くろあか | ナノ

 三十六話 来訪者



わたしはいつだって
いまだって、これからも

きっと守られながら生きていく


「ゆあ」
「っイルミさん!」

夕暮れ時。いつものように喫茶店「アンブレラ」で
アルバイトをしていたわたしは突然の訪問者であるイルミさんに驚いた。机を拭いていた手を止めて入口へと急ぐ。

「お久しぶりです!」
「ん」

この間の仕事ぶりだから一週間ぶりくらいかな?いままでに比べると久しぶりでもないけどそれでもイルミさんに会えたのは嬉しい。

イルミさんの傍に寄ると頭を撫でられた。よしよし、なんて言われる。…イルミさん絶対わたしのこと妹っていうよりは動物扱いしてる気がする。まあでも撫でられること自体は別に嬉しいので素直に撫でられておくけど。

「どうしたんですか?」
「会いに行くって言ったよね」
「そうですけど…お店のこと知ってたんですね」
「ヒソカに聞いてたからね」
「なるほど。寒いから中へどうぞー」
「ん?ああ」
「あ!イルミさん、モアさんにわたしがヒソカさんの仕事を手伝ってることは言わないで下さいね」
「なんで?」
「え?えーっと…」

なんでって、殺しの手伝いをしてるなんてモアさんには言いたくないからだけどイルミさんにそれを言うのはどうなのかな…だってイルミさんは生まれたときから暗殺者として人殺しを生業にしてるわけで…

あ、そうだ。

「ヒソカさんと同じって思われたくないからです!」
「……ゆあってたまにひどいね」
「そうですか?」
「うん。悪意ないのがよりひどい」
「…ごめんなさい?」
「まあいいけど」
「いいんですね…」
「念のことは?」
「それは知ってます。ハンターになりたい、って話したこともあってその流れで一緒に…」

ハンターになりたいんです!とモアさんに話したら最初は無理無理と笑われてしまったものだ。「偉そうに言ってるわたしも落ちたけどね」なんてモアさんは笑っていた。

モアさんでも苦労するんだから本当にハンター試験って難しいんだなーと、関係ないことを考えていたら頬がじんじん痛んだ。ん?と意識を戻すとイルミさんがいつもの無表情のままわたしの頬をむにむにとつまんでいた。

「…なにひゅるんれふか」
「柔らかいね」
「たのひまないれくらさい」
「なんか考えてたから」
「……う」

このすぐに考え事をし始めるくせと、考え事をしてる間周りが見えなくなるのも直したいなって思ってはいるんだけど…。って!また考えてた!

「とりあえず、言わないで欲しいんです…」
「うん。わかった」
「ありがとうございます!…あれ、そういえばイルミさんはモアさんと知り合いなんですか?」
「いや、俺はちがう」
「俺は?」
「親父たちは何回か仕事頼んでたけど」
「イルミさんの、お父さん…?」
「今度家に来るでしょ」
「え、あ…はい」
「そのときに紹介する」

え、紹介とか怖いからいいんですけど。疑問形じゃなくて決定してるみたいに言われて否定もできずにとりあえず頷く。ヒソカさんが怒るだろうなあ…

イルミさんのお父さん、どんな人かな?やっぱり暗殺者だからすっごい怖い人なのかなあ。こうムキムキのマッチョで強面で…想像したらさらに会いたくなくなってきた。もし失礼なことしたらわたしなんか簡単に殺されそう。

「ゆあ」
「はい?」

また気づけば考え事をしていて、
イルミさんに名前を呼ばれた。

「そのモアって人いまいる?」
「奥にいますよー」
「そう」
「仕事のお話ですか?」
「うん」
「じゃあ呼んできますね」
「ゆあ」
「はーい?」
「注文いい?」
「はいー」

イルミさんを店内のカウンターの席に案内する。うーん、とてつもない違和感。

「コーヒーで」
「はい、かしこまりました」
「……」
「他にご注文はありますか?」
「いや、いい」
「はい、ありがとうございます」
「…なんかいいね」
「なにがですか?」
「…なんでもない」
「?少々お待ち下さいー」

伝票を持ってカウンターの中へと入る。イルミさんがじーっとみてくるので不思議に思いながらもコーヒーの準備をする。

バイトの制服が珍しいのかな?この店は女の子でも制服は長いサロンエプロンに黒のズボンだ。なんていうかウエイターさんみたいな。「スカートなんて動きにくい」というモアさんの好みらしいけど。

