さらった悪い子、どこの子


 帝都からすこし西に離れた場所に、人が立ち入ることのできない森がある。魔物だけが住まうと言われている霧の立ち込める薄暗い森だ。とても広い森で、ここを通って戻って来た人間は一人もいない。逆もまた然りで、森の向こう側からの来訪者は一人もいなかった。
 足を踏み入れた者は魔物に食われたか、それとも森の中で迷って飢え死にしたか。おそらく前者である可能性が高いだろう、とその森を恐れる人々は身震いしていた。
「まあ、大半の理由が後者なんだがな。そして獣の餌になって仕舞いだ」
 ソファーに寝そべりながら読書に勤しんでいた男は、その本の中身を特に興味もなさそうな口ぶりで話した。
「知ってるか? 人間の持つ『個性』ってのはもともと吸血鬼から与えられた力なんだそうだ」
「へえ、そうなんですか」
 私もまた気のない返事で答えた。視線は背後の彼にではなく、手元の大鍋に向けられている。
 ぐつぐつと煮込まれていく紫色に染まったそれを何度もかき混ぜ、材料を放り込み、またかき混ぜてを繰り返すこと数十回。時間はすでに一時間が経過していた。
「……興味なさそうだな」
「忙しいんですよ、今。あなたの父親があれもこれも要求してくるので、仕上がりに時間がかかるんです」
「別にあのクソ親父の言いなりにならなくてもいいだろ」
 不満げな声に、やれやれと息を吐いた私は手を動かしながら背後を振り返った。
 吸血鬼の中でも特に美しい顔立ちの美青年がジトリとした眼差しをこちらに向けていた。あからさまに不機嫌そうなその顔を見つめ返し、私は淡々と告げた。
「……今作ってるのはショートのお母様に服用していただく予定の滋養強壮剤なんですけど」
「……そうかよ」
 反論したい部分はあれど、異論はもうないらしい。むっつりと黙り込んだショートは不貞腐れたように体の向きを変え、背を向けた。構ってもらえないことが不満なのか、その様はまるで図体だけが大きくなった子どものようだった。
 だが、ここで私が折れるにはいかない。ショートの父親であるエンデヴァーの世話になっている以上、私は彼との約束は必ず守り通す義務があった。
「ショート。暇ならデクさんやインゲニウムさんのところに行けばいいじゃないですか」
「今日はあいつらが見回りなんだ」
「バクゴーさんは?」
「夜警明けだったから追い返された」
 ──すでに訪問済みだったか……。
 デクさんとインゲニウムさんはショートの数少ない友人だ。二人ともとても人当たりの良い性格で、人間にも好意的な吸血鬼だった。私もこれまで何度もお世話になっている二人だった。
 バクゴーさんは吸血鬼ではなく人狼だけど、彼も一応ショートの友人らしい。──らしい、と言うのは私があまり彼のことを知らないからだが、あの悪人のような口の悪さと横暴さを許容してショート達が仲間と呼ぶぐらいだから、信用するに値する人物ではあると思う。
 背を向けたままぽつりぽつりと質問に答えたショートに、私はひょいと肩を竦めた。
「……他にすることないんですか?」
「名前で遊ぶぐらいだな」
