螢惑は芥子に眠る | ナノ
妙な優しさが怖い


立ち直った青学メンバーは愕然と満を見た。
王者立海レギュラーすらも凌ぐ足の速さ。更にレギュラーと同等にランニングをこなせるようになっているのだ。
化け物にしか見えない。

「…人を珍獣のように見ないで頂けます?トレーニングの結果ですから。」

「満んちの怖いって。包丁飛んでくるし。」

「それDVじゃね?」

丸井のごもっともな意見だが、満は手合わせ以外傷一つ負わず、元気に走り回っている。

「皆様へのストレスを考慮して詳細は伏せますが、違うとだけ言わせて頂きます。」

「そうじゃな。詳しい事は知らん方が幸せじゃ。」

「それはそれで気になるんだけどな。」

「不二、死にたいの?」

にっこりと美しい笑みを浮かべた幸村に、満のやり方を知る海堂と河村が青ざめた。

「幸村君、それでは伏せた意味が無いでしょう。」

「柳生が一番ダメだろ。」

「と申しますか、海堂君と河村さんは私の手を見た筈なのですが。」

手、と言われて青学メンバーは思わず赤也と繋がれた小さな手を見た。目にも留まらぬ早業を繰り出すなどとは、全く予想すら出来ない手だ。

「…普通の手、だな。」

「手塚、そういう話ではなく切り方の話だ。」

冷静に柳が告げたが、知らなければそう思うだろう。見る者が見れば、切った人間が知り合いかさえ判る。満と母は夥しい数を見続けている証でもある。

「見えない何かを使って、血まみれだったッス。」

「え?俺の時は…阿久津が傷だらけで。赤城さんを睨んでたけど…全然血なんて付いてなかったよ?」

「阿久津が傷だらけ!?」

暴力沙汰を起こした怪童阿久津。明らかに満は不利な体格だ。その状況さえ思いつかない。

「ちゃんと種も仕掛けもある切り方なのですが。」

「満、無かったら余計怖いから。」

しかし、実演は流血の掟に背く。ましてやここは立海で、凶器は無い。

「とりあえず、手塚達の用は終わったよね。こっちも予定があるから、これ以上赤城さんに関わると間違いなく不幸になるよ。」

「満に手ェ出したら、俺も黙ってねぇから。」

赤也は思い切り睨んでいるが、満は穏やかに見ているだけだ。それがどんなに恐ろしいか、立海レギュラーはよく知っている。
情けを掛けないと断言した有言実行を旨とする、凶悪犯の子孫なのだから。

「では、行くとしよう。」

「真田先輩、私のカバンは…?」

「いーじゃん持ってて貰えって!」

「あ、そうだ。青学の皆様に一つ。スポーツに於いて私は口出ししません。関東大会を楽しみにしております。」

負けたから、と満は腕を振るわない。脅迫に警戒するだろうとの気遣いだったのだが。
青学メンバーはまた顔面蒼白になりながら帰った。

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