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初めてこの世界に来てから数日が経った。私は今、リヴァイから護身術を教わるために地下街の外れの、人が寄り付かない場所まで来ている。私のような人間は此処では目立つらしく、髪や顔を覆い隠す頭巾を身に付け、極力人目に触れないように移動してきた。
護身術を教わるならリヴァイが適任と言う事で今回は2人で来たけれど、ファーランは物凄く心配そうにしていた。用事を態々別の機会にずらす事まで考えていた。私が大丈夫だと言えば渋々承諾していたけれど。

「この前、危ない事には関わるな、襲われた場合はとにかく逃げろと言ったが、一つ追加しておきたい事がある」
「……何?」
「殺れる時は殺れ」
「えっ?」
「……まぁ、平和ボケしてそうなてめぇに言った所で急に出来るとは思わねぇ。だから頭の片隅にでも入れておけ」
「ちょ、ちょっと待って!護身術は相手を攻撃するための物じゃないでしょう?」
「基本はそうだがやり方によっては人を殺す事もできる。」
「…………」

攻撃するなんて以ての外で、とにかく逃げるための護身術だと思っていたし、リヴァイもそう言っていた。それなのに急にその前提を覆す事を言われたら戸惑ってしまう。
それでもリヴァイの言葉を何とか理解しようと頭をフル回転させる。

「……………………逃げる過程で殺してしまった方が良い場合もある……。その”殺れる時”を見極めるのが肝心……?」
「ほぉ」

どこか感心したように相槌を打った彼はそれ以上何も言わなかった。そして何事もなかったかのように具体的な説明をし始めたのを見て、私も気持ちを切り替える。

護身術は様々なケースが考えられ、その場面に適した方法で対処していく必要がある。例えば手を掴まれたと言っても、右手を右手で掴まれたのか、左手で掴まれたのか、片手を掴まれたのか両手なのか将又手首なのか。何度も繰り返し練習しておかなければ、咄嗟の時に使えそうもない。これはリヴァイやファーランに何度も付き合ってもらう必要が出てきそうだ。

「ねぇ、胸倉を掴まれた時の護身術ってあるの?」
「ある。が、なんで胸倉なんだ」
「あーいや。あるなら一応教わっておこうかな〜って!」

もちろんそれはこの世界に初めて来た時男に胸倉を掴まれたからだ。あの時は親切心で声を掛けたつもりが怒鳴られた挙句追い掛けられて散々な目に遭った。無事で良かったけれど、恐かったのに変わりはない。だから少しでもあの嫌な記憶を払拭できればと思ったのだ。

「まぁ知りたいなら教えてやってもいいが……それより、後ろから抱き着かれた場合を先に教える」
「あ。確かに……後ろからって顔も見えないしパニックになりそう」
「それもあるが……女ならその可能性の方が高いからな」
「…………」

確率が低い方を真っ先に経験してしまった……と言う言葉は飲み込んでおくとして。実際後ろから抱き込まれる事はありそうなので素直にリヴァイの言う事を聞く事にした。先程と同様、まずは私が襲う側となり、技を掛けるリヴァイに動作付きで説明してもらおうと、後ろに回り込んだ所で……

「ねぇ、これ本当に抱き着くの?」
「……………………やらなきゃ練習になんねぇ」
「そ、そうだけど…………あぁぁ……!!」

練習のためとは言えさすがに恥ずかしい。身体が密着しすぎる。それでも意を決してリヴァイに抱き着くと、特に気にしていないのか先程と同じように……むしろそれ以上に淡々と説明してくる。だから私も極力意識しないよう、必死に耳を傾けていた。

「この場合は爪先を思い切り踏んで脛を蹴って、怯んだ隙に体を左右どちらかにずらして振り返りながら組んだ手で突き飛ばす。もしくは……」

先程と比べると、説明する時の動作に遠慮がなくなっている。慣れて来たからだろうか?一応加減はしているのだろうけれど、それでも爪先を踏まれるのも脛を蹴られるのもそこそこ痛くて。だからリヴァイの説明通り怯んでしまい、突き飛ばされた時には全く受け身など取れずに身体がよろけてそのまま尻もちを付いてしまった。

「…………わかったか?」
「……………………」

差し伸べられた手を掴むとそのまま立ち上がらせてくれる。目で”次はお前の番だ”と促して来たからリヴァイに背を向けると、今度は私の腰にリヴァイの手が回される。

「……………………」
「……おい。早くしろ」

そう言われてもすぐ後ろにリヴァイの顔があるのを感じ取ってしまい、緊張で思うように動けなかった。先程受けた説明が頭から飛んでどうしたら良いのかわからない。そんな私に痺れを切らしたのか、リヴァイが声を掛けて来た瞬間、私の身体は投げ飛ばされていた。

