とある本丸の山姥切国広の物語 弐


 石見国の東雲本丸。そこを拠点としている東雲の審神者と言えば、審神者の間では少しばかり有名な存在だ。
 出陣、演練、遠征。政府から下るどの任務もほぼ百パーセントの戦績でこなし、時々政府に混ざる歴史修正主義者やブラック本丸の摘発にも協力する――謂わば、彼女は優秀と称される審神者だった。
 しかし、彼女の戦績だけで有名になったのではない。
 初期刀である山姥切国広も理由の一つだった。

「東雲の山姥切国広は、まるで本霊のようだ」

 その台詞があちこちで囁かれるようになったのは一体いつからだっただろうか。審神者も、そして山姥切本人も覚えてはいない。気がつけば、彼らは演練に赴く度に多くの注目を浴びるようになっていた。
「本霊って……あの人達は会った事があるのかしらね」
 呆れた様子でそう呟いた審神者の隣で、山姥切はそっと自分の襤褸布を目深に被った。
 山姥切自身、少しだけ違和感はあるのだ。
 他の本丸にいる同位体は、同じ山姥切国広でありながら卑屈な面が強い。何かあれば二言目には「写しだから」と口にしては一人で落ち込み、自分の主に宥められたり、叱責を受けているのは珍しくない光景だ。
 それに対し、東雲の初期刀である山姥切は顕現当初こそ「写しだから」という言葉を口にしていたが、だからといってうじうじとした様子を見せることはなかった。どちらかと言えば「写しだが、それがどうかしたか」と開き直っている部分があったように思える。
 それだけではない。山姥切は他の同位体と違って審神者の縁を見ることが出来る。神力の強い付喪神にしか見えないという縁の糸を、何故か東雲本丸の山姥切だけは目視できているのだ。
 ――自分が本霊だったとして、それで何か変わるのだろうか。
 山姥切はそんな事を思いながら、審神者の後ろをついて歩いていた。
 彼女は相変わらず人目を気にした風もなく、呑気に「今日の対戦相手は誰だろねぇ」と山姥切に話しかけていた。
 呆れて、ため息が零れた。
「誰が相手だろうと、斬れば良いんだろ」
 そう言えば、審神者はおかしそうに笑っていた。


