「ふー」
お風呂から上がった私は、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して喉に流し込んだ。タオルで髪の水気を取りながら、昨夜の事を思い出す。
あの後、情事を終わらせた私は酔いからか、余韻を楽しむ間もなく眠りに落ちた。朝神威さんの部屋で頭痛と共に目を覚まし、一緒になって裸で眠っている隣の神威さんを見てがっくりと自分の愚かな行動を悔やんだ。まさか交流深いわけでもない男と酔った勢いで身体を重ねてしまうなんて。しかも自分のくだらない身の上話を延々彼に愚痴っていたのを思い出した。その変のオヤジやヤンキーとかではなかった事が唯一の救いだが。
一緒に目を覚ました神威さんに衣服は洗って返すと、お礼を告げて痛む頭を抑えながら私はそそくさとその部屋を後にした。無事鍵もなんとかしてもらい、やっとシャワーを浴びた頃には時間もお昼を回っており二日酔いも大分楽になっていた。(コンビニで買ったキャベツーのおかげかもしれない。あれは本当に効く)
食欲もあんまり無いし、ミネラルウォーターと共に出した朝ヨーグルトを持ってラグの上に腰を降ろした。ぼんやりとテレビを見詰めながらちまちまとそれを運ぶ。そこに。
「…!、!」
何やら隣から騒がしい声が聞こえて、私はテレビの音量を下げた。聞き耳を立てるなんていけない事だと分かってはいるけど、昨日の今日でしかもお隣は神威さんだ。どうしても気になってしまう。耳を澄ませてみるとどうやら女の人のようだった。内容までは聞き取れないがヒステリックのように叫んでいる。まさか、言い合っているのは神威さん?しばらくその声が聞こえた後、ばたんと乱暴にドアを閉めた音が聞こえて静かになった。
(なんだろう…まさか、)
彼女さん?と思いついてサーっと血の気が引いていくのが分かった。なんだろう、もしかして女を連れ込んでたのがバレたとか。ていうか彼女居たんなら言ってくれればいいのに!もしかしなくても私のせいではないか。どうしよう、どうしよう。私はすっかり彼女さんだと思い込んで慌てふためいた。ええとこれは謝りに行った方がいのかな。いやでも今行ってもし彼女さんが戻ってきたら。意味も無く視線をさ迷わせていると、ベッドに置いたままの彼に借りた衣服が目に入った。そうだ、これをお洗濯してから、返しに行くついでにさりげなく聞いてみよう。それがいい、と私は意気込んで立ち上がるとその衣服を手にし、洗濯機へと投げ込んだ。

ぴんぽーん、
借りた衣服を紙袋に入れて、私は神威さんの部屋のチャイムを鳴らした。結局洗濯物干しだけ終わらせてお昼寝をしてしまい夜になってしまったけど、神威さんは居るだろうか?土曜日だし、大丈夫だとは思うのだが。そわそわしながら待っていると、がちゃりと目の前のドアが開いた。
「はーい…あり、お姉さんどうしたの」
現れた神威さんの顔を見て、私はあんぐりと口を開けて固まった。
「何、その顔凄いブサイクなんだけど」
だってだって。今日の朝見たときには無かったはずなのに。神威さんの頬には絆創膏が貼られていたのだ。もうすっかり彼女さんの事しか頭に無かった私は、まさかDV!?なんて思って驚いた。
「ほ、ほっぺた、どうしたんですか?」
「あー。ちょっとね。昨日女が来てさ。引っ掻かれちった」
はあ、と溜息をついて答える神威さんにずきりと胸が痛んだ。やはり彼女さんだったんだ。
「あ、そうだ」
え?と顔を上げると、彼はちょっと待ってて、と言って部屋の中へ入っていった。すぐに戻ってきた神威さんの手に持たれていたのは、とても見覚えのあるハートモチーフのネックレス。それを見て、あ!と声を上げた私に神威さんが笑った。
「やっぱりアンタの?忘れてっただろ」
「そ、そうです、けど」
ネックレスを受け取りながら眉を下げる。確かに、これは私のものだ。そういえば寝てる間に鬱陶しくなって外した気がする。でも待って、まさか、
「まさか、これが原因、だったり」
恐る恐るネックレスから神威さんへと視線を移せば、彼はぽりぽりと頬を掻いてまたひとつ笑った。それは正しく肯定を意味していて。当たって欲しくなかった予想に私は頭を抱えた。何と言ったら良いか分からなくて、あああああと唸り声のようなものを上げる私の頭に彼の手が乗った。
「ま、よかったよ。俺もアイツにはうんざりしてたから」
面倒でさ、と笑った彼をちらりと視線だけで見上げれば、その目には憂いも戸惑いも何も無かった。ただいつものように笑っている。まるで何事も無かったかのように。
「でもごめんなさい、私のせい、で」
ぽつりと謝れば神威さんはまた、はははと笑って腕を組み柱に寄りかかった。
「だからいいって。どうせ遊びだったんだから」
遊びって。そんな簡単に。しかし私に責める権利はこれっぽっちもないので黙っておく。しょんぼりと肩を落として俯き何も言わない私に困ったのか、彼は小さく溜息をついた。
「うーん。そうだなあ。じゃあお詫びとして、もう一回ヤらせてよ」
「へ!?」
バッと顔を上げれば、やはりそこには何を考えてるのかも分からない笑みを浮かべている神威さん。
「俺達、体の相性良かったと思わない?お姉さん胸もでかいしさ、締まりも良かっ、」
ぱしん、と。アパートに乾いた音が大きく響き渡った。掌で思わず叩いてしまった彼の頬と私の頬が同じくらい赤かったのは、言うまでも無い。

20100710 / 隣人
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