螢惑は芥子に眠る | ナノ
逃がしはしない


両利きの満は、恐るべき反射神経と身軽さで巧みな技を繰り出す。
見て盗んだ、立海レギュラーの技や青学メンバーの技をアレンジする満は、底知れない才能に溢れていた。

「は、速ぇ…!」

「初心者には、見えないわよね…。」

桃城と杏は呆然と、立海レギュラー相手に打ち合える満を見る。だが、神尾は違った。
速さを売りにするから、負けられない。満に張り合って、トップスピードを維持していた。
橘が居れば、諫めたであろう無茶だ。

「リズムに乗るぜ!」

「恥ずかしくないの?」

軽口を叩く理由は、安易に本気にならないよう戒めも少なからずある。挑発、と受け取ってもおかしくない真似だ。
その道の玄人であるが故のプロ根性、とは知る由もない。

「英二先輩と不二先輩混ぜるとかアリか…?」

「教えてねって、言ったじゃない。どこまでが普通なのか、解らないのよ。初心者だから。」

そっちの意味かよ。と桃城は満をジト目で見た。王者立海を震え上がらせ、不二すらも敵に回せないと断言せしめた満。
高すぎる能力が異常だと知っても、普通を知らない。悪夢のような一瞬を見た桃城は、その重大さが解る。

「…どっから教えたらいいんだよ。」

そもそも、桃城は関東大会覇者である青学。それを基準にされては困る。
守備範囲が常軌を逸した満に、普通追いつかないと自分基準では名が廃る。

「勝っちゃった。」

「勝っちゃったじゃねぇよ化け物!切原の趣味疑うぜ!?」

「神尾、止めろ!」

「そうよアキラ君!女の子に失礼!」

そんな生易しい問題ではない、と桃城が知っているだけマシだ。ただ、満は笑みを消す。誰しも化け物と呼ばれていい気はしない。ましてや、赤也のような畏怖ではなく暴言だ。
侮辱に耐えられる程、満も大人では無い。

「桃城君、お望み通り実物を見せるわ。」

「赤城…!?」

風が吹いた。満以外の全員はそうとしか見えない。だが、神尾の頬に赤い筋が浮かんだ。満の右手には、ラケットが握られている。
凶器は別にあるのだ。

「これが、私を桃城君達が怖がる理由よ。神尾君も、綺麗な色ね。…それじゃ、電車に間に合わなくなるから帰るわ。」

酷薄な笑みに、僅かに陶酔の色を浮かべた瞳。呆然とする三人を残して、満は荷物を背負い神奈川へと帰った。
満に対する恐怖を思い出す桃城、傷の痛みすら忘れ、混乱に支配された神尾と戸惑いしか無い杏。大騒ぎに至るまでそう時間はかからない。
言わなければならない、と桃城は蒼白な顔で2人を見た。

「神尾…お前、立海を敵に回したぞ。赤城、テニス部と関係深いからな。怪我、手は抜いてたみてーだけど。」

幕開けまで、秒読みとなった。

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