「その首、どうしたの?」
彼にとって近寄りたくない場所だとしても、いつも不安になると無意識に訪れてしまうという事実を、そしてその事実に三ヶ島沙樹が気付いている事を少年は知らない。
窓から病院に入っていく人や診察を終えて出て行く人、さまざまな人間模様が描かれる景色を見下ろしていた正臣は沙樹を振り返った。
「何?」
「それ、ここの」
首筋を指差して、沙樹は柔らかな口調で再度問う。未だ不思議そうに首を傾げながら病室に備え付けてある鏡を覗き込むと言葉の意味をやっと理解してぎょっとした。
(あの野郎…)
蚊に刺されたような赤い痕が、そこにあった。勿論それは蚊などが原因では無く、確かに蚊のようにうざったらしい人間ではあるが、いやそれは蚊に失礼かとも考えて掌で首筋を覆い隠す。
「キスマークみたい」
「俺も罪な男だぜ。見えるところにだけはやめろって言ったのによ、こないだナンパしたあの子が、」
「臨也さん?」
飄々と、的確に、何の悪気も持ち合わせずに図星を突いてくるところは昔からだった。沙樹のそんなところが嫌いでは無かったし、それが出来ない自分には羨ましくもあった。しかしその言葉は正臣の思い出したくも無い、まだこれからも深くなっていくであろう傷を大きく抉ってぎりりと唇を噛み締める。沙樹は分かっていて、あえて言葉にして出すのだ。沙樹はそれが自分に与えられた正臣が許す特権だと知っている。そしてどこか臨也に似た雰囲気を持ち合わせる彼女は、それが正臣に自分を忘れさせない最大の武器だと知っている。
「…分かってるなら言ってくれよ、沙樹のエンジェルボイスでさ。俺で遊ぶのはもう止めろって」
「私が言って止めるならね。正臣が一番よく分かってるくせに」
そう言われてしまえば、二の句も出なかった。かりかりと首に残る痕を爪の先で剥がすように引っ掻きながら正臣は、やはり此処に来るべきでは無かったと後悔し再び背を向けて窓の外を睨み付ける。
沙樹はただ、その背中を愛おしげに眺めていた。

20110703 / 三ヶ島沙樹
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