「勝手に人で遊ばないでください」
「それ、いつ終わるんだ?」
「人の話聞いてます? まだまだ終わりませんよ。他にもいくつか作らないといけない物があるので」
「暇だ……血が飲みたい……」
「絶対。嫌です」
 断固拒否したその時、大鍋の中身がボンッと音を立てて白い煙を上げた。
 調合が完成した合図だ。火を消して、液体の少なくなった鍋の中を覗き、それをおたまで残らず掬い上げる。
 あらかじめ用意しておいた瓶に流し込んだそれは綺麗な桃色の水だった。ゆらゆらと瓶を揺らし、私は一人満足げに頷く。
 すると、ショートが近寄ってきて完成品を興味深そうにしげしげと見つめた。
「これが滋養強壮剤なのか? 中身に何を入れたんだ?」
「え? 材料ですか? いくつかの薬草と、綺麗な水……それからすり潰した魔物の牙とカエルの干物に──」
「ちょっと待て。なんだ魔物の牙とカエルの干物って」
「何って……貴重な材料ですが」
 ぎょっと目を剥いて私を見るショートに首を傾げる。
 一歩後退りしたショートの顔は「ありえねぇ」と言わんばかりに歪んでおり、信じられないものを見るような目で睨まれた。
「……そんなゲテモノお母さんに飲ませる気か」
「ちょっ、平気な顔して人の生き血を吸う吸血鬼に言われたくないんですけど! ハチミツ入れてるので甘いですよ? ショートも一口だけ飲んでみます?」
「やめろ。近づけるな。人にも飲ませるな。というか、お母さんに飲ませるな」
 手で口を押さえ、今度はショートが頑なに拒否の姿勢を見せる。
 そうは言うが、中身なんて知らなければ可愛いものだ。これで体の調子が整うなら安いものだと思う。むしろ、これを作るのに必要な材料の『魔物の牙』を手に入れるのは人間では無理な話で、こちらでしか作ることのできない貴重な代物なのである。
 それもこれも奥さんのためにとエンデヴァーさんが材料を取り揃えてくれたおかげだというのに、この我儘お坊ちゃんは。
「お母さんに元気になって欲しくないんですか?」
「なって欲しいに決まってるだろ。でも、それとこれは別の話だ。できれば別の材料で作ってくれ」
「……エンデヴァーさんはこれで納得してくれたのに」
「ぐっ」
 父親を引き合いに出した途端、ショートの顔はこれまた不愉快そうに歪んだ。最早、屈辱を通り越して嫌悪感に塗れている。眉目秀麗の男が見せる顔としてはとても恐ろしいものだ。
「錬金術も万能ではないんですよ。法則や基となるレシピは必ずありますし、新しく作るにしても長い研究時間を要します。……ショート。あなた、お母さんがあと数十年苦しむとしてもそれを望むんですか?」
「それは………………いやだ」
 だったら最初から素直に納得しておけば良かったのに。
 苦渋の選択で今ある解決策を頼ることにしたショートに、呆れを隠した私はにっこりと微笑んでみせる。
「大丈夫。何も知らなければ美味しく飲めますよ」
 ショートは静かにため息を吐いた。ぽつりと聞こえた「悪魔か」という呟きははっきり耳に届いたけれど、とりあえず今は聞こえなかったことにした。


