「誰?あなた」
私は臨也さんのマンションに来ていた。住所は聞いていたけどここに来るのは初めてだ。いつもは私の家や外で会うことが多いのだが、最近は彼が忙しくてなかなか逢えずにいて。寂しくなった私はとうとうここに訪れた。いきなり来てしまって怒られるだろうか、とか。逢うのは本当に久しぶりだ、とか。どきどきする胸を抑えてなんとかチャイムを鳴らす。しかしそこから出てきたのは、見知らぬ綺麗な女の人で。私は口をぽかんと開けて固まった。綺麗なお姉さんが怪訝そうに私を見た。もしかして、部屋を間違えたのだろうか。おかしいな、何度も確認したのに。
「あ、え、と、間違えました、すみません」
とりあえずそこから離れようと、私は深く何度も頭を下げた。
「波江ー、だれ?」
しかしそこから立ち去ろうとする私の足は、奥から聞こえてきた覚えのある声に止まってしまう。せめてここでなにも見ずに立ち去れていれば、間違えた、で済んだかもしれかったのに。私は声をした中に視線をやってしまったのだ。
「知らないわ。部屋を間違えたそうよ」
マグカップ片手に奥から出てきたのは、紛れも無い彼の姿。臨也さんだった。お姉さんの肩に手を置いて来訪者は誰かと窺う臨也さんと目が合った。最早私は、何でここに来てしまったんだろう、と。それしか考えられなかった。気付いたら私はそこから駆け出していた。名前、と、臨也さんが私を呼ぶ声が後ろから聞こえたけど。無視してただ走った。

ぶぶぶ、と。音もなく携帯が震えている。暗闇の中で、携帯の淡い光だけが輝いていた。ベッドで膝を抱えてそれを見詰めた。ディスプレイには折原臨也の文字。あれから何度も何度も携帯は着信を知らせていた。しかし私は出ない。出れない。何を言われるのかと怖くて。でも携帯の電源を切ることはできなかった。やがて携帯が止んだかと思ったらぴんぽん、とチャイムの音が部屋に響いた。
「名前ー居るんでしょ」
臨也さんだ。がんがんとドアを叩いている。
「今すぐここ開けろ」
私は両耳を塞いで膝に顔を埋め、居留守を決め込んだ。しかしその抵抗もイミはほとんどなく。がん、がちゃがちゃという煩い音と共に臨也さんは私の部屋に入ってきた。鍵を壊したのだろうか。ぱ、と電気を点けられ顔を上げるとそこには怒ったような表情を浮かべた彼の姿。膝を抱えた腕に力を篭めた。
「何で電話に出ないの?」
低い声が、私の心臓を鷲掴んだ。答えられなくて、顔を俯かせる。すると聞こえてきた大きな溜息に、私は泣きたくなった。
「ごめん、なさい」
「何で謝るの」
「いきなり、家に押しかけたりして…私、知らなくて」
一緒に暮らしている女性がいるなら、家なんて教えてくれなければよかったのに。そうしたら何も知らないままで居れたのに。ぽろぽろと、涙が零れる。そして再度溜息が聞こえてきたと思ったら、いきなり腕を掴まれた。
「ねえ名前、あの女と同棲してたんだーとか、私は本命じゃなかったんだーとか、思ってる?」
「だ、って」
「勘違いしてるよ」
真っ直ぐと赤い瞳に見つめられて、私はそれから目が離せなかった。勘違いとは一体どういうことだろうか。
「俺、あそこを事務所兼自宅にしてるって言ったよね?あの女はその秘書だ」
同棲なんて反吐が出る、と臨也さんは言った。確かに、前にそんなことを言っていたような気がする。
「そう、だったんです、か」
すっかり私は勘違いしていたようだ、ということに気が付いて安心したのも束の間、次いで恥ずかしさが湧き上がってきた。掴まれた腕はそのままに視線を泳がせると、臨也さんは、全く、と言って手を離した。
「勝手に勘違いして泣いて、ほんと馬鹿だねえ君は」
うう、と身を縮込ませると、その身体を臨也さんの腕が抱きしめてきた。そして柔らかく額に口付けられる。
「まぁ、でも。逢いに来てくれたんだし。あんまり責めないであげるよ」
「、臨也さん」
ぎゅうと抱きつけばそれに答えるように彼の腕に力が篭る。
「寂しかった、です」
素直に思いを告げれば、臨也さんがくすりと笑うのが雰囲気で分かってなんだか恥ずかしくなったけど。
「嘘だって思うかもしれないけど、俺も寂しいなーとか思ったりするんだよ。今日は寝かせてやらないから」
耳元に聞こえた言葉に、もうそれどころではなくなってしまった。

20100706 / 詰まるところ
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