戦国婆娑羅 | ナノ

菊慈童ではないにせよ


小生には、半兵衛の小姓である茅乃が男子である事が不思議でならなかった。
半兵衛の部屋に詰めていた夜に見えた、月が照らす細い面に長い睫毛。半兵衛もそうだが、握れば砕けそうな腕。不如帰とは程遠い歌声だが、大鎌を振り回して敵兵を容赦なく斬り捨てる姿は目立つ。

「官兵衛、茅乃はどうなると思う?」

寝ていなかったらしい、家康が囁いてきた。半兵衛を弔ったから、明日には戻るだろう。
調練は欠かせん。

「また誰かの小姓になるのが妥当だな。半兵衛があれほど気に入っていた茅乃だ、頭も切れる。」

血塗れになりながら、鎌を引きずり兵に指示を出す。並大抵の事ではない。
たとえ半兵衛に言われていた事でも、必死になって周りが見えなくなるもんだ。

「そうだな…半兵衛殿からそう長く離れていた覚えもない。」

「茅乃は三成と似て無駄話はしない主義だからな。小生もすげない言葉を聞かされたもんさ。」

どこの菓子が美味い、新しく城下に入った店が女子に贈る物が多い、こんな話は聞きもしない。
繁盛している店の話は聞くが、どうも掴みにくい小姓だ。

「…茅乃の歌だ。」

権現の向く方に耳を傾けると細く高い声。半兵衛を悼んでいるのか。
秀吉と茅乃以外は悔やむ言葉を呟いていた気がするが…戦に限らず、身の回りまで世話を任された側近の茅乃が嘆かないというのは奇妙な話ではあるな。

「泣いている、な。」

いつもは響き渡る声がくぐもっている。鼻声なのだろう。が、家康は首を振っていた。
泣いていない、のか?

「ワシには泣いているようには見えん。泣いてはいたかもしれんな。」

人前で涙を見せん意地っ張り、か。
戦では半兵衛と同様に情けのかけらも無いが、泣いてる暇があるなら殺される。それが戦場だ。五十の首級を挙げた事もあったが、無関心にしか見えなかった。

「官兵衛、見ろ。綺麗だぞ。」

「小生は男を綺麗だとは思わん…」

無理矢理向かされた方向には、蛍が多数飛んでいた。虫だと、忘れるほど綺麗な光景だ。

「綺麗だろう。実は下働きから聞いていたんだ。」

「この為だけにお前さん起きていたのか?」

思わず呆れた。確かに綺麗は綺麗だが、明日も慌ただしいと解っているだろう。小生は眠れないだけで。

「まぁな。罰は当たらんだろう。鶯の歌に、蛍とは季節に合わんがいいもの…あれ?」

「残念だったな、家康。鶯は寝たみたいだぞ?」

帰花の桜にはまだ早く、鶯も夜には鳴かん。淡い紫と黒を纏う、半兵衛の小姓を手に入れられんか。
秀吉に掛け合うか。

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