてしい態度になったな」
 山姥切と同じく布をその身に纏い、降谷と同じく青い瞳に鋭い光を宿らせ、青年は反発した山姥切を睨みつけた。
 だが、当の山姥切は目くじらを立てる彼をこれといって相手にする気はないようで、きょろきょろと周囲へと視線を泳がせた。
「そんなことより……ああ、やはり。いたな」
「そんなこと……!?」
 今度こそ怒りが爆発するのでは、と周りが肝を冷やす中、降谷と視線が交わった山姥切はむっつりと黙り込んだ。
 美しい翡翠の瞳に捉えられ、降谷は自分でも足が竦んだのが分かった。
 刀剣男士は、付喪神である。それは妖にも神にもなれる存在であるが、総じて政府は彼らを『神』として扱う。
 政府本部に赴く前に、その世界の事情に詳しい者から説明された言葉だ。
 真っ直ぐに自分を見つめる眼差しは純粋であるが無垢ではない。まるで自分を見定めるような視線ではあったが、その堂々たる佇まいから並々ならぬ威厳を感じ取り、降谷は僅かに息を呑んだ。
「透も瓜二つなんだな」
「え? それはどういう……」
 つい最近まで呼ばれ慣れていた名前につい反応してしまい、降谷は答えてからしまった、と表情を歪めた。
 いや、それよりも気になるのは彼が安室透の名前を呼んだことだ。
 降谷が潜入捜査の任務に就いている間、彼は一度も山姥切国広に出会った記憶がない。それなのに、初対面であるあの刀はどうして降谷を『透』と呼んだのか。
 体を動かすことより先に警戒心が働き、思考に耽ってしまった降谷に気づいた山姥切はぱちくりと瞬きした。
 それから、ポツリと呟く。
「ああ、悪い。今も『透』とは限らなかったな」
「? はぁ……?」
「なんでもいいから早くしてくれないかな。時は一刻を争うんだ。今こうして話している間にも東雲の本丸が壊滅してしまうかもしれない」
 山姥切の言葉の真意を尋ねようとした降谷だったが、それはあの銀髪の青年によってぴしゃりと遮られてしまった。
 しかし、今は彼の言う通り事態は一刻を争うのである。『東雲』という名前に聞き覚えがあった降谷は口を閉ざすしかなかった。
「すまない、本歌。……若竹、無事か」
「は、はい……あの、あなたはもしかして東雲の……? どうして山姥切長義と一緒に……」
「ああ。襲撃してきた時間遡行軍に転送装置で別の時代に飛ばされてしまった。本歌とはそこで出会って……まあ縁があったんだ。それより、悪いが今すぐ俺達を本丸に戻して欲しい。あんたならこの場で新たな門を開くことができるだろう」
「どうして……まさか、東雲本丸の門が壊されたのですか!?」
「いや、破壊はされていない。だが、すでに別の経路がいくつも繋がっていてこちらからは接続できなくなっているらしい。うちの本丸を担当しているお前なら非常用の脱出経路を解放できたはずだ。頼む」
「分かりました。そういうことであれば、すぐに布陣を引きます。三十秒ほどお待ちください。……ほら、何をしているんですか! 皆は生き残った者の保護と残っている時間遡行軍の討伐に回ってください!」
 即座に頷いた若竹は、懐から数枚の札を取り出しながら成り行きを見守っていた政府職員達に指示を飛ばす。
 その鋭い指示に飛び上がり、慌ただしく動き出す職員達。通信部と連絡を取り合いながら司令官からの指示を仰ぎ、何人かが刀を片手に本部の奥へと駆け出していくのを横目に見ながら、降谷は若竹の動きに注目した。
 彼女は門と書かれた札を床に投げ、まるで陰陽師のように幾つか手で印を組んだ。
「非常用脱出経路、開門。座標四〇〇八」
 若竹の言葉に呼応して、大きな輪が広がった。その輪の中は星のような小さな輝きが渦巻いており、先は見えない。
「開きました。いつでも突撃できます」
