あなたへの好感度はマイナスの氷点下U


 突然だけど、聞いてもらいたい話がある。
 どれだけ辛いことがあっても絶対に自棄酒はしちゃいけない。
 お酒を飲んでも何も解決しないし、むしろ問題しか残らないことが多々ある。だからどんなに嫌なことがあっても、溺れるほど飲んではいけない。
 ──え? なんでこんな話をするかって?
 それを語る前に、少しだけ過去を振り返っていいだろうか。

 まず、安室さんの浮気現場を何度も目撃している時点で何となくお察し頂けると思うが、昔から私は何事においてもタイミングの悪い女だ。
 好きなお菓子が残り一個しかない時は横から掠め取られるし、ジュースが飲みたいなと思った時に限って近くの自販機は全て売り切れになっているし、久しぶりに観たいなと思ったDVDを探しに行けば品数が少なくて既に借りられていたりする。上映が始まったばかりの作品を観ようと思って映画館に行ったら全て席が埋まっていることも多いし、カラオケに行こうと馴染みの店に連絡したらフリータイムもお気に入りの機種の部屋も取れない、なんてことも頻繁にある話だ。ついこの前は連休に合わせて旅行に行きたいな、と思って泊まりたいホテルに連絡したら全て部屋が埋まっていた。なんてこった。本当にタイミングが悪い。
 え、今じゃネットで予約もできる? ネットで映画も観れる? だってあれ一部には個人情報いるじゃないですか。どこで何が起こるか分からないのに個人情報を入力するだなんてそんな怖いことできません。ほいほいと何でもネットに頼らない主義なんです。売り言葉の『安い』、『簡単』、『無料』という言葉をすぐ信用したら駄目。絶対。
 因みに、ポアロにまだ通っていた頃は安室ブーム(私命名)のせいで一時期満席で何度か店に入ることを諦めたこともある。イケメンはまじで許さない──と思ったけど、数日後に食べた安室さんお手製の料理もデザートも紅茶もとても美味しかったので許した。この時にがっつり胃袋を掴まれたのは私だけじゃないと理解した。イケメンで料理が上手くて気が利く店員なんて色々と評判になるのも仕方ない。
 とにかく、そんな『運の悪さ』は、当然ながら恋愛面においても例外なく効力を発揮した。それも、色んな人から壊滅的だと言われるほど最悪なレベルで発揮していた。
 私だって、子供の頃は人並みに年上の男の子に初恋をしたり、同級生を好きになったりした。告白だってしたことがある──小学生の頃の話だけど。
 ただ、ここでもタイミングが悪く、鈍感だった私が自分の気持ちに気づいた時にはすでに好きな人に彼女ができたり、相手が誰かに片思いしていたりと、とにかく叶わない恋が多かった。あと、自分で言うことではないけれど友達思いなところが裏目に出た。運悪く友人と同じ人を好きになってしまって、その子のために身を引く、ということが何回もあったのだ。
 だが、そんなことを繰り返して数年。ご縁とは不思議なもので「恋愛とは縁がなさそうだし、もうしばらく独身でも良いかもなあ」なんて考えていた頃に初めて告白されて、初めて彼氏ができた。大学一年の終わり頃の話である。

 ──これが、私の恋愛運の壊滅絶頂期の始まりだった。

 悲しきかな、この頃から三人ほどお付き合いをさせていただいたが、どの相手も長続きはせず、結末も碌なものではなかった。
 最初にできた彼氏はストーカーだった。愛情が人より重かっただけなのかもしれないが、私が一人でどこに行くにしても常に一緒にいようとするし、離れている間はずっとメッセージのやり取りや電話がかかってくる。毎回のように「今どこにいる?」「誰といる?」「何してる?」と質問してくる相手に、恋愛初心者だった私は「そんなものなのかな」って思ったけど、彼が毎回バイト先にまでやってくるようになって考え直した。ついには教えていないことまで把握されるようになったので、念のため家の中を確認したらまあ、あったよね、盗聴器とか。その後、友達の協力のもとすったもんだありながらもストーカー君には潔く別れていただいた。
 二人目の彼氏は大学三年の頃にできた。今思い出してもアイツはとんだクソ野郎だ。とにかくDVが酷かった。明るくて社交的な反面、少々気が強いところがあるな、とは思っていたけれど、付き合い始めて早くも一月ほどでヤツは本性を見せた。気に入らないことがあればすぐに物に当たるし、暴言を吐くし、すぐ誰かに手を出す。他人に手を上げる度に「やめて」と止めれば庇ったことが気に入らないのか悪化して私まで殴られることもあった。別れ話を切り出した日は彼があまりに大騒ぎしたので、以前から心配してくれていたご近所さんが警察に通報してくれた。おかげで何とかそのDV男とも別れることができた。

