「すみません、トムさん居らっしゃいますか?」

ある日、俺の上司に女が訪ねてきた。
小さい女だった。華奢で、淡い桃色のワンピースを着た女。明らかにブラックな薄汚れたビルの事務所なんかに訪れるような女では到底無かった。
「名前」
返事するのも忘れて面食らったアホ面で固まっていると、トムさんの声が背後から聞こえた。名前、という名前を聞いた事がある。確か。
「トムさん!」
トムさんの女だ。彼女は俺から視線をずらすと、不安げな表情と一変してそれはとても美しい笑顔を浮かべトムさんに駆け寄っていった。まるで恋人のように、(いや実際恋人なのだが)身を寄せ合う二人の姿に俺はまた面を食らった。
「此処には来るなっつったべ」
「ごめんなさい、お弁当をどうしても届けたくて」
子供を叱るように言うトムさんの顔は、俺が見た事が無い位に緩んだ表情を浮かべていた。この人とも長く一緒に居るが、こんな柔らかい顔は初めて見たかもしれない。
俺はぼんやりと相手の女を見つめた。上司から彼女の話は少しだけ聞いていた。ちっこくて、花のようで。俺には勿体無い、とぽつりと西陽の射す公園で呟いていたのを思い出した。確かトムさんと同い年だった筈だ。要するに俺の2個上だ。そう考えていると不意にトムさんの目が俺を見て思わず背筋が伸びた。
「名前、コイツがいつも話してた後輩の、」
女はトムさんの言葉を聞くなり、この人が、と言いながら納得したように俺を見て微笑んだ。この柔らかで花のような笑顔に俺は。
「初めまして、静雄くん。名前っていいます」
「、っす」
ただ、見惚れた。

20100815 / 花の君
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