「…何ですか臨也さん、まだ眠いんで要件だけちゃっちゃと言ってください」
「さて問題です。沙樹ちゃんは今、どこにいるでしょう?」
目覚めは最悪だった。
世の中で最も憎い男からの電話で、更には愉しげな声色でこんな事を言われた。
途端一気に目が覚めて崖っぷちに立たされたような感覚に陥り、頭には過去の思い出したくもない出来事が過ぎった。
「…どういう、意味ですか」
隣のスペースを掌で確認してみたがシーツはひんやりと冷たく、一緒に眠った筈の沙樹は早い段階でここから消えた事を物語っている。
落ち着け、少しでも何か知っているであろう相手から情報を引き出せ。そう思う傍らあの過ちがまた繰り返されるのかと、心は焦っていくばかりだった。
「そのままの意味だよ。他意は無い」
電話越しの言葉を何度も頭の中で繰り返すが、ただそれだけだった。もはや完全に、情報処理回路は機能を果たしていなくなっている。
「沙樹はどこだ」
床に落ちている衣服に手を伸ばしてそれらを纏いながら、出来る限りの平静を保って問い掛ける。携帯から聞こえる声は笑いを押し殺しているようなものの気がして、嫌な予感を俺の身体に駆け巡って震えた。
「沙樹ちゃんは今、白濁まみれになってるよ。俺の家で」
がしゃんと、壁にぶつかった携帯が悲鳴をあげる。
(沙樹、沙樹、沙樹…!)
頭の中をそれだけで埋め尽くされながら、俺は無我に部屋を飛び出した。



「沙樹!」
よく訪れるこのマンションのオートロック番号は知っている。エレベーターを待つ時間も惜しく足が縺れそうになりながらも非常階段を駆け上がり、目的である部屋の前へ辿り着くと勢いのまま力任せにドアを開けた。瞬間だった。
ぱんぱん!
同時にどこかで聞き覚えのある懐かしく軽い爆発音と共に、俺の周りに色とりどりの紙吹雪が舞う。
「ハッピーバースデー、正臣!」
目の前にあるのは沙樹の笑顔だった。
その背後には臨也さんが腕を組んでこちらをにやにやと見ている。
茫然とその場に立ち尽くしているとやがて臨也さんが傍に来て俺の顔の前で片手を振りながら、おーいとか死んだ?とか言い出した。
「お、っとー」
反射的に出てしまった俺の拳をひらりとかわす臨也さんを一瞥してずかずかと部屋へ入り、沙樹をぎゅうと抱き締める。
土足…と背後で何やら言ってるアイツはこの際無視だ。
「沙樹、何だこれ」
「何って、正臣の誕生日祝いだよ?」
「じゃ、なくて!沙樹は大丈夫なのか!?」
「大丈夫だよ、何もされてないし。ごめんね、電話した時私まだケー キ作ってて手が離せなかったから…」
要するに。
あの時の電話は臨也の野郎が勝手に紛らわしい言い回しをしていやがった。そういう訳だ。
冗談で済む内容ではない。俺は背後を振り返り、ぎろりと奴を睨んでやった。
「嘘はついてないよ。沙樹ちゃんはさっきまでクリームまみれだった」
「…ぜってえいつか殺す」
出来る限りのドスをきかせた声を響かせたつもりだったが向けられた当の本人には全く効果は無く、仮にも部下の癖に状況判断能力が悪いだのそもそも沙樹ちゃんが出ていった時に普通気付かないものかだの、ぺらぺらと舌を回して喋り続けた。
一発ブン殴ってやろうかと握り拳を作ったとき、耳元でこっそりと沙樹から伝えられた真実に単純にも怒りは薄まった。
「臨也さんがね、提案したんだよ」
「はあ?」
「正臣の幸せを想ってるんだよ」
「…アイツがか?」
再度視線を戻してみたが、未だ何やら喋り続けているその男に微塵もその様子は感じられなかった。
だが沙樹は、俺に嘘は言わない。それだけは俺の知る間違う事なき真実だ。
「私もだよ、正臣。正臣が大事にしている人達に囲まれて、その中心で幸せそうに笑ってる正臣を見るのが好き」
可愛い笑顔を向けてそう言われてしまえば、さっきまで忘れていた折角の自分の誕生日にカッカしてるのも勿体無いと、俺は諦め半分に肩から力を抜く。
「…別にアイツは大事じゃねえけど。沙樹が可愛いから許す」
「ふふ、ありがと正臣」
「さて!皆で仲良く鍋でもつつくとしようか」
俺と沙樹の間を縫って飄々とリビングへ入っていく臨也さんに、俺は半ば諦め半分に溜め息をついて追い掛けた。
「何言ってんですか、まずはケーキでしょ」
「誕生日パーティにお鍋はちょっと無いよね」
緩んでしまう頬を抑えるのが、こんなに困難な事だとは思わなかった。



「で、正臣君はいつになったら靴脱いでくれる訳?」
「は?家に帰ったら脱ぎますよそりゃ」
「変な臨也さんだね、正臣」
「全くだな沙樹」
「…」

20120619 / 0619
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