くろあか | ナノ

 五十一話 わたしと彼と



居場所のないこの世界



「ん…」

ぱちり、と目が冴えて起き上がる。ぼーっとする意識の中あたりを見渡すと、カーテンの隙間から月が見えた。

どうやらシルバさんが来てからそのまま休み、いつの間にか夜になるまで眠っていたようだ。すっかり身体の痛みや気怠さが消えていて、ぐぅとお腹がなる程度に元気になっていた。

(お腹空いたけど…この時間じゃあ…)

何か作ってください。と図々しくお願いできるような立場ではないし、朝が来るまで我慢するしかないか…と諦めながら立ち上がった。

軽くシャワーを浴びる。余計にお腹が空いてしまったが、さらにもう一眠りともいかないので動ける格好に着替えてしまう。

今まではあまり夜に出歩くことはなかったが、部屋に居ても暇だしと静かに気配を消してそうっと部屋から出た。

「…わ」
「!」

誰にも見つからないように森を散歩でもしようかと思った矢先、部屋を出てすぐにメイドさんと出くわした。

(…見つかるの早すぎでしょ!)

この屋敷に使えているメイドさんや執事さんで自分の事をよく思っているような人はおらず、どの人にも他人行儀に機械的に接されていた。

だから今回見つかってしまったのも何事もなかったかのようにスルーされるか、お部屋にお戻り下さいなんて言われてしまうかな…なんて心の中でため息を吐いた。けれどメイドの反応はゆあの予想とは違っていた。

「ゆあ様!もうご気分はよろしいのですか?」
「えっ、あ…は、はい…!」

昨日までとは違う反応に驚く。いつもなら無表情に言葉を発するだけのメイドさんが、心配そうに言うものだからびっくりして言葉が詰まってしまう。

(な、なになに?!)

「お食事まだでいらっしゃいますよね?何かお召し上がりになられますか?」
「えっ、あっ、いえ!だ、大丈夫です!」
「そうですか…もし何か御座いましたら遠慮なくお申し付け下さいね」
「あ、はい…ありがとうございます…」

では…と言ってお辞儀をして去っていくメイドさんの後ろ姿を眺めながら、ゆあは呆然と立ち尽くしていた。

「…態度変わりすぎでしょう…」

昨日までとは打って変わったような態度。シルバさんが言っていた事を思い出したが、あからさまに変わりすぎだし今まで機械的にされていた分こうやって丁寧に対応をされるとなんだか逆に怖くなってしまう。

びっくりしてお腹が空いていたのに食事も断ってしまった。

「…素直に喜べないなぁ」
「勘違いしてもらっては困ります」
「!?…び、びっくりした!いきなり後ろに立たないでくださいよ…」
「廊下の真ん中で立ち止まられてはこうなるのも自然です」
「あ…ごめんなさい…」

いつの間にか背後にゴトーさんが立っていて、相変わらずの硬い表情で淡々と告げられる。

ゴトーさんにも何度か修行を見てもらっているが、負けっぱなしのやられっぱなしだ。ヒソカさんやイルミさんとは違った威圧感があって、強い。この人が少しでも息を荒げたり、少しでも表情を変えたところをわたしは未だに見たことがなかった。

(あのイルミさんでさえ、表情が変わるのに…)

「あまり度が過ぎないよう」
「へ?」
「少しばかり仕事で成功したからといって、調子に乗るな。という意味だ」

ゴトーさんの口調が丁寧なものからあからさまな嫌悪と威圧感を含めたものに変わる。イルミさんに私の事を客人として扱え、と言われている以上普段は敬語や丁寧語で接してくれているゴトーさんだけど、イルミさんやゾルディック家の人間が居ない時、修行の時なんかはこういった”邪魔者”扱いされるのが普通だった。

わたし自身も偉くもないのに畏まられるよりは、こうやって素直な感情をぶつけられた方がいい。

「…なんかゴトーさんがいつも通りで少し嬉しいです」
「………」

そんな態度になぜかホッとしてそう言うと何を言っているんだこいつは。というような視線が突き刺さった。でもわたしはさっきのメイドさんのように急に態度を変えてこられるよりも、いつも通りのゴトーさんに安心したのだ。

「ゴトーさんはゾルディック家が本当に好きなんですね」
「…脈絡がなさすぎる」
「いえ、なんていうか…わたし居候ですし、ゾルディック家にとって邪魔者ですもんね」

急に現れて屋敷で暮らし初めて、自分が仕えている人が連れてきた人間だとしてもこんな子供で、女で、しかも特別強いわけでもなければ誰だってゾルディック家にとって良くない。と思うだろう。

そんなことは自分が一番よくわかっている。

「……本当に変なやつだ」
「あはは、よく言われます」
「森に行くのはいいが、あまり動き回るな」
「はい」

森に行こうとしていたのもバレてるし、釘を刺されてしまったので少しだけ夜風に当たるだけにしよう…。と考えながらゴトーさんに背を向けて森へと歩き出した。



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