「うわぁ〜! あるじさん、とっても綺麗!」
 東雲本丸の門型の転移装置の前。見合いのために身支度を整えて姿を現した審神者の姿を見て、乱藤四郎は目を輝かせて彼女に駆け寄った。
「ありがとう、乱ちゃん」
 乱の言葉に、審神者ははにかみ笑いを浮かべながらお礼を口にした。
 白い生地に桜の花が散りばめられた着物。髪は纏めずに下ろしたまま、耳の上に造花の髪留めをつけていた。
 審神者が身動ぎする度に、紅梅色の帯に挿した鈴のついた簪がしゃらんと音を立てる。
「当たり前でしょ〜? ちゃんと爪の先まで手入れしたんだから」
 彼女の支度を手伝ったらしい加州清光がふふんと得意げに胸を張ってそう言えば、乱は審神者の手をとって爪を見た。綺麗な卵型の爪には、薄らと桃色のマニキュアが塗られていた。
「やっぱり、主は桜がよく似合うね」
 取り寄せた甲斐があったよ、と歌仙兼定が微笑んだ。彼もまた、審神者の身支度を手伝った一人だった。
 彼の意見に異論はないので、山姥切も静かに頷いて同意する。
「おっ。大将、さらに別嬪さんになったな」
「よく似合ってるじゃないか」
 審神者の付添人として、現世に赴くために人間の姿に扮した薬研藤四郎と鶴丸国永も着替えを済ませてやって来た。
 二人の衣装はスーツ姿だった。薬研の手首には細い金色の腕輪が、鶴丸の耳には銀色のカフスの形をした霊力制御装置がある。現世で審神者を護衛する時に必要な物だ。
 山姥切はふと鶴丸のスーツに視線を向けて目を細める。
「……鶴丸国永。一応聞くが、その服はどうした?」
「光忠のを借りた! いやぁ、急に決まったから服が無くてな」
 悪びれる様子もなく鶴丸は朗らかにそう答える。
 山姥切は「そうか」と遠い目になりながら相槌を打った。どうやら彼は自分の背後から歩み寄る刀に気づいていないらしい。
「つ・る・さ・ん?」
 鶴丸は飛び上がって背後を振り返った。
 そこには満面の笑顔を浮かべた燭台切光忠の姿があった。しかし、その表情とは裏腹に彼の纏う空気はとても黒い。眼帯で隠れていない目がゆっくりと開かれる。
「ヒトの物を、勝手に、持ち出したら、駄目だよって、言ったよね?」
「いや、あの、すまない。時間がなかったんだ」
 一言一言区切りながら、圧をかけるように光忠は鶴丸の顔を覗き込んで確認した。彼は一度、鶴丸の悪戯に使用されて自分の私物であった衣装を破られているのだ。めくじらも立てたくなるのだろう。
 冷や汗を流しながら、鶴丸は片手を上げて即座に謝罪した。
 鶴丸の言う通り、現世行きの刀が決まったのは昨日の夜だ。誰もが審神者に着いて行きたいと声を上げる中、長い話し合いの末に山姥切が白羽の矢を立てたのが鶴丸だった。
 当人もまさか本当に選ばれるとは思ってなかったのだろう。慌てて衣装を探したが、スーツだけは持ち合わせていなかったらしい。
 彼が審神者会議について行った事がないのも原因の一つだった。
「すまない。俺の考えが足りなかった」
 山姥切が助け船を出してそう言えば、鶴丸が助かったと頬を緩ませ、燭台切はその態度を軟化させて慌てたように手を振った。
「あ、ううん! 山姥切君のせいじゃないよ」
「そうだぞ、山姥切。そもそも、鶴丸を護衛にと薦めたのは俺だ」
 燭台切に続いたのは三日月宗近だ。悪びれることなく悠然と微笑んでいる。
「でも、鶴さんは今度からちゃんと一言言ってね」
「ああ、もちろん! 分かっているさ」
「分かっていないから言ってるんだけどね……」
 やれやれと燭台切が肩を竦めれば、くすくすと審神者から笑い声が上がる。
「ふふ。光忠、その辺にしてあげて」
「主は鶴さんに甘過ぎるよ……あ、時間は大丈夫なのかい?」
 引き止めちゃったかな、と人差し指で頬を掻いた燭台切。審神者は腕時計を確認して首を縦に振った。
「うん、大丈夫。でも、もうそろそろ行こうかな?」
「そう。その着物、君に良く似合ってるよ。自信を持って、気をつけて行ってくるんだよ」
「ありがとう、光忠。それじゃあ、行こうか」
 審神者は鶴丸と薬研に目を向けると、二振はこくんと頷いた。
 それを見た山姥切が転送装置の設定画面に手を近づける。
 ――その時だ。

 ビィーッ、ビィーッ、ビィーッ!

 本丸内に大きな警報が鳴り響き、同時にどしん、と本丸全体を揺らす大きな衝撃が起こった。
「何っ!?」
 傍に居た乱と加州に支えられながら倒れないよう揺れに耐え、審神者は周囲を見回した。
 嫌な気配を感じた山姥切はふと空を見上げる。
 すると、ちょうど目を向けた先にピシリと亀裂が入った。
「ただの地震……ではないな」
 鶴丸の言葉に、全員に緊張が走る。
 そして揺れが収まった瞬間、山姥切は誰よりも早く抜刀し、本丸内から様子を伺うように飛び出してきた刀剣男士達に向かって声を張り上げた。

