文句あんのか | ナノ
おいでやす豊臣軍
数日後、遼なりの最も立派な着物…男物だが。を纏い大阪城へやって来た遼。まるで観光でもするかのように城を見上げた。
「こりゃまた立派な。さっすが太閤の城だ。」
「遼、来たか。」
遼よりも頭一つ分大きな秀吉と、柔らかな笑みを浮かべた半兵衛がわざわざ迎え出た。異例中の異例だ、と遼は知らない。
「どーも。足軽一人に太閤がわざわざ迎えてくれるなんてすげぇや。」
「遼君!口を慎みたまえ!作法もロクに知らないのか。」
「…じっちゃんが太閤に言ってた感じなら真似できっけどやんなきゃダメか。まことに申し訳御座いません太閤様。」
こんな感じ?と恭しく一礼する遼だが、付け焼き刃にしか見えない。半兵衛はピクピクとこめかみを震わせている。
「半兵衛、遼には一軍を任せる。作法を教える者を選んでくれ。これでも15の女子だ。」
「…え?」
半兵衛が秀吉の言葉を思わず聞き返してしまった。彼にしてはかなり珍しい事なので、兵も目を見開いている。一軍を任せるのはともかく、女子だとは思えない背丈に声なのだ。
「…太閤様、半兵衛様?に伝えておられなかったのですか?」
「お前を見て、女子とは誰も思うまい。見てから伝える方がよい。」
日が暮れるまで本気では無いにせよ、秀吉と素手で戦い続けた女子など遼ぐらいのものだ。
遼自身も、俺って相当強いんだ。と実感した日であった。
「後太閤様。新入りに一軍を任せるとはよい事なのですか?」
「我と素手で戦う者を足軽にするなど、愚かでしか無かろう。」
そういうもんなのか。と遼は頷くしか無い。一騎当千に万夫不当、国士無双など遼を形容する言葉は色々あるのだ。
「…女子が、秀吉と素手で戦った…?」
「うむ。拳が痺れを覚えたのは久しいな。」
「俺…じゃない。私も痛みをこらえるのに大変でしたよ。」
口調に作法に兵法、教える事はそれこそごまんとあるが、秀吉が久しぶりに手応えを感じた兵が女子。強ければ平民すら取り立てる豊臣でも、これ以上に無い例外だ。
「男子であれば脅威と成りうる国を作ったやも知れぬな。」
「…なんて返せばいいのこれ?」
傍にいた兵に耳打ちした遼に、半兵衛はとうとう叫んでしまった。
「僕が遼君、君に作法と口調と兵法を教える!平民とは言え、秀吉に馴れ馴れしい!!」
「申し訳御座いません半兵衛様。学が無いもので。頑張ります。」
本人は本当に悪気が無い。だが半兵衛には前田慶次を思い出させる、不快な女子だと認識させてしまった。確かに似ていなくも無いが遼と慶次は極端な差が存在する。家柄に性別、常識の有無だ。
畏まった口調や服装など一切知らない遼。今時の若者の典型例、とも言えるだろう。
男勝りどころか男顔負けの力、秀吉が見た鋼色に輝く鋭い目は戦場向けの人間。自分に刃を向けた者へ、欠片も容赦なく土に返した躊躇いの無さは女子にしておくには惜しいと思わせるに充分な強さなのだ。
「遼、部屋に案内させる。その後、お前に会わせたい者が居る。我の部屋に来るよう。」
「はい。…は、半兵衛様…?」
「みっちり、骨の髄まで豊臣に捧げるよう教育してあげるよ。教え甲斐がありそうだね、遼君は。」
不穏な笑みに、些か嫌な予感を禁じ得ない遼。腕っ節は確かに強い。極端な愚か者でも無い。だが、遼は覆せない事実が存在し、男同然に育ったのだ。
「…お手柔らかに?」
耳打ちしてくれた兵の言葉を、そっくりそのまま返した遼。さり気なく、兵士達との間に性別を超えた友情が芽生えたのだった。
後に遼は、兵士達から兄弟のように慕われる。女として誰も見なくなるのは目に見えていた。
一部の家臣からは非常に持て余される、史上最強の女武将。奥州の鬼姫すら凌ぐ鬼気を持つ、と日の本全土に名を轟かす。
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