紅花の咲く景色 | ナノ
朱の洗礼


乾とて、データ集めに集中出来る訳ではない。ましてや王者立海。距離が有りすぎるのと荒唐無稽にしか思えない事。
埒が明かない、と直接聞きに行く事になった。

「やれやれ、今日は制限時間で掃除終わらなかったかぁ。」

「赤城満、だな?」

満が苦笑しながら校門を出ようとした所で、乾と不二が待っていた。
満の顔から笑顔が消える。長らく使っていなかった愛用のナイフは、制服に仕込んでいた。使わずに済めばいい。

「神奈川まで遥々、何かご用事が?」

「桃城のTシャツについて聞きたくてね。」

「Tシャツ…あぁ。私がやりましたが、信じられるのですか?生憎私は、聖人君子とは程遠い。もう、赤也にあんな姿は見せたくない。これで動けたら、敬意を表し全力で参ります。」

どういう事だ?と尋ねようとした乾と不二は、夏にもかかわらず鳥肌を立てた。口も動かない、息も止まりそうな強烈な敵意。彼らにしてみれば、殺気に思えるだろう。
流血の鉄則に反してでも満は、底冷えする目で見上げた。ここまで露骨なものを見せる事は、血に連なる者への洗礼にしか使われないのだ。

「私の、あなた達への願いはただ一つ。深入りしないで下さい。嘘と思って当たり前ですよ。こんな事が出来る私が、女子生徒を叩くなんて労力の無駄です。切った方がずっと楽なのですから。それでは、さようなら。」

悠々と歩き出した満から敵意が消えると、2人は膝をついて震える体に驚きを隠せなかった。
遥かに小柄な満から、放たれた圧倒的な敵意。夕暮れに佇む姿からは想像も出来ない、ましてや信じようの無い事。

「哀れだな、貞治。」

「きょう、じゅ…?」

乾が見上げると、柳がノート片手に立っていた。声音は本当に、哀れんでいるように聞こえる。

「俺は、赤城は穏やかな死神だと考える。何もしなければ、何もしない。眠らせていればいいのに、お前達が起こした。愚かでしかない。」

「眠らせていれば…?ならマネージャーの件はどうなるの。」

「まだ解らないのか?赤城は叩く必要が無い。万年筆で、切れるのだ。それ以上のものでもな。」

それ以上言う事は無い、と柳は立ち去った。肝心の事は言っていない。満が文房具を、服に仕込み見えない速さで繰り出せる事を。

「満ゴメン遅れたー!あ、やっぱ居ない…。」

肩を落として赤也は、自転車に乗って帰った。青学には目もくれず。

「…本気で怒った赤城は恐ろしいな…。俺も危なかった。怖かった。」

柳の偽らざる本音。怖いものは怖い。

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