「時間遡行軍だ!! 全員、迎撃態勢をとれ!!」


 *** *** ***


 東都の近郊にある山の麓。仰々しくもその麓一帯を壁で覆った政府お抱えの施設がある。
 大きな鉄格子のゲートを通り抜けて壁の向こうに入れば、周りは牧場や畑が広がるばかり。遠くに見える建物は居住区なのだろうか。この中で生活をしているのであろう住民達がちらほらと伺えた。よく見るとそれは年若い者達が多かったように思う。
 それに眉を潜めつつ、観察する為にものんびりと車で走り抜けること十分。目的の場所であろう建物がみえた辺りで、車の背後から黒い馬が駆けてくることに気づいた。
 馬上にいる軍服のような服を身に纏った人物の顔は、帽子で隠れていて見えない。

 ――このご時世に、移動手段が、馬。

 降谷零。
 警察の秘密機関『ゼロ』と呼ばれる部署に所属する潜入捜査官。
 齢はもうすぐ三十を迎える二十九歳。
 正直、見知らぬ場所に訪れて、年甲斐もなくタイムスリップしたような気分を味わっている。

 ここは何時代の設定なのだろう。大正あたりだろうか。
 思わずそんな現実逃避をしている間に、その馬は降谷の乗っている車と距離を縮め、ついに並走した。
 何か自分に用があるのだろうと察した降谷は車を停車させ、運転席の窓を開きながら顔を近づけ、下から覗き込むように見上げる。
 黒い馬に跨っていたのは女だった。彼女のそれは多分、仕事の制服なのだろう。白を基調とした軍服のようなものを身に纏っていた。
「失礼。降谷零様でお間違いないですか?」
「そうですが……」
 降谷が答えると、女は頷いてその手に握っていた何かを差し出した。
「私は東雲の審神者の担当補佐官の若竹と申します。馬上から申し訳ありませんが、まずはこれをお渡ししておきます」
「? ……鈴、ですか」
 淡々と話す彼女からそれを受け取り、降谷は訳が分からず首を傾げる。
「通行証のような物です。ここからは私が先導いたしますので、指示に従って頂きたい」
「分かりました」
 ただ真っ直ぐ進めば良い話なのでは、と思ったが、余所者である降谷は頷き返すしかない。
 大人しく、彼女に誘導されるがまま彼は愛車を走らせた。


 対歴史修正主義者対策本部――通称『時の政府』。
 今日、降谷がその『時の政府』の施設に訪れたのは、ここに勤める人物と見合いをするためだ。
 見合い相手は『審神者』という、降谷にとっては未知な職業に就いているらしい。刀の付喪神を呼び起こすだとか、それらを纏めて過去の歴史の改変を目論む者と戦争を続けているだとか。
 数年前には『歴史修正主義者』と名乗る組織のテロ行為が過激になりニュースになった事もあるので、審神者という存在は世間にも多く知られている。しかし、その話を信じている者はほんの一握りのように思えた。
 警察という職業柄、降谷もそんな非現実的でファンタジーな宗教話を信じるわけにはいかない。
 だが、それでも彼はどうしても、今回の見合い相手に会いたかった。
「こちらでお待ち下さい」
 本部の駐車場に車を置いて誘導されたのは、エントランスホールと繋がるテラス付きのラウンジだった。
 まるでどこかの一流ホテルのレストランのような雰囲気が漂う場所だ。
 貸し切りになっているのか、他に人の姿は見えない。
「私はこれから東雲を迎えに行きますので」
「一応、聞きますが……それに付き添うことは?」
「申し訳ありませんが、本部の内部へは関係者以外立ち入り禁止となっております」
 相変わらず表情一つ変えないで淡々と告げられ、降谷は肩を竦めて「わかりました」と一言答えるしかなかった。
 若竹は降谷があっさりと引き下がったことに少し安堵したのか、微笑を浮かべた。それから一礼すると、踵を返してラウンジを去っていく。
 降谷は自分の腕時計を確認した。予定している時刻の二十分前だった。
 一人ぽつんと残され手持ち無沙汰になり、テラスから見える外へと視線を向ける。
 もうすぐ夏だというのに、どういう事だろうか。硝子張りの窓から見えるのは季節外れに咲く満開の桜だった。見渡す限り辺り一帯に桜が咲き誇るそこは庭園にもなっているらしい。ちらほらと人影が見える。
 そよそよと風が吹くのに合わせて桜の花弁が舞い上がっていくのを見つめながら、綺麗だな、と誘われるように降谷はテラスへと続く扉のドアノブへ手をかけた。