 流石に二度も外れを引けば、自分でも人を見る目も男運が無いことも自覚できた。
 告白されて付き合うパターンもやめた方が良いんだろうな、とは思った。
 今思えば、そう思った時に潔く諦めておけば良かったのだ。

 最後の人は社会人になってから、友達の紹介で知り合った人だった。たまたま友達と一緒に撮った写真を見て一目惚れしたとその人は言ったけれど、当時の私はもう恋愛する気も薄れていて最初はお断りしていた。なのに彼は「いつまでも待つよ」と言って友達関係だった時から優しくしてくれて、大事にもしてくれて、とても良い人だったと思った。
 だから今度こそまともな恋愛ができると信じて、友達関係を続けて一年後、少しずつ好きになった彼とお付き合いしようと決心したのだ。
 それなのに、彼は私の期待を見事に裏切ってくれた。
 そしてこの時、私は始めてお酒が原因で過ちを犯した。


 去年の仕事の帰り道の話だ。
 色々とあって転職したばかりの私はやっぱり不慣れなこともあって業務でのミスが多く、会社側の要領も悪いばかりに残業することが多々あった。そのせいで彼と会える日が全く作れず、彼の仕事の都合もあって月に一回ぐらいしか会えない日々が続いていた──のだけど、まあ、それが一年ほど続いたあとに彼の浮気が発覚した。
 不倫だとか、浮気だとか、ドラマやニュースでは定番に聞く話題だよね〜って他人事だと思っているそこの人。明日は我が身ですよ。発見した時の私も何のドッキリ企画かと一瞬だけ現実逃避しました。
 閑話休題。
 話を戻すけれど、その日もミスが続いて上司から怒られ、片付けても減らない書類仕事を残業してまで終わらせて疲れて帰っている途中だった。
 何の通知もないスマホの画面を見ながら「そろそろ会いたいな」なんて考えて連絡を取ろうとメッセージを打っていたら、ふと彼に似た声がした。つい反応して振り向けば、あら吃驚。そこには彼を紹介してくれた友人と腕を組みながら歩いている彼氏の姿があった。
 それだけじゃない。仲睦まじそうに歩いている二人は、ふと顔を見合せたかと思ったら親しげに額を寄せ合って笑い合いながら軽いキスをしてホテルに入って行ったのである。
「……は?」
 何あれ、どゆこと。
 すぐに理解ができなかったし、あまりの衝撃に体も動かなかった。
 嘘でしょ、こんな疲れている時にそんな仕打ちってアリなの?
 信じたくなくて、すぐに電話をかけてみたけれど、やっぱり彼は電話には出てくれなかった。
 次にメッセージで「今、どこ? まさか、友達とホテルに入った?」と送ったら、すぐ既読になって返ってきた返事が「別れてくれ」の一言だった。
「は?」
 そろそろ温かい気候になってきたというのに、私の体の芯から冷たいものが溢れた。
 理解ができずにその場でメッセージを見ながら固まっていると、次々とメッセージが飛んでくる。
 彼女の方が優しいし、気が利く。
 彼女は毎日連絡をくれる。
 彼女の方が会う度に僕にご飯を作ってくれる。
 今まで気づかなかったけれど、君よりも彼女を愛してた。
 ――何だそれ。ぶん殴って良いだろうか。
