螢惑は芥子に眠る | ナノ
長袖は暑いです


比嘉の面々が見ているとは言っても、見ているだけである。
満はポケットから財布を取り出し、自販機を見て赤也と暑苦しくいちゃついていた。

「赤也スポーツドリンクでしょ?私何にしようかな。お茶かスポーツドリンクか悩む。」

「俺ペットボトル。」

「えぇっ!?聞いてないし言ってないよ!」

「一本だから。」

見事なまでのスルー具合である。それに不快感を覚えるな、と言うのは中学生に酷な話だ。

「やー、何したばぁ?」

「は?」

甲斐の声に、満が振り向くも。
訛りには疎い満が理解するのは難しい。赤也も不思議そうな顔だ。

「スポーツドリンク買っとくな。」

「あ、うん。…すいません聞き取れなかったのですが?」

「あなたは何をしたのか、と聞いたんです。」

「走っただけです。」

音を立ててドリンクが落ちる中、満は木手に会釈していつも通りの笑みだ。その笑みがどれだけ怖いか、知る者はこの場に赤也のみである。

「走っただけで、本当に気付いていないとはどういう事ですか?」

「どういう事もそういう事なのですが。皆様、何か武術をされていらっしゃるようで、私が勝手に赤也と賭をしただけです。」

「…あなたも何か武術をしている、と?」

「武術…ではないと思いますが。受け売りですが、実戦向けだそうです。」

比嘉の怪訝な目に、満も困った笑みで説明する。
幼い頃から叩き込まれた事を、見ず知らずの他人にあっさり教える義理も無い。そして理解を求めるには余りにも難しい。
満のタガが緩みがちな最近は、赤也だけではなく立海レギュラー全員と、手首が捻挫するまで打ち合っている。

「…実戦?何の実戦?」

「刃物を使いますから。剣道ではありません。」

知念の目にも、全く怯まない。しかしじゃあ何の実戦だよ、と言いたいが刃物を使う武術ではないらしいと言う少女だ。
先程、呆れたような口調で明らかに比嘉を馬鹿にしていても。

「刃物を使う、実戦向けで走っただけ?説明になっていませんよ。」

「訓練で足腰を鍛えるのはあらゆる武術の鉄則ではありませんか?あなた方に、私の移動が見えるか見えないか。それを賭けただけで…あ!赤也それ私の!」

「喉渇いて。満話長いから暑い。」

「私だって暑いよ?真夏にジャージだし。」

説明していた満だが、赤也と騒ぎ始めてしまった。水分補給は当たり前、しかし中学生のお小遣いである。満が文句を言うのも不思議ではない。
田仁志が、満の肩に手を伸ばした瞬間。全員が満を見ていた。

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