 その瞬間、建物全体に警報のような大きな音が鳴り響いた。

「!? 何だ……!?」
 降谷はドアノブから手を離して当たりを見渡す。ビィーッという音が何度も繰り返して鳴り響く中、彼はすぐ状況を確認しようとエントランスホールへと足を向けた。
 案内されと時と違い、そこは喧騒で包まれていた。若竹と同じ服を身に纏った政府職員がワイヤレスイヤホンで会話を続けながら右へ左へと駆け抜けて行く。
 何が起きている。見知らぬ場所での異常事態に降谷は為す術もなく混乱した。
 そこへ審神者を迎えに行ったはずの若竹が降谷に駆け寄ってきた。彼女もワイヤレスイヤホンを装着している。
「申し訳ありません、降谷様」
「これは何の騒ぎですか?」
「緊急事態の警報です。複数の本丸が時間遡行軍の襲撃に遭っているようです。東雲の本丸も標的になっていると……!」
「何……!?」
 降谷は彼女の報告に険しい表情になる。
「彼女の安否は?」
「現在、確認を取らせています。降谷様は至急、この場から避難を――」
「いえ、申し訳ないですがそれは出来ません。彼女のいる場所へ案内してください」
 降谷の言葉に、若竹は初めてその表情に感情を見せた。ぎろりと切れ長の目を細め、鋭い視線を送る。
「なりません」
 語気を強めに彼女は降谷の要望を一蹴した。
「あなたは審神者ではない。その懐に隠している銃一つで太刀打ちする事は不可能なのですよ」
 バレている。降谷は苦虫を噛みつぶしたような表情で「しかし」と言い募ろうと口を開いた。
 するとその時、どしんと建物が揺れた。
「何事ですか!?」
 若竹がワイヤレスイヤホンに声をかける。
 刹那、降谷は上から自分達に迫る何かの気配を感じた。彼は咄嗟に目の前にいた若竹の腕を掴み、その場から離れるように飛び退く。
 ――間一髪。何かが頭上から落ちてきて、エントランスホールの床を縦に抉った。
 あちこちから悲鳴が聞こえる。
 降谷がちらりと目を向けると、何人かが斬撃を受けて血を流して倒れていた。
 その周りをふよふよと蠢く骨の物体に目を向けた若竹が息を呑む。
「時間、遡行軍っ……!?」
「なるほど……やはり、アレは夢じゃなかった訳ですね」
 意味深な台詞に、若竹は降谷を見上げた。
 彼は瞳孔が開いたまま、目の前に落ちてきた時間遡行軍の一体から目を逸らさずにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
 赤い目をぎらりと光らせる蜘蛛のような足を持つそれも、降谷を見てにたりと愉快そうに笑った。