 *** *** ***


 誰も通り抜けることができないと言われている『迷いの森』の向こう側──そこは、魔物達の住まう国だ。
 私がどうしてその国でエンデヴァーさんの庇護を受けることになったのかというと、理由は私の軽率な行動が原因だった。祖母が語り聞かせてくれた『オールマイト』という魔物の話を忘れられなくて、自ら森に足を踏み入れたのである。その途中で獣に負われて逃げていたら足を踏み外して崖から川に転落。そして運良く流れ着いた先で彼の息子であるショートに拾われた、という訳だ。
「ほんと、ショートがお人好しの性格で良かったです」
「……なんだよ、いきなり」
 二人きりの部屋の中、ベッドの上で今まさに私の首に牙を立てようとしていたショートが動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。訝しんで自分を見下ろす色違いの瞳を見つめ返し、私は小さく微笑む。
「いえ……ショートに拾われていなければ、今頃きっと私は森で魚や獣の餌になっていたんだな、と思いまして」
「お人好しはどっちだ。こうして俺に血を奪われてんだから、状況は特に変わりねぇだろ。獣に肉をやるか、俺に血を吸われるかの違いだ」
「生き残れるかどうかはとても重要なポイントですよ」
「不安なら俺の『眷属』になればいい。そうすれば別に親父の庇護がなくても生きられる」
 私はその言葉に苦笑で返した。
 私がここで出会った魔物達は、おとぎ話なんて嘘みたいに人間に対して友好的だ。だが、だからと言って必ずしも全員が好意を抱いて接してくるわけじゃない。エンデヴァーさんがここで私を匿ってくれているのは、そういう悪意のある魔物から遠ざけるためだ。息子が拾ってきた人間だから、というのも理由の一つだろう。
 でも、ショートは自分が拾った人間が父親の庇護を受けていることを快く思っていない。親子の確執が原因のようだが、それ以前に吸血鬼として自分が見つけた獲物を奪われたような状況が面白くないようだ。
 しかし、デクさんから聞いた話だと彼の言う『眷属』はつまる話、人間でいうところの『結婚』と同じらしい。魔物達の中には『結婚』という概念はないようだが、よくパートナーのことを『番い』と呼んでいる。例えるなら、彼らにとってパートナーを得るというのは動物のそれと同じ感覚なのだろう。
 故に、吸血鬼の『眷属』になるならばそれ相応の『儀式』が必要になるわけで──。
「ちょっと、ご遠慮したいです」
「人間は面倒くさいな。俺に肌を触られるのはそんなに恥ずかしいのか?」
「いえ、血を吸われてる時点でそこはもう大丈夫なんですが……あー……でもまあ、多少は恥ずかしいんですけど……前にも説明したと思いますが、人間はあなた達の言う『儀式』を愛する人としかしないんですよ」
 ショートはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
 整ったその顔はいつものようにクールで感情が読み取りづらいが、どうやら私の言葉に理解し難い部分があったらしい。
 しばらくして、こてんと彼は首を傾げた。
「名前の言う『愛』ってなんだ」
「え」
「俺達にも感情はあるぞ? だから番いと愛し合うことだってある。でも……名前は時々、魔物と人間の感情は別物だと思ってるみたいな言い方をするだろ。俺にはそれがよくわかんねぇ」
 ショートの言葉に、私はいよいよ困惑した。
 どこか冷たい彼の瞳からギラギラとした熱を感じるのは気のせいだろうか。まさか、と思いながらその視線から逃げるように身を捩ると、がっちりと腰に腕が回って捕獲された。
「逃げるな。まだ質問の答えをもらってない」
「え、えっと……例えば、相手を大切にしたいと思ったりとか……」
「思ってる。俺がいないところで調合してる時に怪我しないかとか、姉さんと買い物に出かけた時に他の魔物に襲われたりしないかとか……結構、心配になる」
「……じゃあ、一緒にいたいとか、もっと触れたいとか思ったり……」
「それもある。お前がやたら恥ずかしがって避けるから我慢してるだけだ」
「〜〜〜〜っ」
 ──もうすでに恥ずかしいんですが!
 さっきからしれっと話すショートが心の中でそんなことを考えていたなんて想像もしていなかった。嘘でしょ。そんな素振りなかったじゃん。もしかして私が気づいていなかっただけなんだろうか。そんなに鈍感なつもりはないけれど。
 とにかく羞恥心のあまり顔を覗き込んでくるショートから逃げようと試みたが、支えられたままの体は仰け反っていくだけだった。
 すっとショートの目が細くなった。
「それだけか?」
