螢惑は芥子に眠る | ナノ
悩める戦乙女


文房具を柳にリストアップさせた上で、幸村は念を入れて満にくれぐれも万が一の無いように、と切実な願いを告げた。そこは満も同意する事なので、あっさり聞き入れたのだが。
練習場所に悩む羽目になっていたのだった。

「的が必要だし、仕留めないようにしなきゃいけないからお母さんは絶対協力してくれないよなぁ。」

エコバッグに自費で買い込んだ文房具を詰め、溜め息混じりに歩く姿はどこにでもいそうな少女だ。柳推薦の店まで遙々都内まで出向き、悩みつつウィンドウショッピングをしている。

「…あ。これ赤也と同じラケットだ。」

何気なく目を向けたスポーツショップに、ディスプレイされたラケット。満は自分のラケットを持っていないが、赤也の愛用ラケットは見慣れたものだ。
想像以上の値段に、ゲーセンで思う存分遊んでいる赤也がどんな手を使って買ったのか、と半ば現実逃避している。

「…私も買ってやるべきなのかしら。」

バカップルだが、勝負となるとお互い負けず嫌い。満が本気になると、高確率で赤目モードとなり止めに入るレギュラーがいる。
難しい顔をしながら、ラケットを見つめる満に勇者が声をかけた。

「あなたもテニスをするの?」

「え?あ、はい。彼氏の相手しかした事はありませんが…借りてばかりなので買うべきかと。」

恥じらうように俯く満は、見覚えがあると冷静に判断していた。それもその筈、橘杏である。

「へぇ…彼氏さんは上手なの?」

「そうですね、一応レギュラーですから下手ではありません。ただ、私は両利きなので後日先輩に聞いてみようかと。私には練習しなくてはいけない事もありますから。」

「それじゃあ、私のラケットを貸すから練習してみない?」

その練習ではない。だが人に言えるような事でもないので、満は答えを一瞬思案した。

「…お誘いは有り難いのですが、私は神奈川から来ていますので帰らなければいけないのです。」

「神奈川?有名と言えば王者立海よね。私の兄が二年生に負けちゃったけど、知ってる?」

知ってるも何も現場で見てました。とは言いにくい。レギュラーである、そして相手をしていると来れば強いと間違いなく思われるからだ。

「はい、今年は関東大会で青学に負けましたね。えっと…準決勝は不動峰、でしたか。」

「そうそう。私は不動峰の二年よ。」

「私も二年です。赤城満と申します。」

「同い年なら、別に敬語なんて要らないわ。宜しくね赤城さん。」

女の子の話は、長い。更に話が飛んで行く。
満は否が応でも、愛想笑いを浮かべながら杏の話を聞く羽目になった。

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