 *** *** ***


 太刀音が鳴り響く。ガキィンと激しい鍔迫り合いの音を聞きながら、山姥切は焦っていた。
 チラリと目を向けた先には転送装置があるが、時間遡行軍の襲撃で破壊されてしまった。誤作動でどこかに繋がっているようだが、あの中に審神者を入れる訳にもいかない。
 背後にいる審神者は空に入った亀裂に手を向けて霊力を流しながら修復作業を続けていた。時々視線を動かして全員の戦況を確認しているようで、彼女にも焦りが滲み始めていた。
「数が多い……! このままじゃ、またっ……!」
「ああ、分かっている!」
 山姥切は素早く刀を振るって審神者に近づく時間遡行軍を切り伏せ、本殿の方で交戦する仲間達に目を向けた。
 まだどの刀も折れてはいないが、次から次へと雪崩込んでくる敵に応戦し続け、彼らにも疲労が溜まっているようだ。
「やあ、これは参ったな」
「おっと。まだ音を上げるなよ、爺さん」
「む。鶴も爺なのだろう?」
「こりゃ驚きだ! 俺はあんたに比べればまだまだ若いぜ!」
 背中合わせで三日月と鶴丸が軽口を言い合っていると、耳聡い長谷部が二振りに近づいた敵の大太刀の胴体を貫いた。
 彼は己の刀を引き抜くと、刃に付着した血を振り払ってぎんっと二振りを睨みつける。
「おいそこ! 無駄口叩いてないで敵を斬れ! 敵をッ!!」
「おや、怒られてしまったな」
「やれやれ。長谷部はいつも元気だなぁ」
 二振りは笑いながら長谷部に向かって一歩足を踏み出す。びゅん、と駆け抜けた彼らは、長谷部の背後に迫っていた敵を斬り裂いた。
 振り返った長谷部が小さく舌打ちを零す。
「一応、礼は言っておくが……先日貴様が作った穴に落ちたことは忘れんからな、鶴丸」
「いや、それは忘れようぜ? というか、何で俺だけなんだ?」
「はっはっはっ」
「もぉーっ! そこ、ホント緊張感なさすぎッ!!」
 鍔迫り合いを続けている加州が敵の刀を受け止めながら背後を振り返って怒鳴る。
 その時、敵の総大将らしき大太刀が吠えた。地面を揺らすようなその大きな声に全員の動きが止まる。
「……何だ?」
 眉を顰め、薬研がぽつりと呟いた。
 彼らは一度刀を下ろすと、体の向きを審神者の方へと変える。
「! まずい……!!」
 状況に気づいた山姥切がいち早く審神者の前へ出ると、先に相手の大太刀が山姥切の前に飛び出した。
 ぶぉん、と振り上げられた大太刀を受け止めようとした山姥切は、そのまま勢いよく弾き飛ばされる。何とか空中で体制を立て直して着地したが、続けて迫ってきた斬撃を受け止めるので精一杯だった。
(こいつっ……他の大太刀と違う……!?)
 何度も振り下ろされる刃を受け止め、山姥切は歯を食い縛る。
 その時、彼は視界に入った時間遡行軍の短刀が審神者の背後に迫っていることに気づいた。
「主っ!!」
 山姥切の声に自分の背後を振り返り、審神者は息を呑む。ふよふよと魚のように空を泳ぐそれは標準を定めると、審神者に突進する。
 その刃が審神者の首を確実に捉えた時、猛スピードで横から割って入ったもう一つの陰が、時間遡行軍に襲いかかった。
「させません!」
「っ秋田……――!!」
 審神者が守られたことに安心したのも束の間、山姥切と鍔迫り合いを続けていた大太刀が一瞬力を緩めた。
 反動で傾く山姥切の体に、大太刀の太い足が下から飛んでくる。
「がっ」
 腹部に直撃した蹴りに、山姥切は苦しみに悶えるように腹を抱えた。
 しかし、その隙を狙って大太刀はまた薙ぎ払うように刃を振るってくる。何とか咄嗟に自身の刀で庇ったが、勢いに負けてまた弾き飛ばされた。
 その先にあったのは、転送装置。
 ――飛ばされる。
 これから自分の身に起こることを察したその時、山姥切はぶつりと何かが切れる音を聞いた。
「国広っ!!」
 その音を感じたのは自分の主の方だ。
 一体、何が切れた。
 審神者を視界に入れた山姥切はその音の元凶に気づいて目を見開く。
(主の、縁が……!)
 彼女と現世を繋ぐたった一つの糸が、切られている。
(駄目だ! あれを切られたらっ……)
 彼女は、現世との繋がりを失ってしまう。それは即ち、この本丸での死を示す。
 山姥切は無意識にその赤い糸に手を伸ばした。

 駄目だ、切れないでくれ。
 大切な彼女をどうか守ってくれ。
 どうか、どうか。

「        」

 自分の願いに呼応するようにするりと伸びてきたその糸を掴んだ時、山姥切は転送装置の中へと吸い込まれた。
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