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気付いたら此処にいた。
空気は澱んでいて常に薄暗く、人が倒れていても誰も見向きもしない。
痩せこけた顔。むせび泣く声。
そこは自分がいた世界とはあまりにもかけ離れていた。


「お嬢さん、見かけない顔だね。地上から来たのかい?」

自宅で眠っていたはずなのに何故こんな所にいるのか分からなかった私は、声をかけてくれた人に縋るように疑問をぶつけた。

「地上?あの、此処は何処なんでしょうか……」
「おや?迷子かい?此処で立ち話もなんだ。こっちで話そう」

そう言われて付いて行こうとした矢先、急に辺りが騒がしくなった。
何事かと思いそちらを見ると、人が鳥のように……空?を飛んでいる姿が視界に入る。

「ちっやられた……またアイツらだ!!」

どうやら食料を奪われたらしい。こんな豪快な盗みを目の当たりにした事がなかった私は少しの間放心していたけれど、我に返ると慌てて駆け寄る。

「大丈夫ですか?!」
「……あ?!大丈夫なわけあるか、大事な商品奪われちまったんだぞ!!」

まさか怒鳴られるとは思っていなくて、驚きで足が竦んでしまった。
胸倉を掴まれて、このまま殴られるのではとつい目を瞑ってしまったけれど、一向に拳は振り下ろされない。
そっと目を開くと、目の前にいた男は私を凝視していた。

「あんたこの辺では見かけない顔だな。地上から来たのか?」
「え?えっと……」

その質問にデジャヴを感じていると、最初に声を掛けて来た男がすかさず間に割り入ってくる。

「オイオイ。この嬢ちゃんは俺が先に目を掛けたんだぞ?横取りはいけねぇな」

先程、声を掛けた後場所を移動しようとしたあの手口。そして今の尋常ではない怒り方。都会暮らしだった私にとって、この類の声掛けには心当たりがあった。
この人達は危ない。私はきっと、この男達に商品にされかかっているんだ、と。
ようやくその事に気付いた私は、心細さのあまり抵抗感が薄れてしまっていた自分を叱咤する。

男どもはまだ言い争っている。今のうちに逃げなければ。
何となく先程飛んで行った人達と同じ方向へ走り出す。すぐに気付かれて男達が追い掛けて来るけれど、足には少々自信があった。
誰かソイツを捉えろ!と先程とは様変わりした態度で怒鳴り声が響き渡る。けれど幸い、私を追ってくる男達はあまり運動能力が高くなかったため、徐々に差が開いていった。
とにかく彼らから離れて、後の事はそれから考えよう、と走りながら徐々に冷静になっていく自分がいた。


どれくらい走ったのか……追手を撒いた事を確認して立ち止まる。
胸倉を掴まれた事と言い走った後のこの疲労感と言い、全てがリアルすぎて夢だとは到底思えなかった。
とりあえずの危機は脱したものの、これから此処で生きていく術を考えなければならない。
お金は持ってない、働き口もない。そんな私が此処で一人で暮らすのは無理がある。
誰か信用できそうな人に声を掛ける?けれど、こんな何処の誰かもわからない私を拾ってくれる人なんているのだろうか。
結局身売りするしかないのでは?と頭に過ぎったけれど、そうするくらいならいっそ……
そんな事を悶々と考えていた所に再び声が掛かる。

「あんた見かけない顔だな。地上から来たのか?」

またか!
先程の一連の出来事で警戒心を持った私はキッと睨みつける。
若い男が二人。一人は茶髪で一見すると温和そうな人。もう一人は黒髪で目付きの鋭い人。
ふと腰に付けている不思議な機械に心当たりがあった為、警戒心を緩めずに話し掛ける。

「あなた方は……先程、食料を盗んでいた人ですか?」
「あぁ、あの場にいたのか?言っとくが、此処ではこんな事日常茶飯事だ。そうでもしなきゃ俺達みたいな貧乏人は生活できないからな」
「ッ…………そうですか、でも。例えあなた方がお金に困っていようと……私は、売られるのは御免です!」
「あっ おい!」

貧乏人だから盗みを働くと言った茶髪の彼に、私を養う余裕なんてないはず。それならばと思い再び駆け出したが、すぐに腕を掴まれてしまう。

「おい、落ち着け。別に俺達はお前を取って食ったりしねぇし売ったりもしねぇよ!」
「……………………」

簡単に掴まれてしまった腕に悔しさが募る。
すると、先程から黙っていた黒髪の男が口を開く。

「……まぁ。此処にいる以上、警戒心を持つのは悪い事じゃねぇ」

まさか褒められるとは思っていなくて驚いていると、とりあえず此処にいたら目立つからと茶髪の男が家に来る事を勧める。
先程の商人とは違い彼らから逃げるのは無理だと判断して、警戒心は解かずに着いて行くことになった。



家に入ると、綺麗すぎるくらい綺麗な部屋が私を出迎えてくれた。
紅茶を用意してくれたけれど、何が入っているかわからないからと口を付けずに話をする。
茶髪の人がファーランで、黒髪の人がリヴァイと言うらしい。
そのままの流れで此処が何処なのか聞くと親切にも色々教えてくれた。

此処は地下街と呼ばれる所で、地上へ出るためには莫大な通行料がかかる事。
二人はお金を貯めていずれ地上へ行くことを夢見ていると言う事。
そして地上では50mもの高い壁で街全体が覆われていて、壁外には巨人と呼ばれる人食い化け物が徘徊してる事――


