飽きもせずに池袋にやってきた俺は、珍しく静ちゃんに邪魔される事なく用事を終えた。
こんな日は気分が良い。コンビニで缶コーヒーを買って某公園で一休みでもしよう。大好きな人間の集まるこの街だ、思いがけず面白い事件でも起きるかもしれない。
しかしやはり物事は上手くいくように出来ていないらしい。これだから人間は面白い。

「何やってんの静ちゃん」
「あ?」
生クリームたっぷりのクレープを持って公園のベンチにひとり腰掛けている、喧嘩人形を見つけてしまった。
「手前こそ何やってんだ消えろうぜえ」
口ぶりはいつものそれだが、どうやら今日は向こうも機嫌が良いらしい。今日は、というより今は、だろうか。昔から甘い物が好きなのは知ってたけどこんな甘ったるい物よく食えるな。いや、俺も別に嫌いじゃないけどさ。
襲い掛かってくる気配は無いので俺はとりあえず無視して同じベンチに腰掛ける。もちろん可能な限りの距離を取って。
「座るな消えろうぜえ」
「君の公園でもベンチでも無いだろ」
冷えた缶コーヒーを開けながら言うと静ちゃんは小さく舌打ちをして再びクレープを口に運び出した。
「よくそんな物食えるね」
「甘いもんを侮辱すんな消えろうぜえ」
「俺は君を侮辱したつもりなんだけど」
「消えろうぜえ」
「それもう聞き飽きた」
「死ねクソ蟲」
「…」
クソ蟲って。言葉の暴力よくない。
「まさかそれ自分で買ったの?大の男があの列に並んで?だっさ!」
「…ヴァローナが買ってきてくれたんだよ」
ヴァローナという名前を発した瞬間、静ちゃんの纏っている雰囲気が一気に柔らかくなった。缶に口をつけながら横目で顔を窺えばどこか頬が緩んでいるようにも見えて。うん、なんかぞわっとしたっていうか。イラっとしたっていうか。
「静ちゃんにしては随分可愛がってるみたいじゃないか」
「あ?手前知ってんのか」
「俺を誰だと思ってんの」
「チッ…手出したらマジで殺す」
おっと意外にもこいつはちょっと本気らしい。あの女のどこがいいんだか、波江の方が美人で知的で実は胸もでかくてry。
「興味無いから安心してくれ。うちには年上の秘書が居るし」
「んだと?」
やっぱり反応した。俺は何だか優越感に浸ったような気分になって、脚を組んで口角を持ち上げる。
「黒髪の美人秘書。毎日俺の家に来ては仕事して、ご飯作って…ああ、こないだは夜に二人で鍋もしたなあ」
「夜…だと…」
ぶるぶると静ちゃんの肩が震え出すのが面白くて俺はぐいと缶コーヒーを煽った。しかしそんな静ちゃんに駆け寄ってくる、見知った金髪の女。
「先輩、お待たせしました」
「ヴァローナ…」
待っていた、とでも言いたげに立ち上がる静ちゃんの纏う空気が柔らかくなっていく事がつまらなくて、俺は内心で舌打ちをした。
「あ、」
静ちゃんの顔を見て女は声を漏らすと肩に手をつき軽く背伸びをしてそっと唇を彼の口端へ押しあてた。
「「!」」
不意の行動に、俺と静ちゃんが目を見開く。ぺろりと口端を舐めて離れる女の妖艶な唇。
「クリームがついていました」
「お、おう。悪い」
そして二人は肩を並べ、背を向けて去っていった。まるで俺などここに存在していないかのような扱い。
「…」
仕方なく俺は、最愛の弟の為の休暇で秘書がいない事務所に帰るべく重い腰を上げた。ああ、今日も良い天気だ。

20110724 / 完敗?なにそれ美味しいの?
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