螢惑は芥子に眠る | ナノ
未だ耳に残る声


店に向かい、ハーブティーやコーヒーが所狭しと陳列された店内で、和気藹々と話す中学生達。
全員の共通点は両手首のリストバンドと、些か目立つだけだ。知らない者が見れば微笑ましい光景だろう。

「へぇ、凄いな。このドッグローズの鉢植え欲しいかも。」

「幸村部長、知人割引してくれるって満が言ってたッスよ。」

店主の夫妻は満達にお勧めハーブティーまで振る舞いながら、限り無く趣味に走った店だと語る。赤也以外は楽しく談笑して、また来ますと言い残し帰路に就いた。
それまでは良かった。
視線に満が振り向けば、テニスウェアを着た石田と神尾、そして満に絶縁宣言をした杏が睨みつけていた。ゆっくりと満は微笑んで見上げる。

「…どうしますか?幸村先輩。柳先輩。」

「近いのは知っていたが、赤城は遭遇率が異常に高いようだな。」

「何もしなければ何もしない…長居は無用だし帰ろう。」

「ッスね。満、今日母ちゃんがレシピ教えて欲しいから晩飯おいでって。」

敗者には情け容赦無い、不敗神話を破られたとて王者は王者。満の肩を抱き、庇うように赤也は歩き出す。柳と幸村も同様だ。
揶揄どころか、一瞥すらしない。そして何事も無かったように満が口を開いた。

「急なお誘いだけど、お母さんに連絡するね。多分赤也のお母さんがしているとは思うけど。」

「赤城満!!」

いちゃいちゃし始めたバカップルに、怒鳴りつけたのは杏。まるで僻んでいるようにさえ見える。
不機嫌も露わな赤也と、呆れたように笑う満が振り向いた。柳と幸村は小さく溜め息を吐く。

「何でしょう?」

「私はあなたを許さない!アキラ君に怪我をさせた事を忘れない!」

「「だから何です?」…と赤城は言う。神尾、お前はかなり運がいいとも教えよう。」

は?と言わんばかりの神尾と石田。しかし杏は怒りが収まらないようだ。
満の洗礼を知らず、ましてやその腕前をほんの少ししか見ていないのだから。

「赤城さん、見た事は言っていいかな?」

「どうぞ。尾鰭は付けないで下さいね。赤也も肩痛いから緩めて。」

「あ、悪い。痛めてないよな?」

無意識に力を込めていた赤也は、満から手を離さず緩めた。幸村は穏やかな笑みのまま、おぞましい事を話した。

「赤城さんはね、俺も見た事だけど万年筆一本で神経ぐらい切れる人だ。」

「試合が出来ないようにするのは朝飯前、満にちょっかいすんな。」

「そして短距離は立海最速だ。部長の橘に話しても信じない確率は93%、どうしても守りたいなら壁にでもなる事だ。」

「皆さん好き勝手言ってくれますけど、そんな事しても楽しく無いです。」

やれやれ、と首を竦める満に不動峰の3人は睨む力を強めた。赤也と橘の試合を楽しげに見ていた、立海の女子。
その程度の認識なのだ。

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