お湯を沸かしている間に裏に入る。確かモアさんいま休憩してるはずだ。今日は寒いからなのかいつもよりお客さんの入りが少ない。いまもお客はイルミさんだけだ。

「モアさーん」
「…んー?」
「あ、寝てました?」
「…ん」

裏の控え室を覗くとソファに寝転がってるモアさんを発見。机の上にはまかないでわたしが簡単に作ったサンドイッチの残骸と飲みかけの紅茶、読みかけの本、眼鏡。モアさんって綺麗なのに結構だらしないところがあるなー。と思いながら机の上の食器を片付ける。

「お客さんが来てますよ」
「…んー?どっちの」
「裏の方です」
「…あー予定、入れてたかな…」
「まだいらしたばかりなんで、とりあえず顔洗って来た方がいいんじゃないですか?」
「んーそうね」

ふわあ、とあくびをしてから
モアさんは起き上がる。あ、寝癖。

「髪の毛もすごいですよー」
「ああ、はいはい」
「もー服もシワだらけですよ!」
「あんたはわたしのお母さんか」

頭をわしわしと乱暴にとかしながらモアさんはむっ、とした顔で言う。こういうちょっと子供っぽいところもなんだか見た目とギャップがあってモアさんって可愛い人だなーと思う。

「わたしコーヒー出してきますから、なるべく早く来て下さいね」
「はいはい」
「あ、ちなみにお客さんってイルミさんなんですけど」

―ガタンッ

表に戻ろうとしたら後ろから物音がしてびくっ、と驚く。振り返るとモアさんが立ち上ってすごい顔でこっちを見ていた。

「え?モアさんどうしたんですか?」
「イルミ、ってあのイルミ?」
「ええと、わたしは一人しか知りませんけど…」
「ゾルディック家の?」
「そうです」
「………」

真剣な顔で黙るモアさん。え、え?なんかまずかったのかな?モアさんイルミさんのこと苦手とか?いやでも会ったことないってイルミさんは言ってたしじゃあなんで?

「えっと…」
「気にしないで。コーヒー出すんでしょ」
「あ、はい」
「顔洗ったら行くから」
「わかりました」

気にしないで、って言われたけど気になるなあ…。まあでもとりあえずコーヒー出さないと。表に戻ってコーヒーを入れる。

「お待たせしました」
「ん」
「仮眠してたみたいで、少ししたら来ますから」
「わかった」
「イルミさんはずっとお仕事してたんですか?」
「まあね。ヒソカと結構連絡とってたつもりだけど、聞いてない?」
「『忙しいみたい◆』…ってだけ聞いてました」
「………」

イルミさんの綺麗な顔が曇る。うわあ…一気に機嫌悪くなった。ほんと、イルミさんとヒソカさん仲悪くなったよなあ…。ホテルで修行を見てもらってる時はこんなに仲悪くなかったと思うのに。

いつからだろう…うん、きっとわたしがヘマしたあの日からだろうな。じゃあわたしが原因なのかな…

「ゆあ」
「はい?」
「酷い顔」
「うっ!」
「何考えてたの」
「いや、あの…別になんでも、ないです…」
「ふーん」

うわー!なんか怖いよー!ふーん、って言っただけなのに!チクチク刺さるイルミさんの視線。居たたまれなくなって制服の裾をいじって誤魔化す。

「ゆあ」
「あ!モアさん!」
「………」
「………」

ここで救世主モアさん登場!…と思ったんだけど、重くなる空気。イルミさんもモアさんも黙る。心なしか二人ともオーラが暗い。

「えーっと…」
「ゆあ」
「は、はい」
「裏で話するから、店お願い」
「わかりました…」
「ゆあ」
「イルミさん、なんですか?」
「バイト終わったら家行っていい?」
「えっと、大丈夫です」
「わかった」

イルミさんとモアさんが裏へと入っていく。んー大丈夫かなあ…。でもモアさんが仕事の話しをしてるときはわたしは関われないし、関わらない。

イルミさんが飲んでいたコーヒーを片付けながらがらん、と静かになったお店を見渡してため息をついた。



prev≪ | ≫next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -