戦国婆娑羅 | ナノ

枝を巡らせ


三成の陰に、嘗て半兵衛の小姓であった者と同じ名を持つ、茅乃なる妻在り。その妻は鎌を自在に操り、秀吉の守りに就く栄誉を与えられた。
ここまで似ている他人、と言い逃れをする事は不可能だ。茅乃はあの三成の妻なのだから。

「三成様。茅乃に御座います。先だって承った秀吉様の水軍編成について、書状をお持ち致しました。」

「入れ。」

褥すら共にせず、ましてや夫婦と思えない振る舞い。立場と呼び名が変わっただけ、と割り切れるのだから非情な面もある。
目も合わせない、実に名ばかりの夫婦だ。

「こちらで御座います。大谷様はご自分のお部屋にいらっしゃいますか?」

「刑部なら執務だ。」

「有り難う御座います。失礼致します。」

まるで茅乃は義務だ、と言わんばかりの柔らかい声音を三成だけに向ける。だから、兵からは茅乃が三成を慕っていると見える。
動きやすいから、と袴を好んで纏う茅乃には赤が映えるとの評判だ。妖しい美貌は無く、ただただ清らかな印象が残る。
軽快に大谷の部屋に向かい互いに独り言、と称した現在の状況を語る。

「暗が三成の忠言により筑前の穴倉へ放り込まれるとな。」

「徳川様の甲斐に送った兵が多く、兵糧が足りぬとの文が参りました。余裕を持たせている筈で、甲斐は豊作と聞きましたのに。黒田様からも兵を出すからと文が。」

「暗にはたんと持たせて穴倉に落とすか。」

「徳川様に送る道理はありませぬ。そう時はかかりますまい、虎は病との風の噂が。」

内政を一手に引き受け、金から米まで軍事と外交以外を司る茅乃。軍事を司る大谷。外交は家康。
大谷の言葉に、茅乃は目を少しだけ細めた。大谷が、毛利を口説き落とそうとしている事は秀吉の命令だ。裏を読みたがる性は、半兵衛の教育だけではない。
感情の見えない声音に、揺るがない表情の茅乃を大谷も警戒している。だが、2人には三成を思う心があるから互いに何も言わない。茅乃は秀吉と三成が居なければ、何の後ろ盾も無い現代人。
動きやすいようで、非常にアンバランスな精神が動きにくくしている。

「毛利の水軍は微動だにしておらぬでな。長曾我部と睨み合い、尼子も牽制したままよ。」

「雑賀は交易は続けているものの従わぬと三代目は先見の明が無いようで。」

言いたいだけ言って、互いに茶を飲む。大谷の部屋には、数える程度しか入ろうともしない。
更に三成は、大谷の陰口を叩いた武将を殴りつけた事に茅乃は便乗したのだ。三成、大谷の部屋に入り浸る妻茅乃は三成の小間使いと言われている。
当然、三成が殴りつけていたが。

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