カルト・ゾルディックは暗殺一家ゾルディック家に生まれ生まれながらに人を殺して生きている。
親の、兄の、この一族の為に殺す。
それが全てで、それが当然で、それ以外の生き方は無い。そうする以外に僕に居場所はない。
殺すことに意味があるわけではない。
殺さない人形に意味が無いのだ。
ゾルディックにとってイラナイ。
それは同時に自身の死を意味する。
だから僕は言葉を殺し、意思を殺し、感情を殺す。
「僕は、人形」
「………」
手を握る目の前の人は何も言わなかった。否定も、批判も、贔屓も、ただ優しく手を握っただけだった。居場所がないと言ったこの人と、居場所を守る為に自分を殺す僕と、
何が違うのだろう。
こんなにも言葉も、意思も、感情も豊かで、幸せそうにみえる彼女にも、居場所がないなんて。
同情でもなんでもない。羨ましいのかもしれない。妬ましいのかもしれない。でも僕にはそんな感情が無いから、わからない。
「もう夜が明けるね」
「…そうですね」
やっぱり何も言わなかった。そう思うと同時に何かを言って欲しかったのか、と自分で自分の感情に驚いた。
繋がれたままの手から伝わる体温が暖かくて、振り解こうとすればすぐにでもできるはずなのに、なぜだかそれはできなかった。
心を許すことは出来ない。
心を曝け出すことは出来ない。
踏み入れられてはいけない。
踏み入れてはいけない。
「(だけど、暖かい…)」
その手だけは離せなかった。
最初は兄様の連れてきた女だったから、愛人だとか婚約者だとかそういうモノだと思って嫌っていた。
でもそれは全然違って、少しの間一緒に居てもこの人の事はよくわからない。普通の人にもみえるし、戦っている間は底知れない何かも感じる。空を見つめていた瞳がこちらを向く。明るみ始めた空の光が映ってキラキラと綺麗に輝く黒色。
自分の何も映さない黒とは違う。
純粋に、綺麗だと思った。
―この感情もイラナイ。
感情を消す事がもったいないと思ったのはこれがはじめてかもしれなかった。もう一度だけ心の中で「綺麗」と呟いて、すぐにその感情を消し去った。もう二度と思うことはないだろう。
「体も冷えたし、そろそろ戻ろうか。」
「…そうですね」
「もう十分休んだし、また修行よろしくお願いします」
「はい」
いつも通りに無感情に返事をする。
何故か悲しそうな表情と一緒に少しだけ嬉しそうな表情が見えた気がして、あれ、と瞬きをする。どうしてそんな表情をするのか理解できなかった。でも理解しなくてもいい、とすぐに捨てた。
「じゃあ、おやすみなさい…は可笑しいか。またあとで」
「はい」
一人になって屋敷の中をいつも通り歩く。繋がれていた手はすでに冷たくなっていた。
「カルト」
「っ兄様」
パッと顔をあげると目の前にイルミ兄様が立っていた。ロルベリアの屋敷で倒れてから会うのは初めてで、無事であることの喜びと不甲斐ない自分への後悔で少しだけ感情が揺れ動く。
「もういいの?」
「はい」
「そ。……俺が言うのもあれだけど」
「はい」
「ゆあにあまり関わると、ダメだからね」
「はい」
思いもよらなかった言葉に、さっきまで繋がれていた右手にじんわりと汗をかく。
「ま、カルトは大丈夫だろうけど」
「はい」
「関わって、もし変化があるようならゆあを殺さないといけないからね」
さらり、とそういった言葉に
ああなるほど。と納得した。
「(彼女は本当にこの世界に居場所がないんだ…)」
それでも彼女は笑うのだろう