「たっだいまー」
「ああ、お帰り」
「…あり?」


いつものように寂しさを何となく紛らわせる為にそれなりに大きな声でただいまと挨拶をする。実家にいた時の癖がなかなか抜けないのもあるのだが、一人暮らしを始めてからは毎日している習慣である。まあ、当然一人暮らしな訳だからどんなに大きな声で挨拶した所で、返事が返ってくることはないのだ。

だから今日はちょっと気分が良かったこともあって、何時もより大分テンション高く挨拶をしてしまったのだ。何とも恥ずかしいことにスキップに鼻唄というオプション付きで。滅多にこんなことしないのに、どういう訳かこういう日に限って返事がない筈の我が家からは私の期待を見事に裏切って返事が返って来てしまったのだ。


「今日も一日お疲れ…でもなさそうだな」


手が濡れているのか男性物の薄い藍色のエプロンの裾で手を拭いながら私を出迎えてくれたのはこ、恋人の佐久間くんだった。佐久間くんはスキップをしたまま勢いよく扉から入って来た時のままの私を見て、面白そうにほんの少し困ったように笑った。

私は何だか急に恥ずかしくなってしまい思わずバックをぎゅっと胸の前で抱きしめ、テンパったように口を開いた。ああ、きっと今の私の顔は真っ赤なんだろうな。そう思うと余計に恥ずかしくて私はどうしたらいいのか分からなかった。


「さっ、佐久間くんはっ…あの、どうして此処に…?」
「あ、邪魔してるぞ」
「うん…ってそうじゃなくて!」


茶化さないで、とちょっと睨んで言えば一瞬佐久間くんが目を細めた。一瞬のことだったけれどじっと彼を見ていた私は、そんな彼のその…ちょっとだけ、意地悪な表情に少しだけ見惚れてしまった。そんな私を見てか、すぐにくくっ、と喉で笑った佐久間くんに私は何となく悔しく思いふて腐れたように口を開いた。


「何なのさ!笑わなくても、いいでしょ」


すると佐久間くんは笑うのをやめ、にやりとまたあの意地悪な笑い方をして見せた。声に出さなくったて笑ってるじゃんか、と突っ込みたいのは山々だがこの表情の佐久間くん相手に何か言うのは自滅するようなものだ。長年の経験上それは理解しているので、わざわざ口を挟むような真似を私はしなかった。


「いや、うちの旦那様は随分と可愛いらしいなと思ってな」


あくまでさらりと言ってのけた佐久間くんに思わず顔が熱くなる。恥ずかしくなった私は佐久間くんの顔を見ることなくバックや靴を乱暴に放り投げ、リビングのソファまで走った。
ぽすりとお気に入りの柔らかいソファにダイブし、クッションにぎゅっと赤いであろう自らの顔を埋めていればがちゃりとリビングの扉が開く音がして佐久間くんが入って来たんだと分かる。私はほんの少しだけクッションから顔を上げた。


「おいおい、玄関に嫁とバックを放置はないぜ」


そう言って私のバックを椅子へと置いた佐久間くんは私の方へと寄ってきた。急いで再びクッションへと顔を埋める。目元だけがしっかりと出ていた私はそのままほんの少しだけ佐久間くんを見てクッションに口を引っ付けたままもごもごと喋り出した。


「…佐久間くん、お嫁さんじゃない。私旦那さんでもない」
「あれは比喩だよ、比喩表現」


佐久間くんは上から座った私を見たまま手をちょいちょいと横に振り否定した。だが私はそれに…と続ける。佐久間くんは黙って私の言い分を聞いた。


「それに睨んだのに…笑われた」


そう、私的にはこれが一番重要だった。少しとは言え私は彼を睨んだ。のに、彼はそれを笑って一蹴りしたのだ。確かに自分でもどすの効いた睨みとはとてもじゃないが思えない。だけどそんな、馬鹿にしたように笑わなくったっていいじゃないか。私は再度睨みつけるように彼を見た。

すると佐久間は再び目を細めた。今度は一瞬なんかじゃなくて、しっかりと。その口許はいつものように吊り上がっていなくて、少し引き結ばれていて私は思わずどきりとした。もしかしなくても怒らせた…?

内心慌てふためいていれば佐久間くんが私よりずっと綺麗で長い髪をくしゃりと手で掻き、「分かってないな」と呟き私の上に乗っかった。突然のことに抵抗出来ないでいた私はそのままただ呆然と見詰める。


「そういう表情、そそられるんだよ男ってのは」
「は…え?」


気が付けば佐久間くんの顔がすぐ近くまで来ていて、思わず目をつむれば私の髪にするりと彼の指がかかるのが分かった。そして次の瞬間、耳元に甘い吐息がかかった。


「ほんと可愛いんだぜ、食べちゃいたいくらい」


ぱくり、そんな洒落にならない音がした。


家に帰ると妻、
いえ佐久間くんがいらっしゃいました




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