彼女の纏う雰囲気が心なしか柔らかくなった。私が警戒の意を一切示さないということにもあるのだろうが、先程のような鋭さが彼女の瞳から消えていた。


「オメさ…、」


一定のリズムを刻む雨音に目をつむり聴き入っていれば、隣から小さく声が聞こえた。先に口を開いたのは少女だった。彼女の声は小さいながらも澄んでいて雨に溶けることなく、私の耳へと届いた。それに応えない程、野暮じゃない。それに彼女は可愛いというオプション付きな訳で。


「私、ですか…?」


しっかりと彼女に答える。ちらりと横目で彼女を見てみれば前を向いたまま、どこか神妙な面持ちで降り続く雨を見詰めていた。先程から思っていたのだがこの子は本当に不思議な子だと思う。まだほんの僅かな時間しか共有していないが、どうも彼女を見ていると妙な違和感を覚えるのだ。


「んだ、」


ほら、今だってそう。多分私の感じている違和感はこの子が先程から見せる心此処にあらず、といったようすだと思う。この場でこうやって、しっかりと対話をしている筈なのに彼女は目の前の私ではなく、別のどこかを見ている。まるで遠くを見詰めるかのように。
そんな少女に一瞬だけ重なって見えた幻影に私は思わず息を呑んだ。そして幻影を振り払うように、意識を逸らす為私は言葉を紡いだ。


「私がどうかしましたか?」


にこりと貼付けた笑みを向ける私。昔の、あの頃のような能面染みた笑みを貼りつけ笑う。そんな作り笑う自分に気付き、こんな笑い方暫くしていなかったな、と思った。
確かあの頃、初対面の雲雀君に能面女と言われ、獄寺君には鉄仮面と言われた。不意にそんな嫌な思い出を思い出し、私は近くにあった水溜まりを覗き込むと、水面に映る自身の顔を見た。鏡のように映った私の表情は正直見なければよかったと思う。雲雀君達の言っていたことが否定出来なくなった気がした。

水面に映る自身の顔を見て顔を引き攣らせていると、前を見ていた筈の少女がこちらを向いていた。しまった、うわこいつめっちゃナルシストじゃん、とか思われていないだろうか。いや確かに少しそういった傾向もあるがそこまで酷くない。内心どきどきしながら聞いていれば少女がじぃとこちらを見ながら口を開いた。


「オメさ、なしてこんな所さいるだ」
「……………」


はい、セーフ。良かった、これで初対面で極度なナルシスト疑惑は大丈夫そうだ。幾ら私だって初対面でそんな偏った印象を抱かれるのは物凄く嫌だし、これからの行き先に多分何かと関わって来るだろう第一印象が悪いのは少しばかり厄介だ。私は見事に初対面ナルシスト疑惑を回避した所で次なる難題にぶちあたることとなった。

さっきのことに気を取られ過ぎていて危うくスルーしそうになったが、はっきり言おう。今彼女が私に投げ掛けた疑問は私にとって早速物凄いピンチの種である。何故と問われれば答えは至って簡単。彼女の疑問は「おねーさんはどうしてこんなとこ(死体がごろごろ)にいるのー?」だからだ。

正直に答えようにも私は人里目指して此処までせっせと来ただけでそれ以外理由なんてない。だが「おねーさんにもわかんなーい」なんて怪しさ満天な返答が許されるとも思えない。それもこの明らかに何かあったと思われる場所で、その何かに関わりのある警戒心の強い少女相手に。つまり度胸がない私にははっきり言って答えようがないのだ。どうしようかと思案していれば私が口を開く間もなく少女が言葉を続けた。


「それに、怪我…」


少女を見れば痛々しげに私の怪我を見て、顔を歪めた。声色からも伝わるそれに私は思わず苦笑した。そんな私に少女はどう対応すればいいのか分からなかったのか、そのまま気まずそうに視線をさ迷わせた。そして苦し紛れのごまかしと言ったようにもう一度、呟いた。


「オメさ一体、」


何処から来たんだっぺ、と言う少女の声に迷いはなかった。出だしがどうであれ、その言葉ははっきりとしている。やはり正直に答えるべきなのだろうか。いや、多分良くない。こんな転んだでは済まされない大怪我を負った、見るからに異人の女が「気付いたら森にいて、取り敢えず人里探して降りてきた」なんて怪し過ぎる。先ず、疑われるに違いない。

だからと言って嘘をつくというのも少し気が引けた。多分、慣れぬ土地に少なからず不安を抱いているからだ。第一村人に対して嘘をつくという行為が自分にとって有益かと言えば、答えはNo。後から不利益が沢山付いて回りそうだ。それにそんな都合のいい嘘がほいほいと思いつける程冷静な状況ではない私は深く悩まされることとなった。


自己告発
するべきか、せざるべきか




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