理系バカと呼ばれ | ナノ
淡く儚い恋心




慢性的な睡眠不足、と言ってもいい生活を送る香奈は電車通学である。1メートルをゆうに超える長い髪は嫌でも目立つ。
艶々とした髪の真相は、知らない方が幸せだ。

「あ、おはようさん香奈ちゃん。」

「おはよう忍足君。」

電車に乗り込むと、香奈は毎回忍足に挨拶をされる。だが互いに本を読むか論文を読むので、会話は無い。小柄な体格なので、忍足はさり気なく香奈を庇う。
制服で見て判る程、豊かな香奈の胸は、ラッシュ時に餌食となりかねない。
標準服をきっちりと着こなして、ひっきりなしに紙をめくり続ける香奈を忍足はこっそり見る。どこもかしこも細く、握っただけで折れてしまいそうな華奢な体躯。
氷帝で知らない者は居ない奇人。ミーハーなところは全く無く、媚びも売らないしこれだけ近くにいても、詮索しない。居心地がいいと自覚しているが、香奈がそう見る事も無いと理解していた。
香奈が求めるものは、研究対象。あらゆる生徒からテスト結果などを聞き出し、理論を作り上げる。
個人的な関わりを、誰に対しても欲さない。

「…報われへんわ。」

小さく、忍足は溜め息を吐いた。視点も、見るところも違いすぎてこの僅かな時間しか共有していない。それでも2年以上、同じ電車で登校しているのだ。
出会いは偶然。しかし香奈は、いつも同じ車両に乗るから忍足も少し待ちわびていた。
詳しく知らないから、ここまで思い込める。香奈は単に一番近い車両に乗るだけなのだから。

「不確定性原理使わずに〜証明出来るよ〜?」

紙の束をめくりながら、忍足には理解出来ない独り言を言うのも毎朝の事。聞くに聞けない。
中学校1年にして、教師が度肝を抜いた自由研究は有名な話。更に同姓同名の、最年少ノーベル物理学賞受賞資格を持つ人がいるとの噂。それが当の本人だと、教師の一部しか知らない。

「香奈ちゃん。着いたで。降りよ。」

「有難う、忍足君。」

小さく笑う香奈を見られた事、今朝の収穫はこれだけだと忍足は春風に揺れる香奈の長すぎる髪を見て、朝練へ向かった。香奈は朝の静かな教室を好むので、校内では殆ど話さない。
重たそうなカバンを持ちながら軽快に歩く香奈に、淡い恋をしていたが後にそれは幻想だったのだ、と忍足は撃沈する事になる。

「侑士、何か機嫌いいな。なんかあったのか?」

「教えへん。」

自慢気に言う忍足に、向日は騒いでいた。
向日と宍戸は、香奈と接触を試みて会話を何とか、成立させている。
滝が最も付き合いが濃い事は知らない。

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