歪み愛(臨也)の静雄sideです


「どうした?」
その声に、私はハッと顔を上げた。目の前には、心配げに覗き込んでくる静雄さんの顔があった。昨日の夜、臨也さんに抱かれて。疲れを取る間もないまま部屋を追い出された。シズちゃんの件よろしくね、という言葉と共に。いつの間にか昨夜の事に思いを馳せてしまっていたのか、静雄さんがそれを不審に思ったのだろう。
「あ、え、と…そういえばうちのシャンプー切らしてたな、って」
取り繕うように笑顔を作れば、彼は僅かに口元を緩ませた。そして困ったような笑みを浮かべた後、サングラス越しの視線を逸らして私の頭をくしゃりと撫でた。そして私の一歩前を歩いていく。人の多い池袋の街でも、彼の背は高く、目立つように思う。
「……」
彼はとても敏感な人だ。きっと今のが言い訳だった事なんて、お見通しだろう。しかし何も言わない。そういう、優しい人だ。臨也さんに彼に近付くように言われて今までこうして一緒に居て、そんな事は容易に悟る事ができた。そして私は、静雄さんのそういうところが…
「なぁ、」
こちらに背中を向けたまま歩く彼から声がかかって、私は再び顔を上げた。
「今日、うち来ねぇか?」
「え?」
目を丸くすると、静雄さんは顔を少しだけこちらに振り向かせた。がしがしと頭を掻いて手をズボンのポケットに突っ込み、僅かの間を空けた後今度は身体ごと振り向く。
「明日、予定あんのか?」
少し考えた後首を振ると、静雄さんは周りの目を気にする事なく私の身体を抱き寄せた。まるで壊れ物を扱うかのような手つき。
「じゃ来いよ。いいだろ?」
耳元で低い声が聞こえて、私は目を細めた。決して彼を抱き返す事のない私を、彼はどう思っているのだろう。
「…はい」

部屋の隅に座って、膝を抱える。窓から月明かりが射してきらきらと光っていた。仕事を終えたばかりで汗をかいたという静雄さんがシャワーを浴びる水音だけが部屋に響いていた。そして目の前に置いた私の携帯のイルミネーションが光っている。着信は、臨也さんだ。
「……」
顔を歪めて、その携帯を見詰めた。何故か出る事ができなかった。後ろめたさか、何なのか分からなかったけど。そうしていると、ばたん、と音がして静雄さんが浴室から出てきた。ジーパンだけ履いて首にタオルをかけている姿は、とても官能的でどきりとした。
「携帯、鳴ってるぞ」
冷蔵庫からパックの牛乳を取り出しながら静雄さんが言う。
「…」
その日の私は、どこかおかしかったのかも知れない。今までボロを出すような事なんてしなかったのに。臨也さんの為に。ただ、臨也さんの為に。
「…臨也さん、です」
ぽつりと私が告げれば、パックをぐしゃりと握り潰す音が聞こえた。
「…あ?今、何つった?」
潰れたパックをキッチンの流しに投げ捨てて静雄さんが低い声を出す。この声は何度も聞いた事があったけど、私に向けられる事は今までに一度も無かった。
「電話、臨也さんからなんです」
「…なんで手前がそいつの名前知ってんだ?」
出来る限り、苛立ちを抑えているのだろう事が声色から伝わった。でも最大の天敵の名前に、完全にはそれが無理なようだ。
「オイ、何とか言え」
こちらにゆっくりと歩み寄って、彼は私の胸倉を掴んだ。
「、っ」
「何で、手前が、その名前を知ってんだ」
一言一言区切って、丁寧に静雄さんが言い直す。丁寧といっても唸るようなその声に、ついに私の身体が震え出した。
「騙していて、ごめんなさい…」
それだけ伝えれば、勘のいい彼は全てを悟った。僅かに目を見開いた後、がんと私を床に叩きつけた。背中が強く打ち付けられて一瞬息が出来ずに顔を顰めるも、覆い被さってきた彼の身体に私は目を見開いた。そして乱暴に、彼の唇が重なる。唇を強引に割って口内をかき回される。こんなに乱暴なキスをするのは、初めてだった。
「ん、ん…!」
掴まれた肩が痛い。手加減はしてくれてはいるものの、やはり彼の怪力で骨が軋む音が聞こえた。私が静雄さんの胸を押しても、当然ぴくりともしない。暫くして、やっと彼の唇が離れた。漸く酸素を取り入れることができて肩で大きく息をしてると、静雄さんは私の肩口に頭を埋めた。
「静雄、さ、」
私が呼ぶ声にも反応せずに、ただ黙ってそうしている彼に私は不安が募る。
「ん、で…」
不意にぽつりと、静雄さんが呟いた。
「え?」
「何で…」
何で、どうして、と。ただひたすらに呟く彼の肩が震えていた。
「ごめん、なさい」
「俺はそれでも、手前を手離せねぇ…」
「、ごめんな、さい…ごめ、」
私はただ、謝ることしか出来なかった。でもそれを聞きたくないとでもいう風に、静雄さんの唇で塞がれてしまう。頭の中の臨也さんが、私を嘲笑うかのように微笑んでいた。
こうして私達は、歪んだ連鎖を否応なしに続けていくのだろうと。そう考えたら天井がどんどんと涙で霞んでいった。

20100815 / 歪み愛
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