 よし、と山姥切と長義は互いに顔を見合わせ、それから降谷へと目を向ける。
「……一緒に来るか?」
「!」
「向かう場所は戦場だ。それでも行くなら止めはしない。俺達も全力であんたと主を守ってみせよう」
「もちろん、一緒に行きます。彼女が危険な目に遭っているのに、僕だけこんな所で守られている訳にはいかないので。……それに……僕は警察官です。ある程度自分の身は自分で守れる。僕のことは構わず、彼女の身の安全を優先してください」
 降谷の言葉に、山姥切は目を丸くした。しかし、それは一瞬のことだった。薄ら笑い、山姥切はおもむろに口を開いた。
「……あんた、名は?」
「……ゼロと、かつては君の主もそう呼んでくれていました」
 名は個を縛る。相手が『神』であるならば、なおさら真名を口にするのは控えろと言われていたのを思い出しながら、降谷は今は彼女以外誰にも呼ばれることのないあだ名を口にした。
 それが本名ではなくあだ名であると気づきながら、山姥切は特に気にすることもなく大きく頷いた。
「行こう、ゼロ。主が待ってる」


 *** *** ***


 部隊の要とも呼べる存在である初期刀がいなくなって、数時間が経った。減らせど減らせど湧いてくる軍勢に、東雲の部隊はすでに疲弊の色が濃くなっていた。
「くそっ……このままだと押しきられちまう!」
「なんとか大将だけでも現世に逃がさねぇと……」
「いいえ。政府の監視体制は万全の状態なの。こちらの異常に政府側が気づいていないはずがないわ。増援が来ないということは、おそらく向こうでも何かトラブルが起こっているかもしれない」
 東雲の言葉が真実であれば、それは予想したくもない非常事態である。
 刀達はいよいよ長丁場になる戦闘を覚悟した。
 東雲の目にも焦りの色が見え始める。チラリと門へ目を向けるのは、いなくなってしまった山姥切の安否が気になるからだ。
「案ずることはない、主」
 そんな彼女の様子に気づいていた三日月宗近が、敵を斬り伏せながら声をかけた。
「まだ山姥切との繋がりは切れておらん。少々卑屈な一面はあるが、あれはそなたが思う以上に強い刀だ。必ずや主のもとへ戻ってくるだろう」
「そうだよ! 他の個体と違って主に可愛がられてる自覚めちゃめちゃあるんだからね、あいつ!」
「地べた這ってでも帰ってくるぜ、うちの総隊長殿は」
 三日月に続いて、加州清光と薬研藤四郎が励ますように声をかける。
「主の近侍は山姥切以外に務まりません。この戦いが終わったら、俺達がどこへでも探しに行って参ります」
 へし切長谷部の声に、博多藤四郎が目を丸くし、敵を串刺しにした日本号が笑みを浮かべた。
「おっ。なんだよ、長谷部ぇ。随分と山姥切には優しいじゃねーの?」
「近侍の座狙ってたんじゃなかと?」
「ふん……近侍でなくとも主のためにやれることは山ほどある。認めようが認めまいが、あいつがこの本丸の主戦力であることに変わりはない。……そら、次はそっちだ。来るぞ博多、日本号」
 長谷部がそう言って人差し指を向けた先から、太刀が向かってきた。二振はにやりと笑って撃退する。
 ──そうだ、落ち着け。
 劣勢に立たされても気丈に振る舞って戦い続ける彼らの言葉に、東雲は今一度冷静さを取り戻す。
 希少な刀である天下五剣の三日月は、他の刀剣男士に比べて霊力が高い。その彼が山姥切との繋がりはまだ切れていないと言うのだ。それが事実だ。
 ならば、まだ希望はある。今は自分にできることをしなくては。

「……!」

 その時、奴が来ると予知できたのは、審神者として培ってきた勘だったのだろう。

 糸に引っ張られるような感覚に、戦況を確認すべく周囲を見渡していた東雲は視線をゲートへと向けた。
