■ 枯らして見せよう




神はわがやぐら わが強き盾

苦しめるときの 近き助けぞ

おのが力 おのが知恵を

たのみとせるーーーー





ここまでをタブレットのスピーカーから流した所で、彼女はようやく開眼し苦痛に喘ぐ。



”神はわがやぐら”
16世紀のドイツ、音楽を神の賜物であるとしたルターの讃美歌だ。

”神を前に逃げるように、この音楽の前にも、彼ら悪魔は逃げるだろう。”
彼の言葉を僕は鵜呑みにし、彼女に聴かせる。

それは、吸血鬼にとって残酷極まりない。




「お前…それ…讃美、」

「その通り」

「…ぁ、苦しい!!」


彼女が暴れたせいで、金属の擦れる音がする。


「ダメだよ、そんなに暴れちゃ」



彼女を縛る鎖は、地下の壁を刺激するが、びくともしない。
これは彼女の消えた2週間、彼がこしらえたものだ。

彼女を信じて待っていたから彼だからこそできた。


「吸血鬼は聖歌を嫌い、鉄を苦手とする」


彼女の表情とは裏腹に、彼は笑顔だ。


子供の頃、初めて生きていると認識できる小さな生物、例えばアリなどを潰してしまった時。

人は ‘‘殺す” ということを覚える。



まるで、生まれたての殺人鬼を見ているようだった。


「あなた……こんなことするのね」

「自らの手を下すのは好まないが」

「殺人に於いて間接的も直接的も変わらないわ」


ふふっ、と彼が嫌な笑い方をする。

殺人ではなく、化け物退治さ。

そう言って、彼は彼女の胸に鉄のナイフを当てた。
身体中の筋肉が叫ぶ。命令しろ、と。
確かに、その気になればひと思いに殺せる。


だが、待て。
脳は熟考した上、慎重に。

本当にナイフを刺す気ではない。
仮に刺す気だとして。彼はなぜ拘束した時刺さなかったのか。


「何の意図があって…お前は、」


反射的に暴れそうな奴らを抑えて、賢い奴は続ける。

彼が善良な市民だとしよう。
そうしたら、周りに騒ぎ立てるはずだ。
彼女は大勢の人間に殺されるのがオチだろう。


だが彼は違う。
廃棄区画を拠点とし、化け物と気づいた上で拘束。脅す。

そんな彼の意図はーーー



「昔から、人間と化け物は対立する。
化け物は人間を使い捨てるし、人間は化け物を恐れ排除する。

そんな彼らの関係は人間と非人間の二項対立だからだ。
だが人間は化け物になり得る。またその逆は成立しない」

「何が言いたいの」


「僕はね、君を人間に戻してあげたいと思うんだ。
君のような非人間を見てサイコパス判定がどのような数値を出しているかに関わらず、

君を正常な人間にしてあげるよ。


なぜなら僕は、善良な一市民だから」




妙に、上から投げかけてくると思った。
それでも、彼の甘い誘惑には勝てない。











「さあ、おいで。その鎖を今、外してあげよう」






笑顔で頷く彼女は、

そんな、フリをした。



28.9.17
解説ページ作ります。たぶん。
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