あなたへの好感度はマイナスの氷点下V(前)


 いつだったか、梓さんに言われたことがある。
「安室さんって、絶対に名前さんのこと好きですよね」
 何の前触れもなくヒソヒソと小さく耳元で囁かれたその言葉に、紅茶を飲もうとした手が止まる。
 え、と目を丸くして顔を上げれば、いつの間にか私の隣に立っていた梓さんはチラリとカウンターの向こう側で作業をしている安室さんに視線を送った。
 私も同じ方向を振り返ってみる。オーダーが入ったメニューを準備している彼は私達の視線には気づいていないようだ。
「いきなりなんですか、梓さん……」
「だって、どうしても気になっちゃって……安室さんはなんでもない風を装っているけど、名前さんがカウンター席に座れなくて残念に思ってますよ、きっと」
 それは仕方のない話だと思う。
 カウンター席は従業員の顔がよく見えるので大人気だ。私も梓さんと気楽にお喋りできるのでカウンター席はお気に入りだったけれど、いつもより早いお昼時に来てしまったためか、案の定、そこは満席だった。
 私は苦笑を浮かべるしかなかった。
「考えすぎですよ。忙しくて疲れて見えるだけじゃないですか?」
「いーえ! あれは絶対落ち込んでます。女の勘がそう告げています! ……ここだけの話ですけど、名前さんは安室さんのことをどう思ってるんですか?」
「梓さん、仕事は?」
 話を遮るように問い返すと、我に返った梓さんはキョロキョロと辺りを見渡した。そして席を立とうとしている客の姿を見つけて慌てて私の側から離れて行く。
 彼女を見送り、私はやれやれと肩を竦めた。
 それから、もう一度カウンターの方を振り返る。こっそり盗み見るつもりが、男性のお客さんと喋っていた安室さんとバッチリ視線が交わってドキリとしてしまった。
 まずい、どうしよう。何か反応した方が良いのかな。
 そうパニックになって一人ワタワタとしていたら、安室さんの方からニコリと微笑んで私に会釈してくれた。それに倣って私も軽い会釈を返せば、彼はまた目の前に座っている男性に話しかけられて私から視線を逸らした。
 ひとまず、ホッと胸を撫で下ろす。
(変に思われていなければ良いけど……)
 ──安室さんのことをどう思っているか。
 安室さんは私にとって、初めて会った時から不思議と距離が近い人だった。それは多分、彼の社交術によるものなのだろうと思う。
 過去の経験のせいで軽い人間不信から人見知りするようになり、初対面の人(特に男性)と話すことに苦手意識を持つようになった私だけれど、彼はいつだって嫌な顔をすることなく笑顔で話し続けてくれたし、何より私が彼に慣れるまでは梓さんを必ず間に挟んで接するようにしてくれた。それがなければ、今頃私はきっと急接近してきた彼を全力で避けていただろうし、ポアロにも通うことができなくなっていたと思う。
 じゃあ、その安室さんのことをどう思っているか。その答えは、至極シンプルだと思う。
(どうも何も、行きつけの喫茶店でよく話す従業員の男性。ただそれだけだよね……)
 彼がどういうつもりで私と親しくしてくれているのかなんて分からないし、知らなくても良い。
 それが例え、本当に彼が私に『好意』を抱いているのだとしても、私の立ち位置は変わらないし、変えようとも思わない。
 その理由は言わずもがな、過去の恋愛経験が原因だ。
(私はもう恋愛なんてしないし、するつもりもないもの)
 自分が傷つくだけの恋しかできなら、そんな感情捨ててしまえば良い。そう考えるようになって、この数年間『恋心』というものは一度も抱いたことはない。どれだけ容姿端麗だと言われる人を前にしても感情は少しも揺れないし、ただそこに他人が立っているという認識しかなかった。
「苗字さん」
 今では聞き慣れた声に名前を呼ばれ、意識が現実に浮上する。いつの間にか空になったカップが下げられ、代わりに新メニューのケーキと新しい紅茶のカップがテーブルの上に並べられた。
 私は目を丸くして顔を上げた。
「あ、安室さん、これは──」
 頼んでいない、と伝えようとした私の唇に安室さんの人差し指が近づいた。突然近づいた指に思わず口を閉ざすと、その指先はゆっくりと持ち主の口元に戻っていく。
「ご注文の品です」
 内緒、と言いたげな仕草だった。つまり『サービス』のつもりなんだろう。
 ──どうして? なんで?
 お礼よりも疑問が真っ先に浮かんで、困惑しながら青い瞳を見つめ返す。すると、安室さんは情けなく眉をハの字にして首を傾げた。
「すみません、注文の品を間違えていましたか?」
「い、いえ……ありがとうございます」
 断ったら酷く落ち込んでしまいそうな雰囲気を漂わせる彼に「頼んでいないので要りません」なんて言えるはずもなく、私はようやく小さな声を絞り出してお礼を言った。
 安室さんは嬉しそうに微笑み、そしてすぐ他のお客さんに呼ばれて私の傍から離れて行ってしまう。
 彼と入れ替わるようにススッと静かに私に歩み寄ってきた梓さんは、頬を赤らめながらキラキラとした輝きを瞳に宿し、悪戯っぽく笑っていた。
「そのケーキ、考案して試作している時から名前さんに食べて欲しいって言ってたんですよ」
 その言葉に、じんわりと私の心に温かいモノがこみ上げる。
 こんな事で彼の本心なんて分かるはずがない。そう言い返したいけれど、傍から見れば彼の今の行動は十分『そういう意味』で捉えられてもおかしくはないのかもしれない。ただの客に対するサービスにしては、少し過剰なのは確かだ。
「そ……うなんですか……」
 それ以外に何も言えなかった。
 嬉しいような、申し訳ないような、そんな曖昧な気持ちでぽつんとテーブルに置かれたケーキを見つめる。
 スポンジケーキに添えられた生クリームと、丁寧に盛り付けられたフルーツはとても美味しそうだけど、やはりどこか自分の目の前にあるのは場違いのように感じられた。
 本当に食べて良いのかと躊躇ってしまうが、だからと言って食べないでいるのも感じ悪いだろう。
 会計の時にお代を払えば良いかと考え直して、私はフォークを手に取った。
 ふわふわとした生クリームを掬い上げて、スポンジケーキと一緒に口の中に放り込む。
「ん! ……美味しい!」
「ふふっ。良かった! 安室さんに伝えておきますね!」
 そう言って仕事に戻っていく梓さんの背中を見送って、私は口の中に残っている甘い生クリームの味を吟味する。さっぱりとした甘さがとても自分好みでクセになりそうだ。
(好きだな)
 恋愛感情については今は置いておき、彼が作る料理やお菓子は大好きだ。
 私はまだ二十数年しか生きていないけれど、『人の心を掴む美味しい料理はおもてなしの心がある人にしか作れない』と思っている。だから、たくさんの人達の胃袋を掴んでいる彼も決して悪い人ではないと思う。普段の仕事の姿を見ていてもそう感じる。
 私は人知れずそっと口元を緩めてケーキを見下ろした。
(梓さんの言うことが本当だったら……今度こそ信じてみるのも、ありなのかもしれないな……)
 この時、ひっそりとそんなことを考えてみたけれど、結局誰にも教えることもないまま心の片隅に追いやった。


