紅花の咲く景色 | ナノ
系譜の祖は


穏やかに語る満は、倫理観も道徳観も持ち合わせた上で罪を重ねている。しかし告発は不可能なのだ。
確たる証拠を掴むには、撮影しか手段が無い。母親の悪趣味には名目もある。

「曾祖母…そんなに前から続いているんですか。」

「はい。ただし、曾祖母は看護師でした。幼い祖母を抱え、第二次世界大戦を生き抜いたのです。当時では日本人にあるまじき思想の持ち主でしたよ。ただ、行いは賞賛されていたそうですが今では逆です。」

国など滅んでも構わない。ただ家族と一緒に生きられるなら。
そうして刃を握り締め、生にしがみついた。全身に赤を浴びて。ささやかな願いを叶えようと、罪を犯したと今は言われる事だ。
娘を父親と会わせて静かに暮らす、ただそれだけの我が儘すら許されなかった時代。
片や軍医、片や看護師で離れ離れになってから懐妊が判明した。何年もかけて、漸く会えた終戦。
娘は母に生き抜く手段を教え込まれていた。口伝の技術は生への執着と、守りたい意志が生み出したもの。祖母から語られた凄絶な歴史は、生き抜いた者しか理解しえないものだった。
祖母が言うには、真っ赤な夕日に照らされた曾祖母は笑っていて、それが恐ろしく自分に残った。やらなければやられると思うには、充分だったのだ。

「昔話ですし、事実かどうかは解りませんが私が聞いた話を総合すると、このような事ですね。会った事も無い曾祖母ですが。」

「…時代が、生んだ恐ろしい血筋ですね。」

「時代の所為にしても、私や母の所業は許されないものですよ。ちなみに、曾祖母はいい年して酔っ払った挙げ句、頭ぶつけて天に召されたぐらいの酒好きだったそうで。不思議なものですね。」

現代なら大罪人、誰もが恐れて忌み嫌われる事をしながら案外さっぱりした幕引き。
人間意外と比例した終わりにはならない。

「それはまた凄い話で。赤城さんは似ていらっしゃるのでは?」

「性格は母に似てます。母も普段明るい人らしいのですが、悪趣味すぎて腹が立ちます。」

似てるから合わないと苛立つ、典型的な例。人から聞いた話は淡々と語る割に、満は自分の事となると途端に表情豊かだ。
柳生は、誰にも言わないと誓って帰宅していった。

「大筋だけで納得してくれるなんて柳生先輩いい人だなぁ。ま、細かい事言っても時効だけど。」

クスクスと笑って、満は時計を見た。すっかり時計焼けしているが、身に付けていないと落ち着かない。

「お待たせ満!帰ろ!」

「うん。長話久しぶりにしちゃったわ。」

手を繋いで、赤也が拗ねているのを満は宥めていた。

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