紅花の咲く景色 | ナノ
見掛けたら無視できない
赤也にも、テニス部にも関わらない満の数少ない休日は、大概買い物に出掛けるのだが。無防備な優等生にしか見えない満だから、ナンパの類は稀に遭う。
「ね、お嬢さん。ちょっと遊びに行こうよ。」
「いえ、用事がありますのでご遠慮します。」
「またまたー可愛い嘘吐いちゃって騙せないよ?」
「あの、手を離して頂けませんか?本当に用事があるんです。」
真っ昼間の都内駅前、実力行使は論外だ。振り払おうと思えば出来るが、逆上されるとタチが悪い。
「自分、ヒトの女に何しとんねん。」
映画を観に出掛けた忍足が目撃し、危険だと判断して駆け付けたのだ。セリフに問題があるが、切羽詰まっている。
「忍足さん!」
「すまんなぁ、遅れてもうて。ちゅーワケや兄ちゃん。」
力が緩んだ隙に、満は忍足に駆け寄った。後から幾らでも言い訳は出来る。ナンパ男は負け惜しみを言って立ち去った。
顔がいいとたまに便利なのだ。
「…ホンマ危なかった。」
「忍足さん、有難う御座いました。流石に人目がこんなにあると、危ない真似は出来ないので安心して下さい。」
「そうなん?まぁなんかあってからやと、おっかないし見てもうたから。神奈川から都内までどないしたん?旦那は?」
「凄まじくマニアックな本を母が予約していたのですが、急用が入ったそうで頼まれました。旦那ではありませんが、赤也は先輩方とゲーセンに行きました。ついでに私も、暫く行っていなかったケーキ屋さんとかお買い物に。」
危ない本ではないが、意味深に聞こえる。ただの古い医学書の日本語訳だ。忍足は顔をひきつらせ、嫌な予感を隠せなかった。
娘がコレなのだから、親も推して知るべし。
「ひ、1人なん?」
「はい。たまには1人で買い物に行きたいですし、赤也と本屋には行けませんから。」
「あー、なんや解る気ぃするわ。女の子は買いもん長いしなぁ。」
「えぇ。それでは私はこれで失礼します。有難う御座いました。」
にっこり笑って会釈すると満は買い物に向かった。プレッシャーから解放され、忍足は息を吐いた。
あんな危ない満を放って置くなんて立海レギュラーは何をしているんだ、と文句を盛大に仁王へメールを打った。その後、全く問題は起きなかったのだから結果的には良かった。
「それにしても忍足さん、氷帝からかなり離れているのに何故あんな所に?」
電車通いの忍足の事情を全く知らない満だから、知らなくて当たり前である。しっかり荷物を抱えて帰宅したのだった。
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