なんて物騒な……と思ったけれど、これで初めに感じた違和感の正体がわかった。やっぱり此処は私がいた世界とは違う世界なのだと。


彼らにこの世界の事を一通り教えてもらったのだから、今度は私の番。
こんなファンタジー誰が信用するのかと、自分の出来事に自分で突っ込みたくなったけれど、包み隠さず正直に話す。
彼らは最初こそ俄かには信じられないと言うような表情ではあったものの、それでも私が嘘を言っているとは思えないと案外すんなり受け入れてくれた。
真剣に話を聞いてくれたこの人達は、盗みを働いたものの根っからの悪人ではなさそうだと思った。あくまで生きるためにした事で無用な争いはしない。そうとわかれば話は早い。私を此処に住まわせてくれないか頼み込んだら、これまた意外な事にあっさり了承してくれた。


早速此処で暮らしていく為の処世術をリヴァイさんが教えてくれると言うので、てっきり護身術の類いかと身構えていたらまさかの掃除だった。
社会人で一人暮らしをしていた私は家事も一通りこなしてはいたものの、掃除に関してはリヴァイさんには敵わず色々ダメ出しを食らって凹んでいた。
そんな私にファーランさんは、いつもならもっと不機嫌になる所をちょっとのダメ出し程度で済んでいるんだからお前は十分凄い、と。これでちょっとなの……?と疑問に思ったけれど、口には出さないようにする。

あまり活躍出来なかったのが何だか悔しくて、料理は頑張ろうと思ったけれど。
此処では元の世界にあるはずの物がなく、料理もかなり苦戦してしまう。
粉末出汁なんてないし、お肉や卵なんて贅沢品でまず手に入らないと言われるし……
なんなら私に出してくれた紅茶でさえ高級品扱いだと言うのだ。
固いパンに蒸かしたじゃがいも、水に野菜を入れて煮込んだだけのスープ、それが普通だと言う。
それだけ貴重なのにこんな私に紅茶を出してくれたなんて……と申し訳なさが募る。ましてや薬でも盛られてるかも、とそれには一切口を付けなかったから。
そんな私の様子に気付いてか、リヴァイさんが気にするなと言ってくれた。今後俺達以外の相手を前にした時、その警戒心が命を救う事もあるからって。
そう言われてしまっては、いつまでも気にするわけにはいかない。せめて何か美味しい物を作ってお詫びとお礼がしたい。


卵はないし、塩やソースなどの調味料もない。
この世界の人たちに受け入れられる保証もない。それでも、精いっぱい作ってみた。

野菜くずとトマトを煮込んだトマトスープに、主食は固いパン。そしてメインは……

「コロッケです」
「コロッケ?」

じゃがいも・小麦粉・パン・油・水。それだけで作ったコロッケだ。
卵がないから小麦粉を水で溶いて丸めたじゃがいもを潜らせた。パン粉はパンを千切って作ってみた。
私が食べても味が全然足りないだろうけど、この人達なら薄味でもそれなりに食べられるはずだ。多分……油っぽささえ受け入れられれば……

「うまい!」
「ほんとですか?!」
「あぁ。サックサクで驚いた。なぁ、リヴァイ?」
「…………まぁ、悪くはない」

ファーランさんは凄く喜んでくれたけれど、リヴァイさんはいまいちみたい……?
確かに、リヴァイさんは油っぽい物好きそうなイメージがない……って。知り合ってまだ一日も経ってないけど。
…………うん。サクサク食感は上手く出来たけれど、やっぱり味がない。それに、トマトスープも思ってたより酸味が強くて青臭さが残っている。
とても美味しいとは言えない代物。それでも、それを顔に出さないようにもくもくと平らげていった。




「おい」

後片付けをしている所に、低い声が響いてくる。
この声を聞くと先程の掃除を思い出してしまい若干ビクつくも、極力自然に後ろを振り向く。
案の定リヴァイさんがそこにいた。

「なんでしょうか?」
「ありがとうな」
「…………え?」

聞き間違えかと思って放心していたけれど、私の反応に構うことなくリヴァイさんが話し出した。

「料理。作ってくれただろ」
「え?あ、でもそれは……私の方こそこれからお世話になるんですし」
「まぁそうだが……こんな手間のかかるもん、毎回作らなくていい。死なねぇ程度に食えれば良いからな」
「あ……はい」

そのまま踵を返してしまったリヴァイさんに、その言葉の意味を聞く勇気がなくて。
良い方に解釈すれば私に気を遣ってくれたんだよね?味なんて気にせずもっと楽に作れって。
悪い方に解釈するなら……こんな手間かかるもの毎回作る暇あったら掃除しろって遠回しに伝えたかったとか?しかも今日のは油物だから台所汚れるし……こっちもこっちでありえる…………

結局どっち?わからないよ、リヴァイさん!




日の光が当たらないこの地下街での生活に。
ちょっとだけ明るい兆しが見え隠れして。
何だかんだこれからの生活を楽しみにしている自分がいた――――


あとがき
トリップ物です!しばらく短編をあげていくつもりがどうしてこうなったんでしょう!
……完結、させられると良いなぁ〜


更新日:2020/06/01
修正日:2020/06/02

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