 山姥切国広が異空間へと飛ばされてしまったそのゲートから、脇差の足が飛び出す。続けて大太刀のような屈強な腕が現れてミシリと音を立てながら門を鷲掴み、ぬるりと胴体が這い出てくる。
 そこにいるどの刀もが息を呑んだ。
「おいおい……冗談だろ……?」
 驚いたと言わんばかりに呆然と呟いたのは鶴丸国永だ。口元にこそ笑みを浮かべているが、その顔色は悪い。
 当初に比べれば敵の数は随分と減ったが、まだまだ侵入してきた時間遡行軍は本丸を包囲している。山姥切を異空間へと飛ばした大太刀は極へと成長した短刀達が倒したが、ゲートから姿を現した異形はそれ以上に大きな体をしていた。
「一つの本丸にこれだけの軍勢を送り込むたぁ、奴さんもかなり本気だとは思っちゃいたが……」
「はっはっはっ。いやはや、驚いたな。こやつら、何がなんでもこの本丸を落とすつもりのようだ」
「おっと。俺の台詞を奪わないでくれないか、三日月」
 軽口を口にしながらも二振は目の前の短刀を一撃で仕留め、東雲を守るように彼女の前に立ち塞がる。
「あのような姿になってもまだ求めるとは、執念深いことだな」
「だが、これは絶好の機会でもある。借りは返させてもらうぜ」
 二振の言葉は、東雲には届かない。
 代わりに赤い目が鶴丸と三日月を捉え、それから東雲へと視線を移す。
「……ォ……イィ……」
 唸る声は最早言葉にもならない。母音だけが紡がれる声に、刀達は顔を歪めた。
「狂ってる……」
「あれ、人間……だよね……?」
「何すりゃあんな醜い姿に変わるんだよ……」
 刀達でさえ思わず後退りしてしまうようなおぞましい姿だ。かろうじて残っている人としての胴体も、ほぼ黒く偏食して本来の肌の色が分からなくなっている。
 東雲は、そんな異形の顔を呆然と見つめた。
(なんだろう……私……あの顔をどこかで……)
 既視感の正体を探ろうと記憶を辿るが、審神者になってからは一度もその顔を見た覚えはない。
 だとすれば残る可能性はただ一つだが、残念ながら封じられたままの記憶には友人どころか家族の顔も名前も靄がかかっていて思い出せそうになかった。
「……あっ!」
 その時、東雲は奴が出てきた門のゲートが閉じられようとしていることに気づいた。
 そこは山姥切が飛ばされたゲートでもある。それが閉じられてしまうということは、あのゲートの経路の特定や山姥切の捜索が不可能になるということだ。
 いよいよ、東雲の表情に絶望の色が浮かんだ。
「国広……!」
「いけません、主! もう間に合わない!」
 ゲートに向かおうと無意識に足を踏み出した東雲を、へし切長谷部が片腕で引き止める。
 その時、ゲートを塞いでいた巨体が地面を揺らす大きな咆哮を上げ、勢い良く刀を振るった。
 強い突風で誰も前に進むことが出来ず、砂埃を避けるように全員が腕で顔を覆った。
「やれやれ……これは出し惜しみしている場合ではなさそうだ」
「そうやすやすと主はやれないからな。こちらも全身全霊で相手をするとしよう」
 味方には疲労も溜まり、傷も負っている手勢ばかりだ。一振もまだ欠けていないが、このまま押されるのは目に見えている。
 三日月と鶴丸は互いに右腕を捲り上げる。そこに仕込まれていた腕輪を外すと、ぶわりと霊力が本丸中を吹き抜けた。
 並々と漂うその霊力に、東雲は目を丸くした。
「三日月……鶴丸……あなた達、まさか……」
「今は話している時間が惜しい。主、ゲートが閉じられた意味が分かるか」
「!」
 動揺で焦りが思考を鈍らせる中、東雲は鶴丸の言葉に冷静になろうと閉じられたゲートに目を向ける。
 襲撃を受けた際、複数の侵入経路となった結界の裂け目はどうにか修復した。故に、あれは敵の唯一の侵入経路であり、退路でもあった。