「え? えぇ〜っと……あ、あとはその……き、キスしたいとか──」
 ですかね、と言い終わる前より早くショートの顔が近づいて、その薄い唇が私のものと触れ合った。それも強く押し当てられていて、なかなか離れてくれない。それどころか背中と後頭部に手が回って逃がさないよう固定されている。
 私が慌てて彼の肩を押し返して抵抗すれば、ショートは渋々といった風にゆっくりと離れていった。扇情的な眼差しで見下ろされながら最後にペロリと唇を舐められ、思わず肩が震える。
 ショートは小さく笑みを浮かべた。
「……まだあるか?」
「あ……あの、ショート……ホントに私のこと好きなんですか? いつから?」
「? 言ってなかったか? 屋敷に連れてきた時点でパートナーとして迎え入れたつもりだったんだがな……」
 ──わりと最初から好感度が高かった!
 でも、確かに言われてみればエンデヴァーさんの前で「こいつは俺のだ」みたいなことは宣言されていた気がする。……多分。エンデヴァーさんの迫力に圧倒されていたからあまり覚えてないけど。
「えっと……それじゃ、もしかして友達感覚で接してきてると思ってたアレもコレも全部そういう……?」
「どのことを指してんのかわかんねぇけど、多分。お前がなんか勘違いしてそうだな、っていうのは何度かあった」
「ご、ごめんなさい……」
「別に気にしなくていい。むしろ、名前と親しくなるためにもまだ気づかれていない方がいいってデク達にも言われたしな」
「皆さんがときどき生温かい目で私を見ていた理由が今わかりました……」
 物言いたげな視線を向けられることもあったけど、なるほど、そういうことだったのか。みんなショートの気持ちを知っていて、だから私のことも黙って見守っていてくれたんだ。エンデヴァーさんが私を匿っていてくれたことも、それが原因に違いない。
 一人だけ何も知らなかったことが寂しいら恥ずかしいやら。なんとも言えない気持ちのまま顔を下に向ける。
 すると、すかさずショートが私の顎に手を添えて上を向かせた。
「それで? 人間と俺達は何か違ったか?」
「……イエ、ナニモチガイマセンデシタ」
 観念して答えると、またショートはふっと小さく息を吐くように笑った。
「じゃあ、別に俺の眷族になっても問題ないな」
「あれ……私の気持ちは……?」
「聞かなくてもわかる。お前は嫌いな男に大人しく血を吸われる女じゃないだろ」
 そりゃ、誰彼構わず血を捧げたりはしないけども。
 私はショートに物言いたげ目を向けた。
 そもそもの話、この吸血行為のきっかけは、私がここに来てから数週間後にショートが貧血で倒れたことが原因だ。それまでは好きな時に動物の生き血を飲んで凌いでいたと言っていたのに、どういうわけかそれを拒むようになったとエンデヴァーさんが言うので、やむを得ない状況に「私の血で良ければ」と声をかけたのが始まりである。
 そんな経緯すら忘れたのか、平然とした様子で宣ったショートは自分の手に牙を突き立てる。
 かなり深く差し込んだのか手からぽたぽたと流れ落ちる血にぎょっと目を剥くと、彼は口角を上げて「大丈夫だ」と呟くように言った。
「ちょっと苦しむかもしんねぇけど、すぐに楽になるからな」
「……ん? ま、待ってください。私まだ眷属になる話を承諾したわけじゃ──」
「遅かれ早かれこうなる。諦めろ」
 言い終わるや否や、ショートは自分の手から溢れる血を口に含んでまた私にキスをする。そして、ぬるりと舌を割り込ませてその血を私の口に流し込んだ。生臭い鉄の味が口内に広がって、でも唇で塞がれたまま吐き出すこともできず、私は堪えきれずそれを飲み込む。
 ごくりと喉が動いたことを確認すると、ショートはそのまま舌を動かして私の舌を絡めとり、口内を弄んだ。深く口付けたり、少し離して唇を啄むように触れ合わせたり。そうしてゆっくりとベッドに押し倒されて、ぴったりと体をくっつけたまま首や鎖骨など体の至る場所に唇を這わせていく。
 ようやく解放された時にはじわじわと熱が体を侵食していて、私はなす術もなくぐったりとベッドに横たわっていた。体中を何かが駆け巡り、どくどくと心臓が脈打つのがわかる。
 ──なんだか物足りなさを感じる。空腹感にも似た飢えのような、何かが。それに、さっきまで感じなかったけど、ショートからとてもいい香りがする。
「……美味しそうな、匂いがする……」
 ぽつりと呟いて、その香りを胸いっぱいに吸い込んでみる。それからほう、と息を吐く私を見下ろし、ショートはまた薄らと妖艶に微笑んだ。蠱惑的な眼差しが私の胸の内を見透かしているようで、その目を見つめ返しているとまた空腹感が私を襲った。

