螢惑は芥子に眠る | ナノ
いい仕事しました


形容するならば、あまりに禍々しい神憑った空気。神聖とは対局にありながら目を逸らせない存在。

「有難う御座います。支えになるものに掴まるか、または座って下さい。…腰が抜けるか身動き出来なくなりますから。」

その満の笑顔は、全員に背中に冷や汗を流させた。万年筆ではなく、満の祖父愛用のナイフを両手にずらりと握っている。
気付くには空気が重すぎたのだ。リストバンドは変わらず、満は神尾と杏を見据えて殺気を露わにした。

「参ります。」

言葉にならない。
神尾と杏は、満が居た場所を見ていた。しかし姿の見えない満から放たれる、微動だに出来ない圧倒的な緊張。
柱に掴まっていた丸井がズルズルとへたり込む。涙が溢れそうなのに、許されそうにない。鼓動だけが許されているかのような、有り得ない錯覚。

「満!!」

「大丈夫、刺さないから。ね?怖い?」

ある程度耐性のある赤也が叫んだ時。満は橘の右目へ万年筆の先を向けていた。片手には、大量のナイフを握って。
杏、神尾、石田は激痛に叫んだ。橘は呼吸すら出来ない。
満が両手を下ろして、終了を告げると満以外の全員が膝をつき、嘆き、喚いた。

「…そんなに怖いものなのですか?怪しまれそうなくらい、盛大に泣いてらっしゃいますが。」

凍てつくような目は、傷だらけの神尾と石田に。杏は傷こそ小さいし深手ですらないが、激痛を与える切り方を贈られた。

「赤城は、これが当然だったのか?」

「まぁ、はい。真田先輩すら腰が抜けるとは意外でした。加減が解らなくて、やりすぎましたか?」

「こ、このくらい、やんなきゃ、あいつら、解んなかっただろう、ね。」

幸村すら、まだ震えが止まらない。赤也と三強は会話可能だが、他は未だに動けないと言う異様な状況。
満が原因だが、原因には解決出来ないと言う厄介な事態だ。かと言って放置する事は出来ない。

「一応解説を。神尾君と石田君は派手ですが貧血にはなりません。橘さん、あぁ妹さんは暫く痛みと日常的にお付き合いを。目立たない傷ですから。」

「橘は、万年筆だけか。」

「選手生命は、奪わない約束ですから。真贋を見極められない目は要らない、とまでは言いません。」

「満、怖いから。片づけどーする?」

「落ちてないか、微量なら誰も気にしない。本気でやったから味見しそこなったよ。」

座り込んでいたので、未だに回復しない面々を省みずイチャイチャし始めた。柳と幸村は別の意味で、泣きたくなった。
こんな光景に慣れてしまった自分が情けない。

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