 それが閉ざされたということは、山姥切が戻ることができないだけでなく、敵も新たに侵入してくることはないということだ。
「君はもう、あの頃の弱い娘じゃない。お上から優秀と言われた立派な審神者だ」
「なに、心配するな。皆、少々手荒な山姥切の指揮でも生き残っておる。我ら刀剣男士一同、主の采配に従おう」
 二振の言葉に、東雲は深く深呼吸する。
 ──落ち着け。落ち着け。
 何度も自分に言い聞かせて、敵の位置、数、味方の能力を吟味する。
「……あのゲートが閉ざされた時点で、敵はこれ以上増えない。持ち堪えれば勝てる。でも、こちらはすでに疲労が溜まって手傷を負った刀ばかり。いくら今の三日月と鶴丸でも……あの敵の親玉と真向から勝負するのは得策じゃない」
「なら、どうする?」
「……篭城しよう」
 東雲の提案に、刀達は「え」と振り返った。
「正気か、君? このデカブツが一度でも刀を振れば間違いなくこの本丸は潰れるぞ?」
「分かってる。極の刀達は三日月宗近と鶴丸国永の援護に回りなさい。極の脇差は他の太刀の援護を」
 東雲の傍に着地した秋田が周りを警戒したまま視線だけを向けた。
「いいんですか、主様……こっちにはあのすばしっこい短刀もいますが……」
「構わない。そっちは長谷部がいれば十分対応できる。特付きの短刀と脇差、和泉守兼定と大倶利伽羅、それから陸奥守吉行は私と一緒に来なさい」
「ほいきた!」
「……分かった」
「堀川! ここは頼んだぞ!」
「任せてよ、兼さん!」
 指示を出した刀達が一斉に動き出す。背を向ける刀達を追おうとすれば、それを残った太刀や打刀、脇差が阻止した。
「秋田君」
 集まってきた刀と入れ替わりに前線に出ようと足を踏み出した秋田を引き止め、東雲は腰を屈めると耳打ちする。
 きょとんとした秋田はその指示を聞くと、首を縦に大きく振った。
「みんな、いい? 深追いはしなくていい。残りは敵を減らしつつ後退して。ギリギリまで引き寄せたら一斉に大広間まで撤退しなさい」
 応、という勇ましい相槌が響き渡り、激しい攻防が再び始まった。
 その混戦に背を向けて、東雲は刀達を率いて一足先に本丸内へと足を踏み入れた。


「……とは言ったものの、これはどうするかな」
「図体ばかりが大きくなったのなら動きは遅いと信じたいがな……」
 普通の時間遡行軍とは違うそれの目は、本丸の中へと入って行く審神者を追いかけている。
 どこまでも審神者に執着しているようだ。
「俺達が攪乱しつつ、まず足を狙うばい」
 動きを観察していた博多の言葉に、薬研が同意した。
「ああ。鈍間なら俺達でもなんとか相手になるだろ」
「りょーかい!」
 先に動いたのは乱藤四郎だ。身軽な動きで時間遡行軍の足元に飛び込み、刀を振るう。
 しかし、それは思ったよりも固く跳ね返されてしまう。
「かったーい!」
「なら……ここか!」
 続けて飛びかかった薬研が関節部分を狙う。それは寸分狂わず命中すると切断され、大きな胴体が傾いた。
 ──が、すぐにその足がもとに戻る。
「再生すんのかよ……」
「どれ。次は腕を落としてみるか。お前達、頼んだぞ」
 三日月が刀を構えて駆け出す。それに合わせてまず先攻したのは今剣だ。
「そーれ!」
 飛びかかった今剣の攻撃を防いだ隙を狙い、三日月が左腕を切り落とす。
 それも予想通り元に戻った。
「こいつ……どうなってんだ?」
「の……呪いでしょうか……?」
 恐々と口にした五虎退は、ちらりと三日月に目を向ける。
 切り落としたはずの腕から新たな腕が生えるのをじっと見つめていた三日月は、ふむ、と相槌を打った。
「見たところ、あやつの体はただ憑りつかれているだけのようだ。そうして自我を失うまで奴らの霊力を溜め込んできたのだろう。とことん執念深い男だ」
