■ 神さえ見捨てた




「あんなに元気だったのに、レイさん」
「まだ2桁しか生きてないのにねぇ」
「いや、でもレイさんはいつ死んでも幸せだって言ってたじゃ、ないの」
「そうよね…見て、あの写真、素敵ね」
「犯罪係数はほぼ30をキープしてたらしいわよ」
「すごいわ。この95年間、その数字をキープするなんて」
「そう思うよね、あ。倫冴。お焼香回ってきたわよ」
「本当だ。よっ、こらせ」
「ぼうっとしてたの?もう。倫冴ったら。お婆ちゃんみたいな事やめてよ」
「何言ってるのよ。私達、お婆ちゃんでしょう」

冗談を言い合いながら、重い腰を上げた。老婆の体って、世の中の人で一番不便だわ。
まあ、自分で望んでなった老婆の体なのだけれど。なんだか、自分で自分の首を絞めてるみたい。

私は今、とある友人の葬儀に参列している。
小宮レイちゃん。享年95歳。死因は老衰。
人類の中で、一番安全だとされている幸福な死に方だ。
明るくて素敵な人だった。95歳で亡くなるというのは、この時代では短命の部類に入り、先述の通り3桁が一般的な寿命とされている。
レイという名前は、1世紀前のSFアニメ作品の綾波というヒロインから付けた名前で、私達の祖父母の間では絶賛された名前だった。

嘗て、祖父母の時代に流行ったDQNやキラキラネームらは今では子供の名前に使われず、電子機器に聞かないと読めないような難儀な物が増えている。
また次の世代に生まれてくる子供達は、どんな名前が流行するのだろうか。その時私は、どんな名前で彼らの中に溶け込もうか。
あと数年で、今仲良くしている友達も死んでしまうのだから、新しい名前を考えてもいい頃だ。自分の名前を考えるというのは、1世紀に2回訪れるイベント。
悠久の時を死にながら生きながら過ごす、私の数少ない楽しみなのだ。

あまりに永い時を生きてきたせいで、普通は長いと思われる葬式も、そんなに長く感じられない。
あまりに永い時を生きてきたせいで、親しかった人の死に、涙できなくなった。
人が死に人が生まれる様子を眺めるのは、テレビで芸人のブームが始まり終わっていくのを見守るのに似ている。
そろそろ世代交代だ、と思い、偶に、この人って前会った人の生まれ変わりだな、と気付く。

そういう感覚を味わえるのが、吸血鬼である私の人生だ。
いや、人として終わっている私の時間は、人生とは言わないか。

そんな事を考えるのは好きだが、血に飢えるとポンと忘れてしまう。お腹減ったな。
もう夜だから、街は静かだが彼処ならまだ人は忙しく活動しているだろう。そう踏んで、私は廃棄区画へと足を運んだ。

老婆を一瞬で黒猫の姿に変える。廃棄区画は汚れるから、体は黒にした方が汚れは目立たないのだ。
さて、今夜は誰の血を貰おうか。品定めをする為に、私は一番見渡せる手頃な高さの建物の屋上へと向かう。
人を見渡すと、さすが廃棄区画と言ったところか、薄汚い人ばかりだった。その中に、1人。目につく美しい銀髪を靡かせた青年がいる。
よし、彼奴だ。

急いでかけて行って、偶然を装ってさりげなく彼の足に頬ずりをしてみる。彼は私を抱き上げた。今夜も手応えがある。
頭や顎を撫でられて、懐いたフリだ。

「こうやって動物に触るのは、久しぶりだな」

彼はそう言って、私を抱き抱えたままある家のドアを開けた。計画通り。これで寝込みを襲えば良い。4日も食事を摂らなかったのだから、さぞこの美青年の血は美味しく感じることだろう。

彼は私をテーブルの上に優しく置いて、彼自身はソファに腰掛けた。
とても違和感を感じた。次の瞬間、彼は開口して

「さっきの。もう一度ここで、見せてくれないかな」

全身の血の気が、一気に引く感覚を覚えた。ちなみに、吸血鬼の体内では血が流れ、脈もある。

「素晴らしかったよ。君はもう一度変身したら、またあの老婆に戻るのかい?」

無視だ。猫のフリを続ける。私がただの猫であると分かったら、恐らく彼の興味は無くなるだろう。

「おや。何も言わないのか。じゃあ僕が種を明かして見るしかないな」

私は、なんて危ない男を選んでしまったのだろう。彼は服の中から剃刀を取り出したのだ。
もう彼の血は吸えないだろう。逃げ出しても、私の存在を周りの者に暴露してしまうかもしれない。それは困る。

…諦める。そう決めてすぐ、私は声を発した。

「分かったわ」
「話せるじゃないか」
「ええ。黙ってて悪かったわね」

姿を老婆にして、私は机から降りた。

「私、吸血鬼なの」
「ああ、知ってるよ」
「なぜ知ってるの?」
「前に君が吸血してるところを見た事がある。それが、まさか僕に近づいて来るとはね」
「盛大に失敗したわ」

とても脱力した。その勢いで、私は死んだ時の姿へと戻った。

「おや、次は随分と年齢詐欺な格好だね」
「煩いわね。私の本来の姿よ」

私は17の時に死んで蘇った。即ち、今は少女の姿なのである。彼は、興味津々なご様子だ。

「僕が読んだ事のある本には、ルーマニア北部のトランシルバニア地方の吸血鬼は狼、鼠、猫、蝙蝠、梟に変身すると書いてあったんだが、君はそこの生まれかい?」
「違うわ。”女吸血鬼カーミラ”って。貴方、大分前の本を読むのね。もしかして吸血鬼?」
「いいや。僕はただの人間だよ。その人間の中でも、特に普通な」
「何だか…嘘をつかれた気分だわ」
「本当だよ。試しにここ、吸ってみる?」
「遠慮しとくわ。貴方みたいな顔はとても好みだけど、毒が入ってたら困るもの」

彼は美しい首筋をトントンと叩いて見せたが、そんな誘惑、私には効かない。いや、誘惑だと感じている時点で魅せられたか。

「名前は、何て言うんだい?」
「そう易々と名前を教えると思った?」
「じゃあ、呼ばれたい名前を言ってみるといい」
「倫冴。倫冴って、呼んで」
「それは実名かな?」
「何でもいいのでしょう?」
「そうだな。僕は槙島聖護」
「そう。私の苦手な名前だわ」
「過去に何かあったの?」
「神聖な名前は苦手なの」
「そうか。

ーーーところで、讃美歌は好きかい?」
「頭が痛くなるの。分かってるでしょ?」
「ああ、さっき言った本に載ってたからね」
「ふざけないで欲しいわ」

こうして奇妙な吸血鬼と奇妙な人間は、出逢うべくして出逢った。



28.9.1
もう9月なんですね。早え早え
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