文句あんのか | ナノ
やる事多い豊臣軍


秀吉には執務、官兵衛は兵の鍛錬などそれぞれ仕事があるとの事で漸く遼は解放されたが。半兵衛による礼儀作法のマンツーマン指導が待ち受けていた。

「あー、足痺れた…何であいつら平気なツラしてんだよ信じらんねえ。」

秀吉は胡座だが、他は全員正座。身分の差と言うものである。
足首を回しながら呟いたのだが、容赦なく半兵衛から関節剣の鞘で頭を叩かれてしまった。

「遼君。とりあえず君は豊臣の兵として秀吉に対する作法から教えよう。女子の作法は後回しだね。」

「…え。」

そんなに覚える事あんのここ。と遼は言いたいが口調で間違いなくダメ出しされる事が目に見えている。
ですます調は使えない訳ではない。堅苦しい言い回しを知らないだけだ。

「それに茶も作法がある。馬にも乗れなければならないし、基本でも兵法は学ぶべきだね。今は安定しているけれど情勢も把握してもらわなきゃ困るし、読み書き出来ないと文すら出せない。」

つらつらと挙げられるやらなければならない事に、遼は軽く眩暈を覚えた。戦うだけが仕事じゃないんだ、と凄まじく今更な事実。
しかし、ふと視線に気がついて天井を見上げた。微かに血の臭いもする、と目を細める。

「どうかしたかい?」

「誰かいる。村で太閤に付いて来た奴か?」

加えて、遼の自宅にも入り込んでいた事は簡単に推察出来る。そうでなければ、遼が女だとあっさり認めないだろうと。
かれこれ五年以上、年齢と性別を間違われ続けてきた切ない過去から学んだ。

「見回りの忍びか。大したものだよ、本当に君は秀吉が見込んだだけある。」

遼を見上げ、素直に賞賛する半兵衛。しかし、遼に感づかれた忍びは心穏やかでは居られない。
ガラス細工のように儚くも輝く半兵衛に、磨き上げられた鋼の強靱さと輝きを体現したような遼。それぞれの美しさに半ば見惚れていたのだ。

「…ま、いっか。半兵衛様に何かやったらって有り得ねー事考えたんだろ。」

「それだけ遼君が脅威的だと言う事さ。素手で僕の首を掴むなんて容易い事だろう?」

「やんないけどやれねぇ事じゃねぇ。脅威的ってどういう意味?」

「…文字を教えてから書を貸してあげるからそれで勉強したまえ。」

戦闘力こそ豊臣でも指折りの武将だが、学はからっきしなのでアンバランスにも程がある。
さっき褒めた自分が馬鹿みたいだ、と半兵衛は眉間に皺を寄せた。

「それに鎧や着物も用意しなければならないね。三成君と同じくらいかな。勿論女子の着物も必要になるだろうね。」

「…半兵衛様。反物があれば縫います。」

村でも身長の近い男からお下がりで着物を貰い、自分で細さを調節していた。全て男物なのには、規格外の長身が関わる。
見た目で損をこれでもかとしていて、嫁のもらい手すら親が諦めた程だ。

「縫えるのかい。」

「俺…私に合う着物などそうそう無いです。」

晴れ着などもってのほか。正月も今着ている一張羅で祝っていたのだ。
村人にオーダーメイドなど手が届くようなものではない。意外そうに半兵衛が見るが、秀吉も似たり寄ったり。以前の友、前田慶次の叔母まつが縫っていた。

「確かに。遼君は官兵衛君と同じくらい背丈があるからね。細身でもある。」

「あ、後厨の場所教えて下さい。」

「…何故だい?」

「茶請けの菓子とか、朝餉とか作りたいんで。」

村でも重宝された程、料理は下手ではない。豊臣の兵が武具を受け取る際は、必ず遼が腕を振るった。
その事を話すと、半兵衛は苦笑を禁じ得なかった。

「成る程。兵がたまに菓子一つに騒いでいたのは君の菓子だったか。」

「お土産に、と何回か渡してます。」

団子に葛切り、饅頭に大福などその時だけ食べられると子供達も争うようにねだっていた。
材料もタダではない。村の平和な一面だ。

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