「お前は俺のものだ、名前」

 そこからの記憶は、もうほとんど曖昧だ。
 覚えているのは、初めて異性から与えられる快楽と熱に浮かされたままぶつりと私の肩口に牙が食い込んだことだ。その痛みは本当に一瞬のことで、その後はぢゅるりと吸い上げられる感覚に言い表すことのできない快楽と幸福感に支配されていた。
 一通りの行為が終わったあとは、朧げな意識の中で私の胸元を撫でたショートがうっそりと微笑んでいた気がした。


 *** *** ***


 名前という『魔女の血』を持つ女を拾ったのは偶然だった。
 見回りのために森の川沿いを歩いていた俺は、そこで体の半分が水に浸った状態で倒れている彼女を見つけた。彼女の肩や腕には酷い噛み傷があり、近くには馬や獣の死骸もあった。道中で獣に襲われ、逃げているところで川に落ちたのだろうとすぐに推測できた。
 魔物だけが住まう『迷いの森』──人間達がそんな風に呼んでいることは文献を読んで理解していたが、実際のその森は魔物なんてほとんど住んでいないし、抜け道というものがちゃんといくつかあった。ただ、それを『向こう側』の人間達が知らないだけなのだ。
 名前が運よく助かったのは、その川沿いにしっかり道を辿っていたからだ。そして彼女がまだ生きていると知ることができたのは、彼女の血から溢れる美味しそうな香りに気づいた俺が味見をしてしまったからだ。
 その時はまだ、彼女が錬金術師であるとは知らなかった。
 だから、この出会いは本当に偶然で、その瞬間から彼女の運命は決まってしまったのだ。
「そんなに『魔女』は美味かったのかよ」
 声をかけられて振り返る。
 不機嫌な顔をした男が、ぴくぴくとその獣の耳を動かしてフンと鼻を鳴らした。
「人間くせぇ。それに、胸焼けするような甘い匂いだ」
「そのうち消えるだろ。我慢しろよ」
「んで俺が我慢しなきゃなんねーんだ! ここは俺の縄張りだ、てめーが消えろクソ舐めプ野郎!」
 尻尾と毛を逆立ててぼんっと怒りの感情を表すように手の平の上で爆発を起こしながら怒鳴る爆豪に、俺は確かにな、と心の中で納得した。
 見回りのつもりが、気がつくと要らぬ場所まで足を運んでしまっていた。
 でも、別に意味もなく爆豪の領地に足を踏み入れたわけではない。
「ちょうどいい。爆豪……お前に一つだけ忠告しておく」
「あ?」
「あいつはもう俺の眷属だ。だから、もうこんな心配は必要ねぇとは思うが……もし次にお前の仲間があいつを襲ったら、その時は例え友人でも俺は容赦しない」
 俺の言葉に爆豪は黙っていた。相変わらず怪訝な顔のままで何を考えているのか想像もつかないが、その胸の内に何か言いたいことを秘めていることはなんとなく感じ取れた。
 流れる沈黙は思ったよりも長く、そして重たい空気が漂う。
 その息苦しい雰囲気をぶち壊したのは、爆豪の笑い声だった。
「……はっ。上等だわ」
 嘲るような短い笑いだった。
 そして、俺に興味もなくなったかのように背を向けたあいつは、歩き出しながら厭味ったらしく吐き捨てた。
「つーか、お前とダチになった覚えもねぇよ勘違いすんな。せいぜい可愛がってる番いに逃げられねぇようにしとけよ、次期領主様」


 吸血鬼にとって、『魔女の血』は極上の味だ。どんな生き物の血よりも甘く美味であるため、一度口にすれば麻薬のようにハマり、それ以外を口にできなくなる。
 だから、かつてまだ人間と魔物が共存していた時代の頃は吸血鬼と魔女の争いが絶えなかった。それは言葉にできないほど、とても残虐なものであったらしい。
 そして、その争いを治めたのもまた一人の魔女の血族と吸血鬼だったという。
「……オールマイト、か」
 もうこの世にはいない、かつての英雄の名をぽつりと呟く。人間達に語り継がれる『魔女の血族』の話に出てくる吸血鬼のことだ。例に漏れず名前もその名前を知っていた。
 なのに、名前は『錬金術』が魔女の血族の証であることを知らなかった。だから、どうして自分が吸血鬼に執着されているのかも理解していない。
(でも……それでいい……)
 これは、とても醜い恋心だった。
 生きるために彼女に惹かれ、餌を逃すまいと必死に周りを牽制していた。最初から名前の言うように人間らしい綺麗な感情だけで接していたわけではない。
 だけど、とても狂おしい想いだった。
 確かに人間のそれとは少し違うかもしれないが、手放せないのだから仕方ない。それでも自分達には愛でる気持ちがあるし、大切にしようと足掻くこともある。
 例えそれが行き過ぎた行為であったとしても、魔物の愛とはそういうものだ。
 穏やかな表情で眠る彼女の肌に手を這わせ、豊かな胸元に咲いた白と赤の花の紋様をなぞる。指の動きに合わせて擽ったそうに身動ぎしながら、また暢気に眠る姿に自然と笑みが零れた。
 死ぬまで俺達を別つことのない証がここにある。
 これさえあれば他の魔物どころか、吸血鬼すら手を出そうとする者はいないだろう。
 何も知らないまま俺と同じ時を生きて、俺だけを求める可愛い人の子。
 ああ、これが──。

「……アイシテル」

 馬鹿な子ほど、愛おしいというやつだ。
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