 安室さんと恋人になる。そんな未来を想像したことがないとは言わない。
 一緒にお出かけしたり、お家でまったり過ごしたり、「美味しいね」と笑い合いながら食事をしたり。そんな当たり前の恋人関係に彼とならなれるかもしれない、とほんのちょっぴり期待した時期が、確かに私にもあった。
 でも、現実は容易く私の期待を裏切るのだ。まるで「夢を見るな」と言わんばかりに、ナイフを突き刺すようにするどく私の胸を貫いていく。
(……ほら、ね)
 遠くで見かけた金色の髪の男。
 その隣を歩くのは、いつも知らない女性ばかりだ。
 外国人の美女だったり、時には可愛らしい女性だったり、その次は大人の女性らしく美しく着飾った人だったり。探偵のお仕事なのか、それとも本当にお付き合いをしているのか。真実は分からないけれど、安室さんの傍にいるのはいつだって彼とお似合いの女性ばかりだった。
 そんな彼らを見つけると、自然と卑屈な考えが浮かび上がる。
(私なんかじゃ、無理だ)
 別に可でも不可でもない、普通のどこにでもいるような平凡な女。仕事ばかりで親友に彼氏を寝取られたこともある。そんな女とモデルのように輝かしいオーラを放つ彼らなんて、明らかに土台が違うし、同じ舞台に上がろうと思うことさえ愚かだと思う。
 そう思う反面、心のどこかで安心もした。
 仮に梓さんの言うとおり安室さんが本当に私に好意を持っていたとして、仮に彼と付き合えることができたとして、それでもきっと私はいつか現実を目の当たりにして、彼の隣に立つことに耐えられなくなるに決まってる。
(……やめよう)
 恋人にも友人にも裏切られた時に、理解したはずだ。
 どうせ誰も私を大切にはしないのだから、最初から本気になる必要はない。
 信じるに値しないなら、最初から誰のことも視界に入れなければいい。
 私は自分のためだけに生き続けていればいい。
 私はただの客で、彼は探偵業を営むただのウェイターでしかない。
 これまでも、これからも、きっとその関係は変わらない。