「気を引き締めろ。これが実戦ならお前は死んでいると思え」

確かにその通りだ。リヴァイ相手に緊張する事自体は悪い事ではないけれど、集中力を欠いているのは問題だ。これでは訓練にならない。
実際護身術を使う場面が来た時には、相手だけではなく己の恐怖心とも戦っていかなければならないのだから。
強引ではあったけれど、リヴァイに言われた言葉で目が覚めた私はその後適度な緊張感を持って訓練に臨む事ができた。始めはこのパターン、次はこのパターン、と一つ一つ丁寧に行っていたけれど、そのうちリヴァイが何も言わず私の右手を掴んで来るようになった。つまり技の掛け方だけではなく、どのパターンでどう対処するのが適切なのかを自分で考えて選択する必要が出て来た。何度も何度も繰り返しやっていると、今度は大人しくしていたリヴァイも動いたり技を掛けたりして、訓練が終わる頃には土で汚れていた。普段日光にさらされる事がないから少し湿っているのだ。

さすがに汚れたままでいられるはずはないので、一度服を取りに戻ってシャワーを浴びに行った。そして再び家に帰ると、取りに戻った時は不在だったファーランが出迎えてくれた。彼も用事を終えたらしい。

「おかえり」
「ただいま」
「護身術の方はどうだったんだ?」
「うーん……比較対象がないから自分じゃよくわからないけど。とにかく何度も繰り返しやって行くしかないと思う」
「そっか。まぁそうだよな。リヴァイはどう思ったんだ?」
「…………状況判断は悪くねぇ」
「へぇ。判断力あるのは良い事じゃねぇか。で、動きの方は?」
「突出したセンスはねぇ……が、経験次第で伸びるかもな」
「じゃあ悪くねぇじゃねぇか」
「良くもねぇがな」

リヴァイが自分をそんな風に評価していたとは知らなかった。訓練は途中から厳しい物になっていき容赦がなくなっていたから、てっきり動きが悪いのかと思っていたのに。絶賛されたわけでもないのに、無愛想なリヴァイに言われているからか、最大級の褒め言葉に聞こえて来て段々顔が熱くなってしまう。黙っているのも居た堪れず、話題を逸らす。

「訓練中は気付かなかったけど、シャワー浴びたら色んな所染みたよ。リヴァイ容赦ないし」
「そりゃ悪かったな。おかげで良い訓練になったろ?」
「まぁ……感謝はしてるよ、ほんと。痛いけど!」
「え?怪我したのか?……どんだけ荒々しい事したんだよリヴァイ……」

ファーランが呆れていたけれど、すぐに切り替えて救急箱を持って来てくれた。だいたい肘や膝など地面に付きやすい所が切れていて黴菌が入るといけないからと鮮やかな手並みで手当てをしてくれる。

「ファーラン、手当てするの上手だね!吃驚したよ」
「いや、これくらい普通だろ」
「そんな事ないよ」
「……ッ普通だって!リヴァイだってこんくらい出来るぜ」
「へぇ!じゃあ2人とも凄いね!」
「だからそんな……」
「?なに?」
「いや、いい……」

手当てが上手いと言う事は、それだけ怪我が多いと言う事なのだろうか。……きっとそうだ。危ない仕事も熟しているようだから、軽い怪我は日常茶飯事なのだろう。そう思うと悲しくなってくる。彼らは生きるためとは言え悪い事もしているのだから、その代償なのかもしれないけれど。それでも……

「ねぇファーラン」
「……何だよ?」
「私にも手当ての仕方教えてよ」
「良いけど……急にどうしたんだよ」

今の所、私では彼らの仕事の役には立たないだろう。それどころか足手まといになる。その点、怪我の治療なら私にも出来そうだ。2人が傷付く姿なんて見ずに済むならその方が良い。それでも万が一怪我してしまった時は、私が。

「帰って来た時に、2人の傷を少しでも癒せたら良いなぁと思って」
「ッ!」
「………………」
「さっきからどうしたの?」
「だから!何でお前はそう……!!」

既視感があるこのやり取り。あの時もリヴァイとファーランの様子が可笑しくて質問したけれど一向に教えてくれなかった。きっと今回もそうだろうと半ば諦めていたのだが。

「リサの笑顔は反則なんだよ……」

ファーランが観念したようにぽつりと呟く。

「え……?」
「お前、礼を言う時とかすっげぇ柔らかく笑うんだよ。特に俺達は男所帯だったろ?帰ってきた時にその顔で出迎えられるとなんつーか……戸惑っちまうんだよ」
「もしかして照れてたの?」
「ッ!濁してんだから察してくれよ!」
「言っとくが俺は別に照れてねぇ」
「いや嘘付くなよリヴァイ!お前だって固まってたじゃねぇか」
「固まってたんじゃねぇ。俺は元々こう言う反応だ」
「ぷふっ……ふふっ……」

2人のやり取りが楽しくて、

「なんか。家族みたいだね」



日光の届かないこの地下街に、太陽より眩しくて暖かい物が確かに此処にある。
目を見開いて私を凝視する2人に、そっと微笑を浮かべる。


あとがき
更新遅れてすみません。


更新日:2020/06/28

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