「だとすれば、奴の霊力が尽きるまで切り落とすしか方法がないということか」
「うーん……ここはあるじさまのさくせんどおり、ふかおいせずにたたかったほうがいいかもしれませんね」
 鶴丸と今剣の言葉に、短刀達が頷く。
 三日月もそれがいいだろうと考えた。
 審神者が何をしようとしているのか、彼らは何も知らない。
 だが、伊達に彼女も石見国一と呼ばれていない。実力は確かにある。
 故に、こんな所で死んでしまうほど弱い娘ではないと、刀剣男士達は絶対的な信頼を寄せていた。
 刀を構え直し、三日月は静かに口元に笑みを浮かべた。
「勝機は必ずある。ここは主を信じるとしよう」


 ざざ、とノイズが走ったあと、イヤホンから審神者の声が流れる。
「大倶利伽羅、敵の数は?」
「半分以上減った。残りは作戦通り本丸の周囲に集まってきている」
「陸奥守、準備は?」
「いつでもいけるぜよ」
「よし……和泉守、合図をお願い」
「よぉーし。陸奥守、ぜってー外すんじゃねーぞ」
「おんしゃあに言われるまでもないが!」
「鶴丸達も引き返し始めた。来るぞ」
「みんな! こっちから中に入れ!」
 ぎりぎり本丸の付近まで敵を引き寄せた刀達が、和泉守の声を聞いて一斉に敵に背を向けて大広間へと一直線に駆け抜ける。最後に殿を務めていた三日月が本丸の中へと足を踏み入れ、続けて後を追いかけていた時間遡行軍がそこに足を踏み入れようと縁側に足をかけた。
 その瞬間だった。
「撃て!!」
 和泉守の合図で、縁側沿いにある部屋の中から一斉に銃撃が放たれる。それは止むことのない嵐のような連撃で、本丸に侵入しようと集まった時間遡行軍は次々と地面に倒れていった。
 攻撃を放ったのは短刀達の持つ銃兵だった。
 三日月は足を止め、そこを振り返ると「ほう」と感嘆の声を漏らした。
「なるほど。敵を集めて刀装で迎え撃ったか」
「室内戦に有利な刀を集めたのはこのためだったんだな。そして撃ち漏らした者は……」
「残り六体! 陸奥守! 大倶利伽羅!」
「よっしゃあ!」
 縁側の上から大倶利伽羅が飛び降り、陸奥守が障子を蹴破って斬りかかる。
「死ね」
「よぉ狙って……ばん!」
 銃撃で怯んだ隙を狙って、確実に四体の敵を仕留める。
 遅れて和泉守が飛び出し、残った二体に突撃する。
「隙だらけだぜ、てめえら」
 一閃、抜刀したその一筋で勝負が決まった。
「お見事」
「じゃねーだろ! 三日月、鶴丸! お前らも早く奥の大広間に向かえって!」
「あい、分かった」
 敵を片付けると、打刀と短刀達は本丸の中に戻って大広間を目指す。彼らに急かされるように三日月と鶴丸もそちらを目指した。
 そして大広間に全員が駆け込んだ時だ。
「解除!」
 審神者の声と共に強い衝撃が本丸を襲い、建物が一瞬で吹き飛ぶ。
 しかし、それは刀剣男士達には少しも影響がない。
 大広間の壁の内側に強い結界が貼られていたからだ。残った柱に貼られている『守』の札を見て、三日月は「そういうことか」と納得した。
「広い範囲で囲っていた本丸の結界を、ここだけに留めたか」
「それに……見てみろ、三日月。俺達の体、いつの間にか元に戻ってるぜ」
 それは一か八かの賭けでもあったのだろう。
 審神者は残りある霊力全てを使い切り、特殊な術式で刀の手入れを一斉に行ったらしい。
「チャンスはあと一度だけだよ。弓兵、投石兵、用意」
 静かな審神者の声に、打刀と脇差が装備していた弓兵と投石兵がずらりと並ぶ。
 ゆらり、結界を目掛けて大太刀が振りかざされる。
 それをじっと見つめて、東雲は手を上げたままチャンスを伺う。
 そして、その時は来た。
 刀が振り下ろされる。それが強固な結界に跳ね返された時、東雲達を守っていた結界もまたパリンと音を立てて破壊された。