 そう思ったこの時、私は改めて恋愛することを諦めた。


 *** *** ***


 帰り道に自販機で温かいカフェオレを買って、重たい足でとぼとぼと駅に向かって歩きながら、私は視線だけを動かして周囲を見渡す。
 紅葉のシーズンが終わり、季節はいよいよ本格的に冬を迎えようとしている。週末のクリスマスが近づくにつれて町は色鮮やかなイルミネーションの輝きで彩り、あちこちで忘年会を催していたのか、夜だというのに通りは多くの人で賑わっていた。
 楽しそうに会社の仲間と歩くサラリーマンや、盛り上がるお喋りに夢中になりながら横切っていく少年少女達。そしてイルミネーションを眺めながら腕を組んで仲睦まじく歩くカップルを見ながら、私は深い溜息を吐いた。
 ──疲れた。
 クリスマスに浮かれている人達が羨ましい、なんて感情は一つも湧かない。とにかく今は早く帰って寝たい。ただそれだけだ。
 それぐらい、今日は本当に散々な一日だったのだ。
 連日の残業のせいで朝から寝坊して朝食は食べ損ねてしまったし、出勤すれば上司から今年入ったばかりの新人が連絡もなく休んでいると愚痴を零され、挙げ句にその新人が担っていた分の仕事をカバーしてくれと頼まれた。なんだそれ。なんでそんな非常識な奴の仕事を私がカバーしなくちゃいけないんだ、とか思いながらも渋々押し付けられた他人の仕事を片付けていたら、次は見覚えのない書類の件で顧客から怒られた。いや、一人のミスは全体のミスだけども、あまりに理不尽が過ぎる。私は何もしてないのに。
 おかげで報告書が増えてしまい、お昼ご飯も同僚が買ってきてくれたおにぎり一つだけ。
 その上、トラブルが起こっても上司が対処してくれないので「このままだと仕事に支障が出るので改善して欲しい」と頼んだら「自分の仕事のことしか考えていない」と的外れな反論をされる始末。言葉足らずだったのは認めるけど、それにしても言い方ってもんがある。部下を代表して物申したのは私だが、あの言い方はまるで私一人が自己中だとでも言いたげで怒りのあまり手が震えた。その上で残業までさせられるとか──は〜〜〜〜あ〜〜〜〜今思い返してもやってらんない! あんな会社さっさと退職届出してやる!
 とにかく、そんなこんなで今日の私はひどく疲れている。本当に、すっごく、疲れているのだ。

 だから、前方で女性に言い寄られている安室さんがいることも、疲れのせいで見た幻覚だと思いたい。

「ねえ〜。もう少しアタシと一緒に飲みましょうよぉ〜?」
「ははは。あなたのような美しい人にお誘い頂けるのは嬉しいですが……すみません。これから人と会う予定がありますので、僕はこれで」
「んもう! あなたいっつもそう言ってアタシから逃げるじゃない! 今日こそ朝まで相手をしてもらうわよ!!」
「逃げるだなんて、とんでもない。楽しみは後にとっておきたいだけですよ」
 いや、なんでこんな所でつまんない茶番劇繰り広げてんの、あの人。
 もう彼が女性といるところなんて見慣れてしまった私は白けた気分でその光景を眺めるしかない。久しぶりに見かけたと思ったら、本当に懲りない人だ。あの人、いつか本当に女に刺されるんじゃないだろうか。
(……って、ん? あれ?)
 ふと、私は安室さんの腕にしがみついている相手を凝視する。
 ブロンドの長い髪に、綺麗に手入れをされた肌。コートの袖から出ている手は色白で爪の先まで丁寧に装飾されており、ちらりと見えた化粧を施した顔も女性らしい顔立ちをしていた。
 けれど今聞こえていた可愛らしい猫撫で声は少し低めで、そのがっしりとした肩幅や短いスカートから伸びているタイツで包まれた足は筋肉がムキムキで後ろから見ても男のような体躯だ。
 いや、ような、ではなく相手は正真正銘の男――いや、オカ――げふんげふんっ。……オネエ様だった。
 もう一度言う。

