「おいおい帝人、まさかお前真っ直ぐ帰るつもりか?」
「え?」
学校を終えて共に帰路についていた二人が、六ツ又の歩道橋を降りたところで足を止めた。
「え、正臣は帰らないの?」
訝しげに首を傾げる黒髪の少年、竜ヶ峰帝人の様子に正臣は両手を大きく広げながら大袈裟にため息を吐いてみせた。
「あのなあ…年頃の男が、せっかくのアフターに街に繰り出さずゴーホームなんざ考えらんねえっつの!」
「色々言って、ナンパがしたいだけでしょ」
「ノー!断じて違う!ともまあ言い切れないが、まま、とりあえず俺に付き合えよ。な?」
「…まったく」
いつもの軽い様子で肩を抱いてくる男に呆れながらも、帝人は自然と笑みを零しながら小さく頷いた。楽しげに話す正臣の横顔が、彼は親友として本当に好きだった。


「相変わらず、人が多いなあ」
帝人はサンシャイン通りを歩きながら誰に言うでもなく呟いた。少し見渡しただけでも学校帰りの学生や仕事帰りのサラリーマン、ティッシュ配りを淡々とこなすバイト学生、視界の隅にはギャングのような不良達がたむろしているのが見える。その黒ずんだ裏通りをぼんやりと見つめていると不意に頬に冷たい物が触れて肩を震わせた。
「っな、え?」
「なーにボーっとしてんだよ。ほら」
冷えた頬を押さえ背後から現れた人物を視界に入れると、正臣が二人分のシェイクを持って微笑んでいるのが見えて帝人は安堵に肩の力を抜く。
「びっくりした…ありがと正臣」
差し出されたシェイクを受け取りそれを啜りながら二人は共に足を踏み出す。
「付き合えって言ってたけど。どうするつもり?」
「んー」
じゅうじゅうとストローを吸いながら正臣はその問いにどこか力無く返事をしてみせた。普段であれば寒いギャグを口にしたりナンパに行こうなどと言い出したり、聞いてもいない池袋の情報を延々と語ったりするその少年は何も言わずにぼんやりとビルに囲まれた空を見上げていて、帝人は違和感を覚える。
「正臣?」
「いや、何も考えてなかった」
たはー、ととぼけるように笑ってみせる正臣のその表情がどこか痛々しさを帯びているのを帝人は見逃さなかった。特に気にして観察していたでもなく、自然とその事に気付いてしまうのはやはりこの男が親友だからだろうかと頭の隅で自惚れながらも不安に胸をざわつかせる。
「あのさ、正臣もしかして何か、」
その親友の憂いを自分が少しでも晴らす事ができたらと、理由を聞き出そうと帝人が声を絞り出したその時。
「う、わっ」
隣を歩いていた正臣が消えた。
「えっ?」
しかし探すべくもなく、帝人は地べたに尻餅をついて動揺に瞳を揺らす親友を見つけた。何に怯えているのかとその視線を辿ると、正臣の目の前に立っているのはいつぞや彼から聞いた誰もが恐れるこの街の最強。
「…あ?」
平和島静雄、その人であった。サングラスに隠された表情は読み取る事が出来ずに帝人もびくりと指先を奮わせた。自分とは違う、非日常の中心人物でもあろう人間を目の当たりにして歓喜にも似た複雑な心境で。
「っす、すんません、よそ見してて、」
俺の人生終わった、と。正臣はやけに冷静な頭で考えた。池袋生活も長い。こんな人ごみを避けて歩く事など慣れたものだと思い込んでいたがよりにもよってまさかあの、悪名名高い喧嘩人形にぶつかってしまうとは。
「…」
すう、と静雄から差し出された右手に正臣は覚悟を決めて両目を堅く閉じた。
「大丈夫か?」
しかし予想していた衝撃が訪れないばかりか頭に降りかかってきた言葉に正臣は弾かれるように顔を上げた。自分が知っている人物とはかけ離れたその柔らかい声色に瞳を揺らす。
「あ、や、俺が悪いんで、…いってえ!」
差し出された右手に己を手を重ねぐいと引かれ地面に足をついた正臣だがその握力の強さに思わず悲鳴を上げ、それに気づいた静雄がぱっと手を引いてかりかりと後頭部を掻いた。
「わり。…じゃあな」
そう言い残して何事も無かったかのように去っていくバーテン服の背中を、少年はぼんやりと見つめた。
「ま、正臣大丈夫?!」
隣から自分に声をかけてくる親友の声も耳に入らず、正臣は去っていく後ろ姿にただ目を奪われていた。
やがて、見つめていた静雄の前にあの忌まわしい黒が現れる。
「…!」
瞬間正臣が体を強ばらせたのを目にし、帝人もその視線の先に目を向けるともう一人の非日常の中心人物であろう折原臨也と平和島静雄が対面しているのが視界に入った。
そしていつものように二人の言い合いが展開され、池袋の日常が始まる。正臣には、その黒い青年の鋭い視線が静雄を通り越して自分を見ているようで、その眼に体が強張るのが分かった。
「臨也ああああ!」
バーテン服の青年がその人並み外れた腕力で近場の標識を武器に走り出す頃には、臨也の姿も人ごみに紛れ消えていった。
「正臣!」
「!」
親友の聞き慣れた声に名前を呼ばれ我に返った正臣が振り返ると、心配そうに眉を下げて自分を見る帝人の顔が目に入り漸く詰まっていた呼吸が開放された。
「み、かど」 
「大丈夫?顔が真っ青だよ」
「…バケモンと絡んで平気でいられる方がおかしいだろ」
はは、と笑って掴まれた右手をひらひらと振る正臣の違和感に、帝人の眉間の皺が深く刻まれていく。
「違うだろ。何かあるなら、言ってよ正臣。今ずっとおかしかったじゃないか」
「…」
目敏く自分の変化に気付く親友に正臣は嬉しさ半分に再度笑みを浮かべるが、帝人は不思議そうに首を傾げた。
「それよりさ、帝人」
誤魔化すように静雄が消えていった人混みへ視線を戻して目を細める正臣が、帝人はどこか遠くの他人のように感じてしまい焦りを覚えていく。
「平和島静雄って、格好良いよな。羨ましいよ」
切実にも似た声色だった。大切な事は何も。本当に何も話そうとしない親友の様子に不満げに口を噤む帝人はその言葉に隠されている意図を到底測り知ることが出来なかった。

20110703 / 紀田正臣
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