文句あんのか | ナノ
お得意様豊臣軍


今で言う奈良に、一つの村があった。専ら鍛治を生業とする、一種の職人村。そこでも農作業などはする。大阪の豊臣に、刀を献上し褒美を得るだけでは生きていけないからだ。

「…灯台下暗し、とはこの事だね。秀吉、いつも質のいい刀や槍を売る村の一つにとても強い者がいるそうだよ。兵によれば、岩をも砕く拳に大の男を投げ飛ばすそうだ。」

「ふむ。我が見に行く。国を、豊臣を強く。強き者は豊臣に必要だ。」

半兵衛は華やかな笑みを浮かべ、秀吉に村の場所を教えた。活発艶麗な、一人の娘を豊臣に。

「た、太閤様!?本日はどういったご注文を?」

秀吉自ら足を運ぶなど、村人には驚き以外何もない。先日、武具を売り注文も受けたのだから不思議だ。

「武具ではない。この村に岩をも砕く拳を持ち、大の男すら投げ飛ばす者が居ると聞く。」

「遼!遼を呼べ!!太閤様がお呼びだ!」

遼と呼ばれるのか、と秀吉は違和感を覚えた。男の名にしては妙だ。

「じっちゃん、何か用?また失敗作砕くのか?」

「遼!太閤様の前で何たる非礼を!申し訳御座いません、まだ15の見習いでして。」

「よい。遼、と言ったか。我は豊臣秀吉。お前の力を見せてもらおう。」

遼は目を瞬かせ、チラッと村長を見た。村長はただ頷くばかりだ。

「えーと。んじゃ、少し開けた場所にごそくろー?願えますかね。危ないんで村ぶっ壊しそうだし。」

「構わぬ。口調も改めずともよい。」

「そんじゃ行きますか。じっちゃん、後頼むな。」

爽やかな笑みに、剣呑な光を宿した遼。村長は秀吉の怒りに触れぬよう、ひたすら祈るばかりだ。

「…こんなとこか。太閤、岩砕くだけでいい?」

「他にもあるならば、見せよ。」

それに対し、遼は指折り数えながら今までやらかした事を暴露した。
柱を蹴りで折り、建物を壊す。喧嘩中に見ていた男を投げ飛ばして気絶させる。大工の手伝いは力仕事のみかなり重宝される。山から降りてきた作物を荒らす熊を岩で倒し食べた。盗人を逆に倒し、身ぐるみを剥いで村で農作業をさせる。

「…相手とか色々いるから全部やんのは無理。」

言った事だけでもとんでもない事だ、と認識していないのだ。単に相手が弱いから自分が勝った、と。

「籠手と鎧は外そう。我と手合わせをせよ。」

「そりゃいい。アンタ強いんだろ?俺がどんくらいか解るし。」

そうして始まった秀吉と遼の一騎打ち。互いに馬鹿力だが、リーチは秀吉。速さは遼が勝る。一歩も退かぬ攻防戦が続き、日が沈むまで戦った二人。

「…遼。お前の力を我が豊臣に使わぬか。」

「え?いいの?俺まだ嫁ぎ先も決まってねぇ女だけど?村が無事なら俺行ってもいいぜ。」

「…女子なのか。」

「うん。いっつも間違われるけどな。俺の村じゃ、鍛治やる女は纏めるか切るかやるんだよ。」

全体的に、男としては華奢だが半兵衛も同じだ。三成も。髪を伸ばす男もいるのだから別段奇異ではない。鍛治をやれる女は、そう多くないのだから。

「構わぬ。我の力となるならば男子も女子も強き者を求める。」

「解った。なぁ太閤。腹減ったし一回村帰っていいか?荷物とかあるし。」

ボロボロになった二人、眠くなるのも時間の問題。ただ、秀吉はデカすぎるので帰らなければならないだろう。
遼は読み書きこそ出来ないが、洞察力や悪知恵は一級品である。秀吉に付いて来た忍びまで構えなかったが気付いていた。

「迎えを寄越す。お前は、まことに強い女だ。本田忠勝にも劣るまい。」

「…誰?近場の戦は聞いてるけど、遠くは知らねえし知ってても村人には役に立たないだろ?」

秀吉の最高の賛辞すら、意に介せぬ娘。だが一介の鍛治職人見習いが本田忠勝を知って、どうなるものでもないのは事実。

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