 転職前の頃に比べてなかなか会う時間が取れなかったのは私にも非があるけれど、もっとマシな言い訳するかと思えば、要するにただの便利な飯炊き女が欲しかっただけの構ってちゃんじゃないか。ああ、そういえば、コイツの家に行く度になんだかんだ言われて毎回ご飯作らされたわ。そういうことか。
 あんなにも殺意が湧いた瞬間は、きっとこの先も味わうことはないと思う。ホント私の男運ってどうなってんの? 人を見る目が無いにもほどがある。
 もう怒りを通り越して呆れた。これ以上この男と喧嘩する気も起きない。
 何もかもどうでも良くなって、さっさと縁を切ってしまおうとその場で元彼と友人に「二度とそのツラ見せんな。さようなら」と送って即ブロックしてやった。
 この瞬間、私は恋愛には不向きな女なのだと理解した。
 おそらく、これからも良い縁などないのだ。こんなことが続けば、誰だって望みを捨てるでしょ。だったら、これからは一人でたくさん美味しい物を食べて、飲んで、好きなことをしてのんびりと過ごしたら良いじゃないか。
 そう考えたら、仕事の疲れも忘れた私は唐突に美味しいお酒が飲みたくなった。所謂、自棄酒がしたくなったのである。
 どこの店に入ったかは記憶にないけれど、このあとに初めて行ったバーでよく知らないカクテルを適当に頼んだことは覚えている。そこで事の詳細をグループメッセージで友人の知り合い全員に送ってやったことも覚えている。ついでに、この一件で友人関係も見直したのは言うまでもない。
 え? それは流石に私も性格が悪い? 知りません。今の私に慈悲などない。
 そもそも、いったい私が何をしたというのだろう。何をすればこんな仕打ちを受けるのだろう。もう誰のことも信じない。私は一人で生きて、一人で死ぬ。他人と関わるのはもう懲り懲りだ。
 今までのことを思い返す度に虚しさと悔しさで腸が煮えくり返る。沸々と腹の中で煮沸する怒りを持て余し、気がつけば声も上げずに溢れ出す涙を拭いながらグビグビと酒を煽るように飲み続けた。
 当然だが、バーに置いてあるカクテルやウイスキーはそれなりにアルコールの度数が高いものだ。それに馴染みのない私がガバガバと飲んだりしたらどうなるかなんて、言わずもがな。
 瞬く間にぐるぐると視界が回り、私は俯いて酔いが覚めるのを待った。
「あの、大丈夫ですか?」
 優しい声音が耳に届いて、俯いた視界の端でグレーのスーツが見えた。
 本当に善意で酔い潰れてしまった私を心配して声をかけてくれたのかもしれないけれど、ごめん。今は最高に人と関わりたくない気分なんだ。
「……らいじょうぶです。ほっといて」
 もしこれがナンパ野郎とかだったら、なおさら気分は最悪なものになる。相手の顔を見るのも不愉快で、自分の顔を隠すように俯いたままひらひらと相手を追い払うように手を動かした。
「相当酔ってるな……」
 溜息が聞こえて、その人は何も言わず私の隣に座った。でも、そこからの記憶は、あまりよく覚えていない。
 酔いが回り過ぎて飲むのを中断している間に隣に座った誰かに話しかけられたような気がするけど、何を話したのかも分からない。
 気がついたら、私は止まったこともないホテルで目を覚ました。滑らかなシーツの感触に寝返りを打って、窓の方を見つめる。
 外はいつの間にか朝になっていた。

 そう、朝に、なっていた。

 え、朝? あれ? 私、いつ家に帰った? というか、ここ家の窓じゃないよね? 体がめちゃくちゃ痛いし、酷く気怠いしで、あれ? 何これ? まさかと思うけど私、酒に溺れて誰かと間違い起こしちゃった? あのクソみたいな元彼達とすら奇跡的に何もしなかったのに? 酒の勢いで見ず知らずの誰かに処女奪われたの? 何それ笑え──笑えない。本当に笑えないし、どうしよう。
 誰かがシャワーを浴びてる音はするけど、全く相手の記憶がない。いつの間にそんな展開になったんだろう。顔も覚えてないし、どこの誰かも分からない。怖い。怖すぎる。
「え、無理。ほんと今は無理。逃げよ」
 痛む体に鞭を打って、急いで床に落ちていた服を身に纏う。
 どれだけヤられたのか分からないけどかなり腰が重いし、痛い。股の間にも違和感がある。処女相手に容赦ないな、シャワールームの人。でも、大丈夫。こんなの酷い生理痛だと思えば気合で何とかなる。なんかもう色々と気にしてたら動きが鈍るから、今は考えちゃ駄目だ。
 ぱっぱと着替えを済ませたら床に捨て置かれていた鞄を拾い上げて、財布を取り出す。
 その時、シャワールームからの音が止まった。頭の中で警告音が鳴り響く。
(まずいっ……!!)
 慌てて諭吉を数枚引き抜き、テーブルの上にポイッと捨て置く。その後はなるべく音を立てないように小走りで部屋の扉へ向かい、震える手で何とか鍵を外した。
 背後でガチャリと音がする。「え」と驚くような声が聞こえたけど、私は一度も振り返らなかった。そして、転びそうになりながら一目散にホテルを飛び出す。
 何も言わずに飛び出したので流石に追いかけられるかと思ったけれど、特に誰かが背後から追いかけてくる気配はなかった。
 駅に辿り着くよりも早くタクシーを拾うことができた私は、家に帰ってホッと一息吐く。「自棄酒なんてするもんじゃないな」と反省する。
 とにかく、私もシャワーを浴びよう。全く覚えがないけれど、だからこそ余計に洗わないと気持ち悪い気がする。
 重たい体を引きずって風呂場まで向かう。そこで服を脱いだ時、ふと視線を上げた私は鏡に映る自分の体を見て悲鳴を上げた。
「なっ……何これ〜っ!?」
 首筋から胸、腕、腹、足。目に見える部分に散らばる大量の赤い痕。まさか、と思って背を向けて鏡を確認すれば、やはりそこにも同じ物があった。
(恋人でもない女にこんなモノ付けるかフツー!?)
 鏡に手をついて、私はがっくりと項垂れた。
 お酒の過ち、ほんと怖い。気をつけよう。
 因みにこの事を職場の同期や友人に話したら物凄く心配されたし盛大に怒られた。口を揃えて言われたのは「もしデキちゃってたらどーすんの!?」ということだった。
 なるほど確かに。今回は本当に何もなかったから良かったけれど、見ず知らずの男との間に子供ができたとかとんでもない事態だ。顔も名前も連絡先も知らないのは大問題だし、きちんと事情を聞いておくべきだった。もしも、の事態を想像したらぞっとする。相手にも失礼だっただろう。
 とにかく、この一件で私はしばらくは恋もしないと心に誓ったし、酒に溺れるのはよくないとしっかり学んだ。


 ──その、はずだった。


 目覚めた私は混乱している。そう、激しく混乱している。
 何度目を瞬きしようとも、目の前にある見覚えのありすぎる見目麗しいイケメンの眠る顔は変わらないし、首を捻って辺りを見回しても知らない和室の景色は変わらない。ついでに体も重い。痛みは、まあ、少し、いやかなり痛い。
 ──待って待って。どゆこと? 何が起こっているの?
 そっと首もとまでかけられた布団の中をチラリと除けば、お互いに上半身が素っ裸。布団で見えない素足が絡まっているのも感じるし、もうこれは身の潔白を証明しようがない。アウトだ。年末の笑ってはいけないアレ風に言い直そうか。
 苗字、アウト〜〜〜〜っ!!
 いや、ふざけないで私。冗談なんて言ってる場合じゃないから。真面目になって。そもそもこれは夢? 夢なの? 流石の私もこんな酷い夢は見たくなかった。頬を痛いぐらい全力でつねってみる。いや、痛いぐらいって言ってる時点で現実やん!
 一人脳内でノリツッコミをしていると、腰に回っていた腕の力が強くなった。同時に首の下に差し込まれていた腕が私の頭を抱え込んで目の前の逞しい胸元へ引き寄せられる。え、この人めっちゃ良い筋肉して──いやいやいや、そうじゃなくて。もーホントに待って。すごく良い香りがするけど待って。こうなった経緯すら身に覚えのないのを必死に思い出そうとして、恐怖で心臓がヤバイことになってるから。
 ってか、どうする私? 起きて事の詳細聞くのすごく怖いんですけど!? もういっそここから逃げられないかな!? というか、この状況で逃げられる気がし! な! い!!
 ぐるぐると考えを巡らせていると、私を抱き込んでいる目の前の男の体が震えて、クスクスと笑い声が聞こえた。
 ドキリと心臓が跳ね上がる。
「おはよう、名前さん」
 そっと顔を上げると、金色の髪の間から見える蒼の瞳と視線が交わる。
 ──あ、詰んだ。
 私は体を硬直させて、思考を停止させる。すると、腰からするりと移動した手が、私の頬を撫でた。
「……オハヨー……ゴザイマス……?」
「うん。やっぱり、目を覚まして名前さんがいるのって良いな」
 ──知らない間に名前で呼ばれるようになってる。
 鼓膜を刺激する甘い声と、蕩けるような眼差しから目を離せずにいると、また彼の腕が私を包み込むように優しく抱きしめ直した。
 それから色気をたっぷり含んだ笑みを浮かべたまま、彼の唇が近づいてくる。
(ああああああ、ダメダメダメぇぇええええええっ!!)
 悲鳴を上げた私の心の声は何とか押し殺し、触れる直前にまで迫ってきたそれを手で防いだ。けれど、その手は容易く掴まれて阻止される。
 悲鳴を上げる前に触れ合った唇。そのまま深く口付けられ、下唇を舐められ、上唇に軽く歯を立てられる。おそらく口を開けろということなんだろう。必死に口を引き結んで抵抗していると、不意に大きな手が背筋をなぞって腰からお尻、そして太腿を撫でた。
「ひゃあんむぅっ!?」
 思わず声を上げた瞬間、すかさず安室さんに口を塞がれてにゅるりと舌が入り込んでくる。蹂躙される口内の感覚だけでなく、下半身に熱が押しつけられるのを感じて逃げようと体を動かしたら、そのままシーツに体を抑えつけられた。
 あ、アカーーーーン!! これ以上は本当にやめてーーーーっ!!
 混乱した思考の中、自分の体が彼から与えられる愛撫に反応していることに気づく。
 同時に、昨夜の情事の記憶が薄らと脳裏を過った。え、何これ。長時間がつがつぐりぐりと何度も突かれて永遠と喘がされた記憶しかないんですけど。絶倫? 絶倫なの、この人。そりゃ浮気の一つや二つしたくなるよね、うん。でも私を数に入れないでほしかったな!
 昨夜のようにちゅっ、じゅる、とわざと音を立てながら唇を貪られ、片手は指を絡めるように握られ、もう片方の手が胸を這う。
 いよいよマズイ展開になってきた。酒の勢いならまだしも、素面でこの人を相手にする度胸は私にはない。
 今度こそ、力任せに彼の体を押し返した。
「まっ、待ってください安室さんっ……!?」
「ごめん、待てない。それから、二人きりの時は零と呼んでくれって言っただろ? せっかく恋人になれたんだから、君には名前で呼んで欲しい」
「……はい?」
 泣きそうになりながら全力で抵抗の意を込めて首を横に振っていた私は、ピシリと固まる。
 ねえ、あの、お願い。今の、私の聞き間違いだと言ってほしい。
「あの……誰と、誰が、恋人に……?」
 そんな私をじっと見下ろしていた安室さんは、少し考える素振りを見せた。ジト目で私を見下ろすその顔は少し呆れを滲ませているようにも見える。
 え、何その反応。大変遺憾の思いです。酔った女とそんな大事な話を勝手に進めているあなたに非があると思うんですけど。
「……そうだよな。酔っている時に大事な話をした僕が悪い。でも、名前さんにも非があるんだからな。あの日、僕を置いて逃げなければまた酔った状態の君を襲ったりしなかったのに」
 私の心の声が聞こえたかのようにそう言った安室さんは、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫。『全部』思い出せるまで付き合うから」
 その言葉に、私はひくりと頬を引きつらせる。
 ああ、もう、どうして私って、こんなに男運がないんだろう。
 いや、そんなことよりも──。


 どうしよう私、よりによって大変な遊び人と間違い起こしちゃった!!
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