 オネエ様だった。

 脳内で赤い光が点滅し、大きなサイレンが警鐘を鳴らした。
 ──え、待って待って! 何あれ安室さんってばどこであんな人を引っかけたの? ついに、女だけじゃ満足できなくてそっちにも走ったの? それとも元からそっちもイケちゃう人? もしかしなくても女でも男でもイケますって人? 嘘でしょ、遊び人怖い。
 あ、でも安室さん逃げるようにオネエ様の手からそっと自分の腕を引き抜いてる。流石の安室さんも男遊びはしない? かな? いや、別に本人の自由だからそこは好きにすれば良いんだけど。
 だけどここで引かないのがオネエ様。イヤイヤと首を横に振って、「アタシ、あなたと朝まで楽しみたいの!」なんて言いながら力強く真正面から安室さんに抱きついた。それだけでなく、さり気なく安室さんのお尻撫でている。というか、思いきり鷲掴みしてる──えっ、そんなにお尻の揉み心地良いんですかオネエ様!? すっごい勢いでモミモミ揉んでいるんですけどっ!? でもまあ、確かに安室さんってスタイル良いし、お尻も形が良くて撫でたくなるよな──って、私、何言ってんの! いかんいかん、ついオネエ様の行動につられて私までおかしな思考に囚われそうになった。疲れって本当に天敵、危ない危ない。
 それよりも安室さん、いよいよ逃げられなくなったけどどうするんだろう。
 ちょっとした好奇心でこの後の展開がどうなるか気になり、固唾をのんで見守る。
 すると、安室さんがそっと自分のお尻に触れているオネエ様の手を掴んだ。それから彼──彼女の手を持ち上げ、その手の甲に唇を近づける。

