「随分、酷い…寂れ様ですね」


酷いなんてもんじゃない。目の前に広がる光景に、思わず小さく声をもらしてしまう。そこらじゅうに充満するむせ返るような腐臭と血の匂い。嗚呼、やだやだ。一発で気分が悪くなる。せり上がる胃液を堪え、周囲に気を配りながらゆっくりと歩みを進める。

と、下からサクリと何か軽いものを折ったような小気味良い音が私の耳へと入り込んだ。それと同時に私のブーツに鈍い感覚。思わず目をつむりごくりと喉を鳴らす。嫌な予感に冷や汗が頬を伝うのが分かった。ゆっくりと足元へ視線を持って行き、つむった目を恐る恐る開く。


「っ………」


目に入ったのはお気に入りの黒いブーツの下に散乱したまるで貝殻の破片のような白。だが、分かる。これは貝殻なんて可愛いものではない。私の足元に砕け散り広がるそれは間違い無く人骨。ぱらりと崩れた音に一気に血の気が引いていく。ただ人骨が転がっているなら動揺などしない。これでも私は六道輪廻をくぐり抜けて来た過去がある。それに私は幾度も殺人をして来た身。多少グロテスクな光景は見慣れている。

しかし今回は違う。下を見れば真っ白。一面が白いそれで溢れ反っているのだ。しかも何なんだこの死体。


「これは…、矢?」


死体もとい骸骨に突き刺さる細い棒。それの先には鋭利な角。使い物にならなくなっているが間違いなく矢だった。しかも、それだけではない。刃毀れした刀や火繩銃等もあちらこちらに散乱している。そして中でも一際目立つのは骨になった手が握りしめるこれ。確か農具だ。鍬や鎌などの農具。それらが多く散乱している。しかもこの農具、歴史の教科書に載っているようなスタイルだった。
ただ、所々血や雨に晒され錆びているようで形が崩れてしまっているものが多い。だがこれは間違いなくあの教科書で見たそれ。


「実物なんて初めて見た…」


思わず少しだけ感動してそれを見ていたが此処で大事なことに気付いた。歴史の、教科書…?再び嫌な汗が頬を伝った。完全に据わっているであろう目をそのまま細め、状況をもう一度確認してみる。ちらりと農具を見て、記憶に残る歴史の教科書に載っていた写真を思い出す。
確か教科書には実物再現がどうたらとか載ってた気がする。じゃあ、今目の前にあるコレは偽物だろうか?いや、よく見れば分かる。確実に、本物だ。

だとしたら、私が分かったことは三つ。一つは祟狂道の効果が思っていたより厄介で、ややこしいものだということ。一つは


「此処は…日本」


そう、此処が紛れも無く日本国内であるということ。でも此処は日本であって、私の知る日本ではない。その証拠はこの散乱した死体や刃毀れした日本刀が決定的証拠としてあげられる。

何故ならこの銃刀法違犯のご時世。こんなことありえない。平和を掲げる日本であったら大問題な状況が今、私の目の前に広がっている。銃刀法違犯という法がある今、刀が此処まで沢山あることはない。それに、その前にも日本では廃刀令が出されている筈。こんな摩訶不思議有り得ちゃいけない。

ならば残るは…、と答えを導き出そうとした私の頬にぽたりと冷たい何かが落ちた。それにより思考が中断された私は、原因があるであろう空を不機嫌に見上げる。目に映ったのは灰色に濁った空と、ぼたりぽたりと大地を少しずつ濡らしていく雫。雨特有の土の匂いがして私は溜め息ついた。


「…嘘。…雨、」


気付かなかった。私はそんなに深く考えることに没頭していたのだろうか。気付かなかった自分に驚いたが、取り敢えず何処か雨宿り出来る場所を探さなければ確実にずぶ濡れだ。雨が傷口に滲みてこれ以上痛い思いをするのは御免だもの。

そう判断した私はもう一度、曇天へと目を向けた。今にも強く降り出しそうな雨は私の頬にゆったりと落ちてきた。


珊瑚の墓場
白くなって崩れた




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