文句あんのか | ナノ
我が親愛なるチェシャ猫


「やっほぅユキチャン。イメトレ順調か?」

ビクッと肩を震わせて幸村は遼を見上げた。見た目は男にしか見えないのに声は高く、しかし恐怖が襲う。

「やぁ、佐々木。音楽を聞いていたんだ。」

「あぁ、クラシックか。何でまぁ高尚な趣味をテニス部関係の連中はお持ちなんだろな。」

「佐々木は好きな音楽とか無いの?」

「んー、色々聴かされたけど好みはヘヴィメタとラップか?あんま興味ねぇ。」

嫌そうに呟く遼はそれだけで病院に居る人々から注目される。フルネームを言った日には、病院での幸村の評判が地の底に落ちるだろう。

「佐々木って本当に謎が多いよね。性別間違って生まれたみたいだ。」

「そりゃ同感だな。同性愛者じゃねーし俺女の子あんま好きじゃねぇ。ドロドロしまくってて。サッパリ系なんていねぇって。」

「佐々木はボコボコにしておしまいにするだろ?」

笑みを浮かべながら遼を見る幸村の目には好意と羨望が宿る。

「ついでにサツに突き出すのは悪質って言うんだろ?俺はどこでも喧嘩買うからな。」

「悔しいなぁ、男でテニスやってたら立海に欲しかったよ。」

「悪いな、あんなちっちぇえコートでちんまいボール追っかける楽しさとか全然解んねえ。ほれ、見舞いの花。」

バサッと幸村に手渡されたのは淡い小さな花が沢山の花束。それに幸村は目を細めた。

「佐々木が買ってる姿が思い付かないや。」

「まーな。ケーキ屋と花屋に似合わない自信はあるぜ。」

口だけで笑う遼に幸村は目を逸らして花束を見つめながら指を立てた。

「後は女の子が好きそうなお店とか美術館とか。」

「だな。似合う場所が少ねぇし。昼間は特に、な。辛気臭いツラ、部員に見せんなよ?愚痴なら聞いてやるぜ?」

クスクスと幸村は笑った。

「佐々木、重要な項目を忘れてるよ。気が向いたら、だろ?」

「大前提じゃねぇ?病人から聞ける情報はあんまねぇからな。医学興味ねぇし俺が欲しいのは生きた情報だからな。ユキチャンは情報によれば治る見込みあるし諦めんなよ。諦めたら俺が息の根止めてやる。安心しろ、一撃であの世に送ってやっから。」

わしわしと幸村の頭を撫でる手は乱暴で男のように大きい。

「最高の脅しだね。でも…ありがとう。佐々木に会えて良かった。こんなに怖くて心強い女と知り合いってちょっと自慢だよ。」

「ユキチャンはホントいい子ちゃんだな。物好きすぎんだろ。」

「本心だよ。遼って呼んでもいいかな?」

「みんな適当に呼んでるからな、好きにしろ。俺だって勝手に呼んでるし。」

「遼は俺の王子様みたいなものだから。」

「うっわ鳥肌立った。王子様とかありえねーよ。ユキチャンの方がお似合いじゃねー?」

「それじゃあチェシャ猫かな?気紛れで道を教えてくれる。」

「ユキチャンがアリスとか痛いぜ。ファンが泣くだろ。」


他愛のないお喋り。でもこの大きな猫は寂しい時や辛い時に忘れさせてくれる。俺の思い込みでも、ね。

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