何時ものことだが、可愛げがない。自分の斜め前を歩く少女の背中を見て、葛西は煙草の煙を吐き出した。通りすがりの主婦に睨まれて、こりゃあ気まずいとそっぽを向く。
所謂"裏社会"で生きている葛西にとって、年中行事は何ら関わりの無いものだった。守るべき家庭があればまた別なのかもしれないが、この男にはそれすら無い。自分の保身だけを考えていれば良かった葛西にとって、今目の前にいる少女は、下手をすれば足枷にもなるだろう存在だった。
(…どうでもいい女なら、足枷どころか荷物にもなりゃしねえが)胸ポケットから携帯灰皿を取り出し、短くなった煙草をぐりぐりと押し付けた。

「葛西、ここ」

そうして考え事に耽っていた所為で、立ち止まった少女に気付けなかった。思い切りぶつかってきた葛西を咎めることなく、少女は振り返って言った。

「ハロウィン限定のケーキがあるの。食べたい」
「へえへえ、了解しましたよっと」

葛西の右腕を掴み、ポップな装飾が施されたそこへと足を揃えて踏み込む。イベント好きな若者たちと甘い匂いが溢れかえる店内は、葛西の眉間に皺を作るには十分過ぎた。その上突き刺さる、視線。如何にも中高生が好みそうな場所に不相応な中年がいれば、そりゃあ見るだろう。再び気まずさを覚えながら葛西は少女を見たが、彼女は何も気にしていない様子だった。〜と〜と〜、葛西には聞き取りづらい名前をつらつら述べながら店員へ注文を済ます。勿論支払いは葛西、こちらでお召し上がり。(もうちっと周りを気にしてくれ)そんな気持ちを込めて横目で少女を見ても、彼女の関心はケーキにしか向いていない。

「いただきまあす」

せめてもの情けだと言わんばかりに、少女が座ったのは隅の窓際の席だった。かぼちゃの形を模したケーキを頬張る少女を眺めつつポケットの煙草に手を伸ばそうとして、止めた。少女越しに見えた、禁煙のマーク。世知辛い世の中だと葛西は溜め息を吐いた。
ふと、視線を感じて前を向く。いやに嬉しそうな顔で少女が自分を見ていたものだから、思わず笑う。

「どうした、ん?」
「んー、葛西って私のこと大好きだよね」
「ブッ」

お冷を口にしたことを葛西は大いに後悔する。俊敏な動作でケーキを守った少女は、顔を歪めて汚いと言い放った。

「…そりゃァまた、偉い自信で」
「だって分かるもん、葛西ってどうでもいい人は切り捨てちゃうタイプでしょ」

どうだと言わんばかりの表情に、葛西は暫し呆けたものの直ぐに噴き出した。そうして低く笑い続けた葛西に、馬鹿にされたのかと少女は頬を膨らませた。
二個目のケーキにフォークを突き刺す少女を改めて見つめ、ようやく笑いを止める葛西。こんな小娘に見抜かれるようじゃあ、俺もまだまだ甘い。頬杖を付いた。

「そうだなァ、人間の中で、お前だけは体張って守ってやってもいい」
「なにそれ。動物とか含めたらどうなんの」

全てを知られちゃあ、困るんだけども。



どうか見抜かないでいて





20111204 ハロウィン要素迷子
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