文句あんのか | ナノ
食卓も怖い豊臣軍


夕餉までみっちり、半兵衛の執務を手伝わされながら口調や作法を叩き込まれてぐったりした遼。食事も当然、半兵衛の監視下なので黙っていない者がいる。

「…半兵衛様。何故三成が居られるのですか。」

「三成君は秀吉か吉継君か僕が居ないと殆ど食べようとしないからね。」

すっかり感覚の無くなった足に悲しさを禁じ得ない遼は、嫌な予感をひしひしと察知していた。
女中が運んできた食事は遼基準だと豪華だが、すっかり冷めている。毒味などで時間がかかるから、と言ってしまえばそうだが自炊も可能な遼には不思議だ。

「麦だけじゃない…。」

「姫飯と麦を混ぜるのが豊臣の食事だよ。冷めているのは毒味をさせるから。三成君も食べたまえ。」

こんなに緊張感溢れる食事など、誰も同席したがらないだろう。
上座には半兵衛が座り、三成と遼が隣。無論下座は遼だ。
三成が睨みつけているが遼も睨み返していて、三成の神経を逆撫でしている。

「何故貴様が半兵衛様と夕餉を食す。」

「半兵衛様の命だけど。」

睨み合いながら、即答した遼に眼力が強まる三成。
礼儀作法を徹底的に、と半兵衛の方針は逆らわないが遼の態度が気に入らない。

「とりあえず2人とも食べたまえ。」

「はっ。」

「はい。」

放置していたら一晩中睨み合って居そうな2人に、半兵衛がしびれを切らせた。基本的に、豊臣軍はそれぞれの部屋で食事を取る。祝いの席は集まるが、執務が長引く時もあるからだ。
よって会話は無い。ただひたすらに黙々と食べる。

「…遼君。女子なのだから口いっぱいに頬張らないように。」

「…はい。」

素晴らしく豪快な食べ方をする遼に、半兵衛も三成も冷たい視線を送らずにはいられなかった。どこまで男臭いんだ、と言いたくもなるのだろう。
一般的にはかき込まず、一口ずつ味わう物なのだが。遼は食事も奪い合う、村育ち。早く食べておかわりを狙うのが当たり前だったのだ。

「貴様、本当に女か。」

「女だけど。育ちが違うんだよ悪かったな。」

誠意の欠片も見当たらない答えに、凶王と後に呼ばれる三成の何かが切れた。肌身離さず持ち歩く刀に手を置く。

「半兵衛様、この者を斬滅する許可を私に…!」

「良いわけ無いだろう。遼君の育ちが三成君と違うのは解るだろう?それを教育するのが僕だ。」

子供の喧嘩に近いが、被害が大きくなる事は自明の理である。半兵衛が居なければどうなっていたか、考えたくもない夕餉だ。
遼と言うと、汁物を一気飲みしていたが。焼き魚は骨すら残さず、正に猫が皿を舐めるより綺麗に食べている。

「骨まで食べたのかい。」

「食べないのですか?」

遼が目を瞬かせた。おかずがある事すら有り難く、ご馳走だと言う事を思い出した半兵衛。
食い意地が張っている、と言うよりは本当に育ちの違いだ。
麦と汁物、そして僅かな漬け物が当たり前。稀に魚を採って干したり、祝いに食べるような庶民生活。

「いや、今のは僕が悪かった。一汁一菜が僕らは当たり前だからね。」

まだ豊臣に来て1日も経っていないのだ。差異に気付かせる事も重要。
戦となれば話が変わるが、小康状態が続く現在。遼が戦場を駆け抜ける日は、かなり遠いと断言出来る。

「強い兵を育てるにはより良い食事、ですか。」

「そうだよ。物覚えがいい子は嫌いじゃない。」

それはもう女顔負けの美貌で笑みを浮かべた半兵衛。三成が忌々しそうに遼を睨みながら漸く食べきった。遼の言葉は、秀吉も言う事なのだ。

「遼君、今日は疲れただろう。休むといい。」

「はい。それでは失礼致します。」

一礼し、立ち上がった遼は足の痺れに堪えながら自室に向かった。…半兵衛の病を、いとも簡単に遼は見破ったが口外しないよう言い含めてある。

「三成君も、あまり遼君を睨まないように。知らないだけで今学んでいるのだから。」

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