「放て!!」
 東雲の合図のあと、弓が風を引き裂き、石が宙を舞った。


 *** *** ***


 若竹によって開かれた本丸の非常用脱出経路は本丸の敷地内にある林の中だった。
 本丸の正門に対し、ちょうど裏側に位置する場所である。
 そこに足を踏み入れた山姥切は、真っ先に異変に気づいて足を止めた。
 本丸に向かおうとしていた降谷がつられて動きを止めて振り返る。
 山姥切の視線は上を向いていた。
「……結界が、消えてる」
「結界?」
「審神者が本丸を隠すために張る結界だ。審神者の霊力が高ければ高いほど、より広い範囲に結界を張ったり、二重に覆って強固なものにすることができるんだよ」
 降谷が首を傾げたので、長義が説明する。
 本丸を囲んでいる結界は時間遡行軍だけでなく、刀剣男士を顕現するためにも大切な役割を持っている。結界の中は審神者の『霊域』と呼ばれ、審神者の霊力で満たされるのだ。そこにいるだけで霊力をある程度供給されるので、刀剣男士達が『ヒトの形』を保つためにも必要な力である。
(その結界が消えていくということは、審神者自身に何かあったか、あるいは……)
 ──何かの策かもしれない。
 山姥切は頭上をじっと見つめたまま、何かを考え込むように黙り込んだ。
 そんな時、ガサリと物音が聞こえた降谷が何かの気配を感じ取り、振り返った。
「誰だ!?」
「えっ」
 がさりと音を立てて現れたのは秋田藤四郎だ。負傷し、ボロボロの体で何枚かの札を握りしめていた彼は、ぽかんと山姥切達を見つめた。
 特に降谷を見て驚いた顔をしており、目が合うと片手に握りしめていた刀を構えた。
「秋田……!?」
「山姥切さん……? 本当に山姥切さんなんですか……!?」
 ゲートの先に飛ばされた山姥切が自力で戻って来るとは予想していなかったのだろう。
 心底驚いた様子の秋田は俄かには信じ難い様子で山姥切を見ていたが、山姥切は安心させるように大きく頷いた。
「ああ。今から本丸に向かうところだった。秋田はどうしてこんな所に──」
「や、山姥切さぁあん……!!」
 山姥切の言葉を遮り、秋田は山姥切に飛びついて涙目になりながら声を上げた。
「お、おい……」
「早く主君のもとへ行ってください! 主君は……主君はわざと籠城を選んで……! 僕に結界札を外してくるように言って……! それで僕……僕っ……」
「落ち着け、秋田。主は本丸の内部にいるんだな? 結界が解けたのは、主の指示か?」
 秋田は首を縦に振った。
 それに、長義は顔をしかめた。
「ここにきて籠城だと……? 結界を解いてまで……?」
「何かまずいんですか?」
「通常であれば本丸を襲撃された場合、この空間において審神者に逃げ道はありません。残された手段は応援待ちながら敵を迎え撃つか、政府から提示された非常用の脱出経路を使って現世に避難することです。普通の審神者ならまず、自ら退路を塞いで篭城戦に持ち込むことはしないでしょう」
 若竹が説明すると、なるほどと相槌を打った降谷は眉を顰めて本丸に目を向けた。
「つまり……彼女は今、そんな手段を選ばなくてはならないほどの非常事態である、ということですね」
 焦りの色を滲ませる彼に秋田は懐疑的な視線を向けたが、しかし突如、彼が口を開くのを阻止するかのように激しい銃声が響いた。
「ああっ……主君……!」
 全員が息を呑み、緊張感を滲ませる。
 そんな中、澄んだ青の瞳に絶望の色を滲ませる秋田の頭に軽く手を置いた山姥切は、真っ直ぐに本丸を見上げた言った。
「話はあとだ。今は主のもとに急ぐぞ」
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