文句あんのか | ナノ
彼の人が想う君に


街を歩いていて、手首を掴まれた遼は何の気なしにゆっくりと振り返った。

「…タマゴ、何か用か?」

「…頼みがあるんだ、佐々木さんに。」

「中身と報酬次第だな。ちょっとこっち来い。」

大石の手首を掴み、遼は悠々と歩く。カラン、とドアを開けた先には穏やかなジャズが夜には生演奏される昼間は珈琲屋のバーだ。

「俺はいつもの。」

「あ、じゃあ俺はウインナーコーヒーで。」

「珍しい事もあるもんだね、遼君が誰かを連れて来るなんて。」

「安心しろ、ダチじゃねぇから。」

穏やかな空気で遼は平然と大石が言い出すのを待っていた。

「…手塚の様子がおかしいんだ。」

「あぁ、なんかグラウンド走らせるの増えたらしいなぁ。部長の自覚とか?じゅーぶん責任感に毛と手足が生えたみてーなのに。」

ついでにプライドもトッピングされてんな、と遼はブレスレットを揺らした。ごついのに透かしの入った珍しい品だ。オニキスが埋め込まれている。

「…ある意味病気なんだよね。」

「恋患いか?みっちゃんにもとうとう春が来たか。ファンクラブのお嬢さんが嘆きそうだな。」

当たってるんだけど何とも肯定したくない大石。おまちどおさま、とコーヒーが置かれた。ふわりと香るコーヒーは気分を落ち着かせる。のんびりとコーヒーを飲む遼はカチリ、とカップを置いて

「で、俺への依頼は相手を調べる事か?」

「…違う。」

「俺は情報屋紛いだ。何でも屋じゃねぇよ。」

うん、やっぱり俺には無理だと大石は確信した。ゴジラに恋愛ってあるのとすら考えてしまう。

「みっちゃん好みは二組の鹿島さんとか。かなり頑張り屋さんだし。」

逆と言うか、太陽と冥王星並みに遠いんです佐々木さん。ブラックにしなくて良かった…と大石はコーヒーを口にする。そして目をぱちくりさせた。

「蜂蜜…?」

「そうだよ。お兄さんは疲れているようだったからね、私の独断で蜂蜜を使ったんだ。嫌いだったかな?」

「いいえ…とても美味しいです。ありがとうございます。」

「たろじぃはそーゆーの見抜くプロだもんな。」

「年の功だよ。遼君もその内出来る。あれだけ顔見知りがいるんだから。」

「そりゃオヤジに言われてやってみたら楽しかったってそんだけ。」

荒々しい印象が残りがちの遼だが、こんな穴場も知っている。暫く会話を楽しみ2人は店を出た。遼が出た後に、マスターは大石に囁いた。

遼君はね、人一倍寂しがりだから1人にしないであげてくれないかな。老いぼれのささやかな願いだ。


いつも佐々木さんは1人だった。でも惑星が太陽に引っ張られるように、自然と絶妙な距離で佐々木さんと関わる人が居る。馴れ合いは好きじゃなくても、誰かと関わる。…佐々木さんは寂しがりだとしたら、1人の部屋が嫌いなのかもしれない…。鮮烈な入学式。弱者に用は無い。強者を求めその度に叩き落としてきた関東最強…傷を舐め合うなど論外だろうな…。

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