戦国婆娑羅 | ナノ

最後の一枚


半兵衛さん亡くなりますです。季節的には夏です


半兵衛様が危篤、との事で早馬が城へ来た。秀吉様は動かず、私が命を受け半兵衛様の下へ馳せ参じた。

「半兵衛様ッ!」

「三成様、お静かに願います。」

目の下にくっきりと隈が見える、茅乃。半兵衛様の傍に座り、その小さな手は固く握り締めている。

「侍医はどうした。」

「万策尽きました。残すは半兵衛様のお力のみとの事です。」

半兵衛様の元々白い肌が、次第に赤みを失う。茅乃が何度か声を掛けると、僅かに睫毛が震えた。私も必死で手を握ったまま呼んだ。まだ逝かないで欲しい、秀吉様と半兵衛様は共に在るべき。
その声も虚しく、半兵衛様はお隠れになった。…つい先日天下を取り、病の床から喜びの文を下さったのに。

「…お休みなさい、半兵衛様。」

小さな呟きの後、茅乃は冷静に指示を出し始めた。この子供は、こんなにも的確な指示をどこで覚えたのかと問いすら出来ないまま。半兵衛様の願いを忠実に、花咲く場所へ茅乃が全てを見届けた。私も、呆然と見ているだけだった。
赤く染まった半兵衛様の寝床。飾られた関節剣と戦装束。秀吉様も、刑部も半兵衛様の早すぎるご逝去を悼んだ。
茅乃以外、全員。

「…まずは一つ。」

人気の無い場所で、疲れきった溜め息を落とす小姓。何故、こんなにも大人びて見えるのか。宴で城下にまで届くと私すら聞く、高く朗々とした声を出すとは思えない疲弊ぶりだ。

「三成よ、小姓は疲れておる。構ってやるな。」

…そうか。半兵衛様が危篤と知らせを受け、向かうだけに2日はかかる。その間は下働きと茅乃。隈の濃さが漸く解った。

「刑部、半兵衛様の小姓たる茅乃はまだ元服前の子供だった筈だな。」

「元服してはおらぬな。梟雄亡き今、アレに後ろ盾は無い。太閤は如何されるであろうな。」

全ては遺言書が握る。茶を飲みながら、半兵衛様に茅乃は松永と半兵衛様の墓守でもしようかと下らん冗談を言っていた。珍しく、半兵衛様が声を上げて笑っていらしたが。

「…今は眠ろう。また倒れかねない。」

ふらふらと危なっかしい足取りで、茅乃はおそらくあまり使わない自室に向かったのだろう。涙も出ない程か…既に枯らせたのか。

「体が弱ると狐が憑くのか…?」

「アレに関してはそうであろ。松永久秀の養子、もしや強欲かもな。怖いコワイ。」

茅乃の発案により、天君や毒塵針などの兵器が作られたと聞く。
半兵衛様が桜を見られたのはあいつの薬を飲んだから、とも狂い咲き故に病も惑わせたからとも。


私はまだ知らなかった。何故茅乃の名を覚え、気にかけていたか。自室で嗚咽を殺しながら涙を流していた事も。

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