紅花の咲く景色 | ナノ
逢魔が時の母


リストバンドを付けて、3日で動きが滑らかになった満にレギュラーは愕然とした。
鈍らせる為に、真田と同じ重さの鉛を入れていたのだから。外した時を考えなかったと言うのも、些か間抜けな話だ。

「赤城。俺と同じ重さの鉛をリストバンドには入れておるな?」

「はい。慣れるまで少し時間がかかりました。母に協力してもらいましたが、3日もかかった事を怒られてしまいました。」

腕が太くなる事はあまり気にしていない。体重の方が満には重要な事だった。
怪物じみても、年頃の娘なのである。

「一体、何をした?」

「母と手合わせです。年齢もあってかなり母も鈍っていましたが、私も重みで動きが悪かったので最初は五分でした。母と私は得手とする事が真逆なので勉強にもなりました。」

片や一撃必殺、片やじわじわと痛めつける方法を得意とする。互いの得手を盗み対策として教え続ける事、それが流血の系譜を引き継ぐ者の務め。

「…それで、左腕を?」

満の左腕は包帯が覆っていた。無論、母から切られた傷だが表向きには野良猫に引っ掻かれ、炎症を起こした事になっている。

「いえ、これは怪我をした野良猫に引っ掻かれて炎症になってしまったのです。軽い炎症ですから明日には外れますよ。直ぐに消毒出来なかったので。」

外科に精通していなければ有り得ない、と否定出来ない。野良猫も雑菌を保有するので、無いとは言い切れない事でもある。
母も満も仕留める事ではなく、動きを確かめる手合わせでもあったのだ。反射は明らかに満が上だが、狙いどころの正確さは母が上。こればかりは経験の差だ。素人目には同じでも、この2人と同じような真似は誰にも出来ない。
廃れる技なのだ。

「赤城は猫が好きなのか?意外だな。」

「小動物は好きですよ。家業の関係で飼えませんが東門の野良猫はたまに会いに行きますし。餌はあげてませんからご安心を。」

幼い頃に大型犬に追い掛けられ、以来苦手だが我慢は出来るのだ。苦手と嫌いはかなりニュアンスが違う。ランニングをしながら真田と話している満だが、途切れ途切れで息も荒い。

「そうか。ペースを無理に上げる必要は無いぞ。」

「やり始めたら徹底的に体力上げますよ。昔から問題視されていましたし。」

変態だ、と校内では言われているが、柳は満を陽気な死神と例えている。笑いながら相手を痛めつけられる恐ろしいまでに無垢で残酷な女だと。
真田は会話を打ち切ってペースを更に上げた。先頭だったのだ。

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