理系バカと呼ばれ | ナノ
ダメじゃん法律無視しちゃ
跡部が金の力で、香奈の知名度も使ってハブを与えたのはともかく。
香奈は中学生の斜め上を行く。その被害者は、佐伯だった。
「A、変化なし。ショウジョウバエが減少、巣は維持。B、活発化。交配期の為オスの痕跡を探している模様。C、夜間にラットを嚥下以来ほぼ動かず。」
殆ど英語で言っているので佐伯にはよく解らない。だが、長居したくない空間である事に変わりは無い。
藪の中を再現したようなケージを前に、ひたすら呟いているのだ。
「…信濃さん。何をやってるの?」
「セアカゴケグモのAちゃん、セグロゴケグモのBちゃん、ハブのCちゃん観察だよ〜?」
無理やり振り向かされた香奈は、あっさり言ってのけた。自分以上にフリーにしてはならない香奈は、あらぬ方向に吹っ飛んで行く。本人に自覚は無い。
「あーちゃんとべーちゃんとつぇーちゃん?」
「うん〜。ドイツ語のABCだよ〜。」
ネーミングセンス皆無。寧ろやる気の欠片も見当たらない。…クモにエリザベスなどと付けないだけまだマシなのだろうか。
「…買ったの?」
「ハブは景吾君が〜。セアカゴケグモとセグロゴケグモは〜現地の研究所から貰ったの〜。」
そのクモが危険な生物だと知らなくとも、香奈が飼っている時点で危ない。色んな意味で。
佐伯は深い溜め息を吐き、会長跡部に連絡したのだった。香奈はぼんやりと、ケージを眺めているように見える。
限りなく生息地に近い、箱庭を再現しているのだ。
「香奈!レッドバックウィドウとブラックウィドウなんざ飼って誰暗殺すんだ!?」
どちらもクモの別名であるが、暗殺とは穏やかではない。血清もあるのだから簡単には出来ないだろう。
香奈も首を向けさせられたが不思議そうだ。
「跡部、何それ。」
「クモの英語名だ。香奈、答えろ。」
「暗殺じゃなくて〜ゴケグモ類の相似点だよ〜?」
芸術的ですらある、セアカゴケグモの巣。
ゴケグモ、とは後家を意味する。夫を亡くした女性を指すのだ。交尾を終えたオスを食う、クモの習性である。
「信濃さん、いい子だからもとあったところに返してきなさい?」
「または今すぐす…」
「す?」
捨てろ、と言いかけて自重した跡部。こんな危険極まりない生物を捨てては、大騒ぎになる。下手をすれば越冬しかねない。
「いや、何でもねぇ。…ブラックウィドウはどこからだ?」
「カナダ〜。Aちゃんはオーストラリア〜。」
「…ねぇ跡部。信濃さんって世界中に知り合いいるの…?」
誰にも否定出来ない、確信めいた嫌な事実。
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