「それはまた今度にしましょう。……ね?」

 いや、あの人もめちゃくちゃその気あるんじゃんよ〜〜〜〜っ!?
 するりと手に持っていたカフェオレが滑る。カンッと大きな音を立てて地面に落ちたそれに反応した安室さんと目が合った途端、彼の青い目が驚きで大きくなるのが分かった。
 居た堪れなくなった私はそっと口を抑え、静かに視線を反らす。
 うんうん、分かるよ安室さん。男もイケるだなんて、一部の人には偏見持たれるもんね。知られたくなかったんだよね。でも大丈夫、私は口が堅いから。ただ、私も知らなくて良い世界を知ってしまってどうしたら良いのか分からない。しばらく私のことはそっとしておいて。まさかの事実にそろそろ思考が追いつかない。
「ねえ、透君、そんなつれないこと言わないで……一晩だけ、ね? 良いでしょ? 最高の夜にしてあげるわよ?」
 ですってよ安室さん。私と遭遇したことなんて忘れて、存分にオネエ様と楽しい夜を過ごしてね。心配しなくても、今日見たことも私がひっそり墓まで持っていくからね。
 私は心の中で目撃してしまったことに手を合わせながら謝罪し、何事もなかったかのように他人のフリをしてその場から立ち去ろうとした。
 ――が、それはいつかのように阻止される。
 突進する勢いでこちらへ走って来たと思ったら、私の腕を掴んだ安室さんは思いきり自分の方へ引き寄せて私の肩に腕を回した。
「すみません! 彼女が待ちきれずに迎えに来てしまったので、僕はこれで失礼しますね!」
「え」
 安室さんの顔を見上げると、「ね? 今夜会う約束してましたよね?」と無駄にキラキラとしたオーラを出しながら満面の笑みを浮かべて見下ろしてくる。
「なっ……」
 なんか巻き添え食らったぁぁあああああ!? オネエ様の顔がめっちゃ怖い顔になってるぅぅううううう!!
「ちっ……本当に女を待たせてたのかよ。……何、あんた透君の彼女なの?」
「いえ、違っ……他人! そう、連絡先も知らない他人です! 信じてください美人なオネエ様!」
「あらやだ……美人って、私のこと?」
 あ、ヤバい。普通に『オネエ様』って言っちゃったよスルーされてるけど。頬に手を当ててあからさまにちょっと心が動きました、と言わんばかりの反応を示すオネエ様ちょっとチョロすぎないか。とりあえずさっき見えた本性は気づかないフリはしておきます、舌打ちはしっかり聞こえてましたけども、ええ。やっぱり美人は怒ると怖いね、再確認した。
 とにもかくにも、理不尽に怒りをぶつけられるのは阻止できたらしく、私はホッと息を吐いた。
 しかし、ここで空気を読まないヤツがいた。
「酷い……そんなことを言って、また僕のことを弄ぶんですね。僕はこんなにもあなたのことを想っているのに……今日だって久しぶりに会えるのを楽しみにしていたのに……」
 いや、知らないんですけどぉーっ!! 何その浮気症の恋人に向けるような台詞!? 何その悲哀に満ちた声!? それ明らかに自分が他の女に言われた言葉でしょ!? 全然さっきとキャラ違うじゃないですか、勘違いされたらどうしてくれる!
 全力の演技に思わず殴りたい衝動に駆られて握り拳を作ってしまった私。全国にいるあむぴファンの皆様。一発だけにしますから今だけはこの男を殴っても許してくれませんか。
「ちょっとあなた……こんな良い男を捕まえておいてフラフラしてるの? 駄目よ。良い男ってのはすぐ良い女に連れて行かれるんだから、しっかりしなさい」
「あはは〜……良い女って、例えばオネエ様みたいな人のことですかね? 参ったな〜。こんな浮気男ごめんなので、どうぞお持ち帰りください」
「は? 浮気?」
「あ、すみません安室さん。口が滑りました」
「今の絶対わざとですよね? 違いますから。浮気なんてしてません、何かの勘違いです」
 腹癒せに浮気していたことをバラすと、安室さんが全力で否定した。
 けれど、私から視線を外したオネエ様はゴミでも見るような目を安室さんに向けている。さっきまで彼に言い寄っていたとは思えない眼差しだ。
「苗字さん、今は人助けだと思って僕に話を合わせてください。お願いします。ちゃんと後で知りたいこと全部説明しますから」
「別に、何も知りたくないです」
 引き攣った笑顔のまま小さな声で囁かれたけど、ぷいっと顔を背けて知らんぷりする。勝手に巻き込まれたのに、ここで安室さんに話合わせたら女だけでなくこのオネエ様にまで刺し殺される可能性が上がってしまう。そんなの嫌に決まってる。
 すると、まじまじと私と安室さんの様子を観察したオネエ様がおもちゃを見つけた子供のように笑い、私の手を掴んだ。
「ふ〜ん、なるほど? 透君の『女遊び』を見抜くなんて、あなた人を見る目があるじゃない! 気に入ったわ。あなたも一緒に行きましょっ!!」
「……へ?」
 嬉しそうに笑いかけてくるオネエ様。
 額を抑えて天を仰いだ安室さん。
 一人状況が飲み込めずに二人の顔を交互に見てぽかんとしている私は、安室さんから引き離されてオネエ様に掴まれたままどこかへと連れて行かれそうになる。
「えっ、えっ……? あの、安室さんと楽しい夜を過ごされるのでは? 私がいたらお邪魔なのでは!?」
「一人増えたところで構わないわよォ」
 いや普通に構うわ! さっきまで二人で明らかに怪しい雰囲気出してたじゃないですか、これから三人でナニしようっていうんですか、ホント勘弁してください!!
「いえ、あの、私がっ! 私が構うので! ホラ私、女ですし!? 男じゃないですよ!?」
 私がそう言うと、今度はオネエ様が足を止めてぽかんとした。
「え? そんなの見れば分かるけど」
「なんだと」
 なんてこった。オネエ様も安室さんと一緒で女でも男でも関係ないっていうのか。
 衝撃のあまり硬直したその時、背後にいた安室さんがポツリと呟いた。
「なんだか、またひどい勘違いをされてる気がする……」
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