「着いたわよ」

我が家の車が止まったのは、中心街から少し離れた閑静な住宅街。車から出ると、お父さんがトランクから荷物を降ろしている最中だった。大きく膨れ上がったキャリーバッグが手元へ転がってくる。「いったい何が入っているんだ」苦笑いするお父さんには同じ表情を向けておいた。
助手席の脇に立つお母さんは、忙しなく辺りを見渡している。落ち着きのない様子に、荷物に必死なお父さんは気付かない。そんな二人の中間に立って、ぼうっと遠くを眺めて数分後。右手に持っていたキャリーの感触がふっと消えた。あ。倒れるものかと思って思わず声を上げたけど、地面にぶつかる衝撃音はしなかった。視線を向けると、見知らぬ男の人が一人。きっと怪訝そうな顔をしている私。そんな私を見て、その坊主頭の人はにこりと笑んだ。あ、いい人そう

「雲水くん!」

忙しなかったお母さんが、こちらに気付いて駆け寄ってきた。うんすい、と呼ばれた人は、振り返って頭を下げた。お久しぶりですお手伝いに来ましたあらいいのよごめんなさいねおお助かるようんすいくん、お父さんも混じって交わされる会話に、私はついていけない。うんすい。三人が話し込んでいる間に、私は頭をフル回転させる。うんすいうんすいうんすい。あああだめだ見つからない誰だこの人
みるみる眉間に皺が寄る。ふと、うんすいくんとやらがこちらを向く。視線が合って、数秒。彼は小さく吹き出した。

「覚えてないんだろう、なまえ」
「はあ…すいません」

いや、いい。笑いを堪えたような顔で、私のキャリーを引いて歩き出す。彼の先では、お父さんとお母さんが既に歩き出していた。
置いていかれては堪らない。私も足を踏み出した。





「本当に、ありがとうございます」
「いいえ、うちには女の子がいないから嬉しい限りだわ。なまえちゃんも、綺麗になって」
「いやあ、そんな…はは」
「何かやらかしたら叱ってやってくれ、頼むよ」
「任せとけえ、ははは」

両親達の間の挨拶を、私は身をちぢこめて聞いていた。
あの後連れてこられた"金剛家"は、あの住宅街の奥にあった。お寺を彷彿とさせる外見と、生真面目そうなご両親(会話を聞いてると、そんなことはなさそうだけど)。うちとは比べ物にならないほど立派なおうち。
どうやら何も覚えていないのは私だけらしい。うんすいくんも、ご両親も、私のことをしっかり覚えていた。少しだけ居心地が悪く、正座してる膝をもじつかせた。

二人の父親の豪快な笑い声が響く和室。襖が開いて、うんすいくんが顔を出した。

「父さん母さん、あまり引き止めるなよ。そろそろ飛行機の時間に間に合わなくなる」
「おお、そうか」
「あら、もうそんな…それにしても雲水くん、男前になって」

また長話が始まりそうだ。顔を顰めた私とは裏腹に、うまく口を回して両親を玄関に向かわせるうんすいくん。素晴らしい技術!


高いヒールに足をおさめながら、お母さんは私に言う。「迷惑かけちゃだめよ」「何かあったら連絡してね」「金剛さんの言うことちゃんと聞いてね」背後でうんすいくんが笑う声がして、顔に熱が集まる。適当な返事を返しておいて、二人は立ち上がる。

「じゃあ、お願いします」
「ああ、任せて」
「いってらっしゃい」

ガラガラと音を立てて戸が閉まる。私の居候生活が始まった。




20110824

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